上 下
69 / 91

第63話 非常事態

しおりを挟む


 ガウェインとのやり取りをラティスに茶化されたスターチアは「違います!そんなのではありません!」と顔を赤くして声を大きくする。
 しかし、彼女が小さな両の手をギュッと握りムッとした表情でキョロキョロと目を動かすのは逆効果であった。
 スターチアとは対照的に、隣で「スタチーさんとは訓練の時に仲良くさせてもらってます」と余裕の表情をするガウェイン。
 なんか自分の騎士が女の子にモテてるのを見るのはちょっとムカつくわね。

「あらあら、楽しそうね」

 一同がワイワイガヤガヤと歓談していると、ガウェインの病室に新たな客が訪れた。
 集まる視線の先には吸血姫のヴァネッサが「ガウェインが起きたようだから見に来たわ」とカツカツとヒールの音を立てて歩いている。
 ヴァネッサがベッドのところまでやってくると、魔王から預かってきたらしい命令を私たちに伝え始めた。

 魔王からヴァネッサに与えられた伝言というのは「魔王軍の今後の動き方」である。
 昨日の一件を受けて、作戦を考えていたらしい魔王とアドルであったという。
 昨夜の会議の後で二人はあれこれと今後の方針を決めていたというのだからすごい。
 私や他の隊長達がぐっすりと眠っている間も魔王軍のために働いているのだから、やはり魔王と宰相という立場は他の役職とは一線を画すらしい。

「魔王様はアドラメレク宰相に大半は伝えてあると言ってたわ」

 自分が伝えることは少ないわと言うヴァネッサ。
 彼女が私達に伝える予定の話は「ガウェインの容態次第で変わる部分」であったという。
 なので、それ以外の部分の説明をアドルがすることになった。

 アドルの話によると、魔王は「魔王軍非常事態宣言」を出したという。
 これはどういうことかというと、現状が「魔王軍の日常に支障が出る状況」であるという判断を魔王が下したということである。
 つまり、「普段通りの生活」から「大戦準備期」に突入したというわけであった。

「それで、具体的な情報はこのようになっております」

 そう言うとアドルはヴァネッサが預かってきた「巻物」のようなものを病室のテーブルの上に広げるのだった。
 大きな絨毯の様に広がった巻物の上にはびっしりと文字が敷き詰められている。
 私はそれを見て「うわあ……これ全部書いたの……?」と感嘆の声をあげた。
 ドン引きする私を見たアドルは「政治経済部の魔物たちに夜通し書いてもらったのですよ」と苦笑いする。
 それを受けて、どこの世も役人は有事の際に馬車馬の如く働かされることを認識する私だった。

 アドルが広げた巻物を読み進めると、ここに集まっている魔物達の行動指針のようなものが明らかになっていく。
 軍部の魔物たちは基本的に頭脳明晰な魔物と「4人一組」を組んで情報収集にあたることになっているらしい。
 そこで、4人一組の一環として隊長格がチームを組む部隊を用意するという。

「儂とヴァネッサ、ガウェインにニャルラの4人組か……」

 巻物の一部を読みあげ、腕を組んで唸るように声をあげるシグマ。
 同じくその部分を読んでいたヴァネッサも「魔王妃様の代わりに私が入るってとこかしら?」と納得した様子でアドルに確認していた。
 それに対してアドルは首を縦に振り、やる気十分のガウェインとニャルラにも補足の説明をする。

「シグマ殿達の部隊は邪神教の調査をしつつも、余裕があったら直接打撃を与えてほしいと魔王様は仰ってました」

 それを聞いた一同は意外にも好戦的な魔王の判断に驚くのだった。
 これまでは防戦一方で後手に回ることが多かっただけに、武闘派のシグマやニャルラは少し嬉しそうである。
 しかし、頭脳役を仰せつかったヴァネッサの表情は硬かった。

「まあ、いけそうな時だけこっちから仕掛けさせてもらうわ」

 私が抜けてヴァネッサが隊に加わったことで、この4人組はより「行動的」になるだろうことが予測できる。
 すなわち、ヴァネッサは魔王の伝言から「避けられない戦闘」が増えるだろうという情報を読み取っていたのだ。
 彼女と同じく私も情報収集の危険度が増すこの先のことを考えると、神妙な顔をせざるを得ない。

「シグマとヴァネッサがいるなら問題ないね」

 少し重くるしい雰囲気が漂う中、医師のラティスが軽い口調で場の空気を換える。
 医師であるラティスの業務は基本的には変わらないらしいので「他の人の役割を見よう」と急かすラティス。
 そんなラティスの様子を見ていた私は、彼が大戦時代にも「ムードメーカー」であったのだろうことを理解するのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生できる悪役令嬢に転生しました。~執着婚約者から逃げられません!

九重
恋愛
気がつけば、とある乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた主人公。 しかし、この悪役令嬢は十五歳で死んでしまう不治の病にかかった薄幸な悪役令嬢だった。 ヒロインをいじめ抜いたあげく婚約者に断罪され、心身ともに苦しみ抜いて死んでしまう悪役令嬢は、転生して再び悪役令嬢――――いや悪役幼女として活躍する。 しかし、主人公はそんなことまっぴらゴメンだった。 どうせ転生できるならと、早々に最初の悪役令嬢の人生から逃げだそうとするのだが…… これは、転生できる悪役令嬢に転生した主人公が、執着婚約者に捕まって幸せになる物語。

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

処理中です...