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265.支柱

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「そんな事はないさ、アメジスト。その真っ白な羽を持つ美しい蝶は、きっと怒ってなどいない。むしろ、安らかに眠れたであろう」

「お父様、ありがとうございます」

 蝶の思いは誰にも解らない。
 それでも二人は願うように話す。

 どのような理由があろうとも許されない事実、スピナの残虐な行動――それは命あるものに対して。

 当然ながらアメジストの幼心に大きな影響を与えている。なぜならその光景を見た瞬間、彼女の心臓は何かが突き刺さるように痛み心はバラバラと音を立てるように、崩れそうになったからだ。

 純真無垢で柔和な心は震え今にも消えそうになっていたところを寸前で助けてくれたのは、笑顔の優しいお手伝いのラルミである。

 いつも日々泣いていたアメジストを可哀そうに思っていた彼女はある日、細心の注意を払いながらたった一度だけ泣いている幼いお嬢様に声をかけ、慰めていた。


「私が自分の手で土を掘り、埋めてあげたいというその思いを、察してくれていたのでしょう。その間ずっと、ラミは傍で見守り一緒にいてくれました。その気持ちがとても嬉しくて……今でもはっきりと覚えています。私は心から、ラミに感謝しているのです」

 アメジストが人生で一番初めに精神的な苦痛と衝撃を受けたのは間違いなく、この日である。しかし偶然とはいえその直後に現れ声をかけてくれたラルミは幼いお嬢様の心を癒やし、勇気づけた。

 ラルミが来てくれたからこそアメジストは心の闇に飲まれることなく、それからの先は命の大切を周りよりも重んじるような、自分の信念を曲げない正しき道を歩む――とても慈悲深い人物へと成長し、変化していったのである。

――『分かっているの? アメジスト。親の言う事は絶対ですのよ』
 それから毎日のように言われ続けてきた言葉はまるで自己暗示のように頭の中で、響く。どんなに頑張っても、どんなに努力をしても、認められる事はない。

『お継母様。私、上手に出来なくて……ごめんなさい』



――『ベルメルシア家の名を背負っていることを忘れちゃいけない。どんな時も冷静に、しっかりしなきゃ。自分の意志を強く持って、周りに心配をかけてはいけないわ』

 物心ついた頃にはそう、言い聞かせていた。

 常に落ち着いた姿勢を崩さないよう日々努めるアメジストは、自分は“ベルメルシア家御令嬢”であることに誇りを持ち、名家であるという意識を忘れぬよう心掛けている。

 誰かに言われたり、命じられたわけではない。
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