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234.苦慮
しおりを挟む馬車の中はあっという間に穏やかな雰囲気へと変化していった。馬を引くエデは背中にそれを感じるとジャニスティへ「気がかりな人物」の名を、告げる。
「その人物は本日朝早く、ベルメルシア家を訪問なさったとか」
「まさか、その者……」
「えぇ、新規開拓の商談相手である、隣街から来たという若い商人でしたな。名は確か、カオメド=オグディア」
「な――ッ!」
(カオメド、だと!?)
「街を危険にさらし、そして今、最も危険だ、そう感じている人物です」
「あの男が……」
(エデが、危険だと思う程の人物だというのか)
ジャニスティの頭の中では信じられない光景が、思い起こされていた。
あの裏中庭で偶然見かけたスピナの密会相手、それこそがカオメドである。
街では皆が頼る、そして幸せの象徴とも言うべきベルメルシア家の印象をも揺るがす、この複雑な今の状態。思いがけない衝撃の事実を一体エデはどこまで気付いており、知っているのか。それは当主であるオニキスは判っているのか。どちらにしても見聞きした内容の全てを自分から告げるべきなのかと、ジャニスティは深く悩んでいた。
そのため『カオメド』という名前を聞いた瞬間、口籠る彼は顔が曇る。本心はエデに見たままを報告しようと喉元まで言葉が出ていたが、しかし。あの状況をハッと思い出し声を発するのを、躊躇してしまったのだ。
馬を引き前を向いたままでその様子は見えずとも雰囲気から感じ逃さないエデは彼に、質問をする。
「はて、ジャニスティ様は、あの商人と面識がなかったのでは?」
「あぁ、いや……そうなのだが」
(エデにこの場で何と話せば? 適した言葉が見つからない)
確かにカオメドと言葉を交わすような面識はない。それでもあの不信感を抱くような身振り素振り、それに口調も加えて警戒すべき要注意人物だと感じていた。その直感が当たるようになんと、街の皆を操るような魔術をかけたとんでもない人物だったということに今、憤りさえある。
(数時間前、密会を目撃したのは私と、あのノワというお手伝いだけだ)
そう思いふと見つめたのは楽しそうに窓の外を眺める、クォーツの姿。
「今、此処では話せない。すまない、エデ」
「なるほど……では今夜、久しぶりにどうです?」
約三ヶ月とはいえ厳しい指導時間を一緒に過ごしたジャニスティの事をエデは本当の息子のように、思っている。その声色で彼が何を思っているのか、クォーツへの気遣いが手に取るように解った。
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