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第63話 非常事態
しおりを挟むガウェインとのやり取りをラティスに茶化されたスターチアは「違います!そんなのではありません!」と顔を赤くして声を大きくする。
しかし、彼女が小さな両の手をギュッと握りムッとした表情でキョロキョロと目を動かすのは逆効果であった。
スターチアとは対照的に、隣で「スタチーさんとは訓練の時に仲良くさせてもらってます」と余裕の表情をするガウェイン。
なんか自分の騎士が女の子にモテてるのを見るのはちょっとムカつくわね。
「あらあら、楽しそうね」
一同がワイワイガヤガヤと歓談していると、ガウェインの病室に新たな客が訪れた。
集まる視線の先には吸血姫のヴァネッサが「ガウェインが起きたようだから見に来たわ」とカツカツとヒールの音を立てて歩いている。
ヴァネッサがベッドのところまでやってくると、魔王から預かってきたらしい命令を私たちに伝え始めた。
魔王からヴァネッサに与えられた伝言というのは「魔王軍の今後の動き方」である。
昨日の一件を受けて、作戦を考えていたらしい魔王とアドルであったという。
昨夜の会議の後で二人はあれこれと今後の方針を決めていたというのだからすごい。
私や他の隊長達がぐっすりと眠っている間も魔王軍のために働いているのだから、やはり魔王と宰相という立場は他の役職とは一線を画すらしい。
「魔王様はアドラメレク宰相に大半は伝えてあると言ってたわ」
自分が伝えることは少ないわと言うヴァネッサ。
彼女が私達に伝える予定の話は「ガウェインの容態次第で変わる部分」であったという。
なので、それ以外の部分の説明をアドルがすることになった。
アドルの話によると、魔王は「魔王軍非常事態宣言」を出したという。
これはどういうことかというと、現状が「魔王軍の日常に支障が出る状況」であるという判断を魔王が下したということである。
つまり、「普段通りの生活」から「大戦準備期」に突入したというわけであった。
「それで、具体的な情報はこのようになっております」
そう言うとアドルはヴァネッサが預かってきた「巻物」のようなものを病室のテーブルの上に広げるのだった。
大きな絨毯の様に広がった巻物の上にはびっしりと文字が敷き詰められている。
私はそれを見て「うわあ……これ全部書いたの……?」と感嘆の声をあげた。
ドン引きする私を見たアドルは「政治経済部の魔物たちに夜通し書いてもらったのですよ」と苦笑いする。
それを受けて、どこの世も役人は有事の際に馬車馬の如く働かされることを認識する私だった。
アドルが広げた巻物を読み進めると、ここに集まっている魔物達の行動指針のようなものが明らかになっていく。
軍部の魔物たちは基本的に頭脳明晰な魔物と「4人一組」を組んで情報収集にあたることになっているらしい。
そこで、4人一組の一環として隊長格がチームを組む部隊を用意するという。
「儂とヴァネッサ、ガウェインにニャルラの4人組か……」
巻物の一部を読みあげ、腕を組んで唸るように声をあげるシグマ。
同じくその部分を読んでいたヴァネッサも「魔王妃様の代わりに私が入るってとこかしら?」と納得した様子でアドルに確認していた。
それに対してアドルは首を縦に振り、やる気十分のガウェインとニャルラにも補足の説明をする。
「シグマ殿達の部隊は邪神教の調査をしつつも、余裕があったら直接打撃を与えてほしいと魔王様は仰ってました」
それを聞いた一同は意外にも好戦的な魔王の判断に驚くのだった。
これまでは防戦一方で後手に回ることが多かっただけに、武闘派のシグマやニャルラは少し嬉しそうである。
しかし、頭脳役を仰せつかったヴァネッサの表情は硬かった。
「まあ、いけそうな時だけこっちから仕掛けさせてもらうわ」
私が抜けてヴァネッサが隊に加わったことで、この4人組はより「行動的」になるだろうことが予測できる。
すなわち、ヴァネッサは魔王の伝言から「避けられない戦闘」が増えるだろうという情報を読み取っていたのだ。
彼女と同じく私も情報収集の危険度が増すこの先のことを考えると、神妙な顔をせざるを得ない。
「シグマとヴァネッサがいるなら問題ないね」
少し重くるしい雰囲気が漂う中、医師のラティスが軽い口調で場の空気を換える。
医師であるラティスの業務は基本的には変わらないらしいので「他の人の役割を見よう」と急かすラティス。
そんなラティスの様子を見ていた私は、彼が大戦時代にも「ムードメーカー」であったのだろうことを理解するのだった。
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