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384.独言
しおりを挟むその記憶にはアメジストの実母でありオニキス最愛の妻、そしてベルメルシア家の前当主でもある――ベルメルシア=ベリルからオニキスへ伝えられたという家伝の話も、含まれる。
(此処の隠し扉には、ベルメルシア家血族のみに伝わる“特別な魔力”が宿っているとも言っていたが。そして誰にでも見える訳ではない、触れることさえ許されない、と……)
にも関わらず何故か彼は数ヶ月前に扉を見つけさらに中へと入り出口へと、辿り着くことも出来ている。その勝手な行動をオニキスは咎めることなくむしろ『嬉しい』とまで言ってくれていた。
「隠し扉の存在すらご存じなかったお嬢様が、その内に秘めた“血族としてのお力”により、私をベルメルシア家に仕える者として認めて下さったのかもしれない。そのお陰で、私が此処の中へと立ち入ることを許可頂けたのであれば」
――こんなに光栄なことはない。
どんなに周囲が信頼を寄せ認めていようともジャニスティは自分の能力を過信することなく、謙虚である。しかしそれは自信の無さの表れでもあり良くも悪くも万が一の悪い状況ばかりを考え常に最悪の事態を想像する性分が、そう自分を卑下する原因にもなっていた。
「そう、私の脆く弱い精神は、これまでこの場所にどれだけ助けられてきたことだろう」
(そしてもし、これが貴方様の魔力や生命力によるもので、これまでずっと書庫が護られてきたのだとすれば。この優しき空間を作り出し、すべてを――ベルメルシア家の屋敷全体を包み込み、眠っている今もなおベルメルシア家のために力を尽くしているのだとすれば)
「とても真似できない」
彼は悲し気に眉を下げ力なく笑むと「こんな私が同じ【治癒魔法の使い手】などと言ってはいけない気がする」と呟き改めて、ベリルの偉大さを感じる。
これまでたくさんの書物に囲まれ、甘く香る古本の頁をめくる書庫での一時は彼にとって癒やしの時間であり、心身を休めることができる拠り所でもあった。
(しかし、それでも私は本物の家族ではなく、人族でもない。そのような私を何故今回、重要な場所へ導き、入れて下さったのか)
――『恐らくあの空間を護っているのはベリルの力だと……いや、まぁ、これは私の願い、か』
会合時、オニキスが呟いた言葉。
あの悲しそうに微笑し『生きていてほしい』と発した切なる想いの声が今、ジャニスティの頭の中で静かに流れた。
「旦那様の、願いを……」
(そうだ、迷っている暇はない)
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