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270.面影

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 アメジストが父へ話した『離れにある書庫の隠し扉』。

 そこはジャニスティの部屋から出る際に継母スピナへ気付かれぬようにとジャニスティより案内され通った、不思議な空間のことである。

 もし、ベルメルシア家の屋敷にある“秘密”というのが書庫にある隠し扉だとすれば父は一体、自分に何を伝えようとしているのかと彼女は思案していた。

 しかしどんなに頭をひねらせても今のアメジストには父の考えていることが、皆目見当もつかない。それでも平静を装い微笑み、父の言った意味深な言葉を気にしつつもふわっと、答えた。

「お父様。これまで私は『ベルメルシア家の能力を受け継いでいないのでは……』と、周囲の皆様からご心配いただいていました。しかし、僅かでも私が魔力を感じられるようになって。それでお父様は、安心なさったのですね」

(そう……いや、しかし)
「違った感情も、あったのかもしれない」

「違った感情?」
 アメジストの声は窓から射し込む陽光の流れへ乗る音色のようにオニキスの耳元へと、届く。

 それは彼にとって懐かしいようでとても心地良い、響きだった。
(ベリル……)

「正直に言おう。私はあの一瞬、ベリルに逢えた気がした。お前の手に宿る丸い光に彼女ベリルの面影を重ね、そしてそれは、嬉しくも感じたのだよ」

「お母様の……」
「お前の魔力が芽生えた時。私も口ではあのように言いながら」

――『お前をベリルの代わりになどと、誰も思っていない、そして願ってなどいない』

 力を求め待ち望んでいたベルメルシア家で働く者たちの、息を吹き返したかのような熱い視線と思い。ラルミの言葉で自身の力に気付いたアメジストが戸惑う中、優しく抱き締め言葉をかけたのは他でもない父、オニキスである。

 しかし彼女の生み出す光に見えていた、愛する妻の幻影。それは彼が一番に、感じていたのだった。

「すまない、アメジスト。私もまた皆同様に、お前の力にベリルを」

「ずっと……私」
 呟いた声の後、彼女は黙りこくった。

 そのような言葉を聞けばいくら実の娘であろうと自身が否定されたように感じ「自分は母の分身ではない」と、不愉快な思いしたのではないか? いつも穏やかなアメジストでも今回ばかりは憤慨するかもしれないと一瞬、オニキスは次の声を発するのに躊躇ちゅうちょした。

――いや、それでも。
(たとえ今後、アメジストが私の事を軽蔑したとしても。真実を告げる義務があるのだから)

 オニキスはゆっくりと瞬きをすると、覚悟を決める。
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