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262.本心
しおりを挟むしかしこれはあくまでも今、目の前で辛い思いをしている愛娘の状態を緩和するためだけに使う――“魔力を持たない父”の家族愛による、治癒策だろう。
仕事に関しては誰もが認める優れた才腕を持つ父、オニキスでも解決できない事がある。自身の娘、アメジストの心奥深くに焼き付けられた“あの感情”へ触れ憂いを帯びた心を、拭い去ることだ。
――それは恐怖にも似た、アメジストが無意識に怯える継母への感情。
意見全てが「口答え」と聞いてもらえない威圧され続けた環境による彼女の委縮した心を父オニキスは気付いているが、しかし。
今の彼にその愛娘の心情を救うことは、困難であった。
「はは、そうだな。皆の顔に輝きが見られたのは、私も感じたよ。うむ、昔からいる者たちは、お前の成長をよく知っているのだ。きっと皆が笑い、明るい声の溢れる日々が、もうすぐ来るだろう」
「はい、ありがとうございます。えっと、あの……お父様?」
「あぁ、遠慮なく何でも聞くといい」
頬をピンク色に染め小さく頷いた、アメジスト。
何はともあれオニキスの愛情に包まれ落ち着きを取り戻せた彼女の瞳はしっとりと穏やかに、冷静に話を再開する。
「続きをお話する前に、お父様――これから私が申し上げる内容のご無礼、どうかお許しください」
前もってお伺いを立てる言葉、どこまでも健気な愛娘を見つめる父は少しだけ困り顔で眉尻を、下げた。それからすぐにアメジストへ顔を上げるよう促すと“ヨシヨシ”と頭を撫でながら微笑み、伝える。
「アメジスト、いいかい? 先にも言ったが何も気に病む必要はない。何故なら私は今日、お前の気持ちを――本心を聞きたいからだ」
「本心、ですか?」
「あぁ、そうだ。お前のその胸に抑えしまいこんでいる思いを、ありのままの考えを私に言ってほしい」
「――ッ!?」
その瞬間アメジストの心には抑えていた何かが溢れ出し、身体中の血が走り巡るようにきゅぅっと締まる。それは苦しいのか、嬉しいのか? 自分でも理解できない想いで胸がいっぱいになっていた。
「今日はオニキスとしてではなく、または当主としてでもない。一人の父親として誠心誠意、大事な娘と。心から話をしたいのだ」
(お父様がこんな風に言って下さるなんて)
――娘として。今だけは、甘えてもいいの……?
「はい、分かりました」
大好きで尊敬する父、オニキスからの言葉にニコッと笑うアメジストは初めて本当の心にある自身の声を――重い口を開いた。
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