270 / 398
270.面影
しおりを挟むアメジストが父へ話した『離れにある書庫の隠し扉』。
そこはジャニスティの部屋から出る際に継母スピナへ気付かれぬようにとジャニスティより案内され通った、不思議な空間のことである。
もし、ベルメルシア家の屋敷にある“秘密”というのが書庫にある隠し扉だとすれば父は一体、自分に何を伝えようとしているのかと彼女は思案していた。
しかしどんなに頭を捻らせても今のアメジストには父の考えていることが、皆目見当もつかない。それでも平静を装い微笑み、父の言った意味深な言葉を気にしつつもふわっと、答えた。
「お父様。これまで私は『ベルメルシア家の能力を受け継いでいないのでは……』と、周囲の皆様からご心配いただいていました。しかし、僅かでも私が魔力を感じられるようになって。それでお父様は、安心なさったのですね」
(そう……いや、しかし)
「違った感情も、あったのかもしれない」
「違った感情?」
アメジストの声は窓から射し込む陽光の流れへ乗る音色のようにオニキスの耳元へと、届く。
それは彼にとって懐かしいようでとても心地良い、響きだった。
(ベリル……)
「正直に言おう。私はあの一瞬、ベリルに逢えた気がした。お前の手に宿る丸い光に彼女の面影を重ね、そしてそれは、嬉しくも感じたのだよ」
「お母様の……」
「お前の魔力が芽生えた時。私も口ではあのように言いながら」
――『お前をベリルの代わりになどと、誰も思っていない、そして願ってなどいない』
力を求め待ち望んでいたベルメルシア家で働く者たちの、息を吹き返したかのような熱い視線と思い。ラルミの言葉で自身の力に気付いたアメジストが戸惑う中、優しく抱き締め言葉をかけたのは他でもない父、オニキスである。
しかし彼女の生み出す光に見えていた、愛する妻の幻影。それは彼が一番に、感じていたのだった。
「すまない、アメジスト。私もまた皆同様に、お前の力にベリルを」
「ずっと……私」
呟いた声の後、彼女は黙りこくった。
そのような言葉を聞けばいくら実の娘であろうと自身が否定されたように感じ「自分は母の分身ではない」と、不愉快な思いしたのではないか? いつも穏やかなアメジストでも今回ばかりは憤慨するかもしれないと一瞬、オニキスは次の声を発するのに躊躇した。
――いや、それでも。
(たとえ今後、アメジストが私の事を軽蔑したとしても。真実を告げる義務があるのだから)
オニキスはゆっくりと瞬きをすると、覚悟を決める。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる