上 下
298 / 382

298.曲者

しおりを挟む

「これも何かの縁。意味ある出逢いだったのですかな」

 和気あいあいとする笑顔の影で一人、哀愁漂う表情で呟いていたのはベルメルシア家で長く務める執事でありアメジストの祖父代わりでもある――フォル(爺)だ。

(そう、昔は当たり前のようにこうして皆が笑い平和に過ごしていた。しかし、あの日を境に幸せな時間を送ることは、長く難しい状況となっておりました)

――我が当主を護り切れなかった私にも、責任はありましょう。
「もう、二度目はない。失敗は許されませぬ」

 これがまさしくベルメルシア家のあるべき光景であるとフォルは改めて目に焼き付ける。その心には強く硬く結ばれた忠誠と誰よりも熱い思いが、沸々と湧き上がってくるのであった。




 コッン――コッン――コッ。

「待て」

 その声に立ち止まった彼女は真っ直ぐとした姿勢そのままでゆっくりと振り向き、返事をする。

「――はい。何かご用でしょうか」

「どこへ行くつもりだ」

「自分の持ち場へ戻り、本日残りの業務を――」

 答えた後も疑念を抱く天色の瞳は鋭い目つきのままジッと、見つめる。それでも彼女は人形のように微動だにせず、質問を返した。

「まだ何か?」
「単刀直入に聞く。君は一体、何者なんだ」

 食事の部屋で皆が幸せな一時ひとときを過ごしていた夕食後。
 靴音もなくスーッと部屋を出ていくノワの姿を見逃さなかったジャニスティは追いかけ、声をかけていた。そして彼女の謎を少しでも解明させておきたいとの思いから一気に核心へ触れるような言葉を、発する。

「ただの使用人です」

 無駄のないノワの一言は彼が予想した通りの、回答であった。

 この後にオニキス、エデとの会合を予定している彼は三日後に開催されるお茶会の件も含めた情報収集と表向き以外の準備も、進めなければならない。その為、微かにも感じた不安要素は今のうちに解決し必要であれば排除しておきたい、そう思っていた。

 そんな心持ちのジャニスティが当然、ここで引き下がるわけがない。

「中身のない言葉で、私が納得すると思うのか? もし何か、理由ワケあっての不穏な言動であるならば……聞かせてほしいのだが」

(私を見逃した件、お手伝いたちへ茶会準備の的確な指示。スピナ奥様専属お手伝いということだけは気がかりだが……他に悪意のような印象もなければむしろ、ベルメルシア家の味方にすら思えてならない)

 まるでそこは時が流れていないと錯覚する程に張り詰めた空気の中「では一つだけ」と響く美声が、聞こえてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

処理中です...