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第22話 魔王妃メルヴィナの学習能力

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 魔王軍の蔵書を読むために「魔族文字」を習う私とアリシア。
 学習教材の「文字一覧表」を身ながら、アドルに一つ一つ教わっていく。
 彼の説明によると、簡単に音を表す「ひらがな」のような文字と、特定の意味と音を持つ「漢字」のようなものがあるとのことだった。
 常用文字をこれくらい覚えておけば困らないというラインは約1000字であるという。

「では、進めていきましょうか」

 先生役が良く似合うアドルが個別指導を始めていく。
 基本は一覧表の文字についてアドルが説明して、それを覚えるといったスタイルである。
 もともと生前からガリ勉だった私は、特に苦労することもなく次々と文字を覚えていった。
 とは言え、こっちの世界で生まれ変わってから私は随分と物覚えがよくなったような気がする。
 これも「アルテミシア」の魔力が関係しているのだろうか?

「ふむふむ、なるほどね」

 文字を覚えるコツのようなものもアドルから教わる私であった。
 隣に座るアリシアも特に辛そうな様子もなくスイスイと筆を走らせる。
 アリシアも、私のメイドとして仕えるために幼少期から激しい競争を勝ち抜いてきた生粋のエリートであった。
 公爵家のメイドは倍率が半端ないのである。
 伯爵家の生まれであるアリシアが、普通は平民などがなるはずのメイドとして仕えることからも分かるだろう。
 そんな競争を突破して最後の一人に残ったアリシアはエルメリア王国が誇る才女である。

 こうして、私たちは「物覚えがいいですね」と上機嫌なアドルと勉強会を続けていく。


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「一応、これで予定していた文字の練習は終わりです……」

 テーブルの上に筆を置いた私たちを唖然とした顔で見るアドル。
 なんと、朝から始まった勉強会も昼休憩を前に既に終わりを迎えようとしていたのだ。

「ふぅ、やっぱり勉強は楽しいわね」

 何かを覚えたり、いろいろ考えたりすることが好きな私にとって「勉強会」は十分に満足できるものだった。
 ただ文字を書いているだけなのだが、一つ一つ確実に自らの知識として蓄えられていくのが面白い。
 特に疲れも見せない私を見てアリシアは「お嬢様は凄いですね……」とくたびれた様子であった。
 彼女も私と同じスピードで文字をマスターしたのだが、やはりかなり集中して取り組んだので疲れた模様である。

「今月の目標くらいに思ってたのですがね……」

 予定の50倍くらいの速度で「魔族文字」を習得したらしく、勉強の予定がかなり前倒しになったと告げるアドル。
 彼の長年の経験で一番早く文字を習得したのは魔王だったらしい。
 その時にかかった時間が「3日」であったという。
 他の魔族達は習得にだいたい数年かかるらしいから、それでもかなり早いことがわかる。

「メルヴィナ様はやはり、規格外の魔王妃様ですね」

 メルヴィナが見た目に反して優秀であることは知っていたが、想像していたよりも遥かにすごいとアドルは褒める。
 それに食らいついているアリシアについても大変すばらしいとべた褒めであった。
 その一方で、一緒に文字を眺めていたワタアメは「ワタアメ」と自分の名前をかける程度の習熟度である。
 まあ、白い毛玉みたいなウサギが文字を書ける時点でかなり賢いのだが。

 午後からは早速本を読みながら勉強を進めていくらしい。
 ご飯を食べている時間すら惜しいと思った私は、アドルに「サンドイッチ」のような軽食をここで食べていいか聞いてみた。
 私がサンドイッチについて説明すると「勉強期間中はOKです」とアドルからも許可が出る。
 料理長のオーキンスはレシピを読むための簡単の文字は読めるらしいので、彼が読めるように手紙を書くことにした。

「よし、それじゃあ早速サンドイッチの作り方をメモしましょうか」

 簡単なレシピを早速文字で書き記す私の様子に「メルヴィナ様の学習能力がこれほどまでとは……」と刮目するアドル。
 さすがのアリシアもこれには「お嬢様の頭脳にはいつも驚かされます……」と苦笑いであった。
 驚く二人を横目に、私はすらすらと書き上げたレシピを書庫にいた執事に預ける。
 手紙を受け取った執事は私たちに一礼した後、そのまま厨房へと向かっていった。

 サンドイッチが届くまでにはもう少し時間があるので、それまで早速本を読むことにした私たち。
 アドルが用意した本を手に取った私は、新たなる知識の開拓を前に思わず笑みがこぼれてくる。
 そこには「人魔大戦期の魔族の暮らし」や「グレイナル山脈周辺の地政学」といった公爵家では見たことのないような本がたくさんあった。

「ふふふ、それじゃあ読みましょうか」

 こうして私たちの勉強会は快調なスタートダッシュを切ったのだった。
 
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