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284.万感
しおりを挟む目に見えなくとも解り合え、聞こえなくとも自然と伝わる。それは心から信頼関係の築けている者同士に相応しい言葉だろう。
そう、オニキスとアメジストのように。
◆
今回の件でオニキス本人の口から打ち明けられた『スピナとの婚姻関係』についての事実。ずっと傍で仕えるフォルと、スピナ以外は知り得ない情報であった。そのため今アメジストだけが知る“父の秘密”ということで話は終わる。
しかし、二人の知らぬ所で――遡ること、五時間程前。
屋敷裏の中庭にて不愉快な現場に居合わせた、ジャニスティ。そこで密会をしていたスピナとカオメド=オグディアの話が聞こえスピナが『婚姻関係がない』ことを明かす瞬間を目撃、耳にする。
外部にベルメルシア家の秘密とも言える情報の一部を、漏らした件。これがスピナの策略だったかどうかは不明だがその話を聞いたカオメドはしたり顔で、喜ぶ。だが木の陰で見つからぬように隠れていたジャニスティは「スピナが言ったことは信憑性に欠ける話だ」と信じられず、半信半疑のままであった。
オニキスがこの出来事を聞かされるのはこの夜、エデの酒場で打ち合わせる時である。
そしてその密会現場でジャニスティに起こっていた不思議な、心理現象『分かるが、感じられない』と矛盾している感覚。
自身の流した涙、そして。
“ぽちゃ……ん”
(優しい音だ。水の流れる音も聴こえてくる)
――そう、やっと感じた“気”。
その正体がノワであることはすぐに解ったが、彼女が“無”の状態ですぐ後ろにいた驚きと違和感は、拭えない。
しかしこの時ジャニスティはノワの特異能力を微かにも感じては、いなかった。
水面に輝く陽光を受け美しく澄んだ水がこの先も淀まずに、そして枯れずにいつまでも満たされ続けるかなど、誰にも分からないのである。
◆
「スピナお継母様は、やっぱり……」
(心の中に抱える、何かが)
自室へ着いたアメジストは薄暗い外を見つめふと、そんなことを考える。
誰しも心に、強さと弱さを合わせ持つ。
その強さは揺るがぬ思いに意志固く、しかし弱さは惑わされ脆く壊れやすい。
まるで、ガラスで出来た器のように。
もしその無色透明な“心の器”に入った綺麗な水へ真っ黒な雫がぽたりと一滴、落ちたとしたら。
ゆら~り、ゆらりと、黒に染まってゆくのだろう。
――『もう全てが……遅いのよ』
アメジストの魔力開花に怯み思わずスピナが口にした“自責の念”には、語らぬ彼女の心があるのかもしれない。
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