232 / 382
232.脳裏
しおりを挟む◆
アメジストを送迎する時は必ず屋敷の裏門へと馬車をとめるエデは朝、学校へ彼女を見送った後、迎えの時間を普段からジャニスティと話し、合わせている。
しかしこの日はオニキスの仕事が思いのほか早く終わり時間を余したエデは相棒である馬を愛でながら、心地良い風に吹かれた。その一瞬に前ベルメルシア家当主であり今は亡きアメジストの母ベリルを、思い出す。
――亡き奥様が、皆の事をきっと守って下さるだろう。
そんな穏やかな時を過ごしていた折に突然、物悲しさを感じていた心を満たすような温もりが彼を包み込んでいった。
それはもちろんクォーツ(レヴシャルメ種族)が持つ、特有の魔力によるものである。
◆
「わぁ~い♪ 馬車ですわぁ~!!」
「おっとクォーツ。立ち上がると危ないぞ」
「んふ? はぁい、お兄様ぁ」
「はははっ。クォーツお嬢様は兄さんのいうことをきちんと聞けて、本当にお利口さんですな」
笑いながら話すエデはとても楽しそうに馬車を走らせる。
数分前クォーツの感知能力によりジャニスティは予定より早く裏門へ来ていた。そこで「アメジストお嬢様お迎えのお時間まで、よろしければ」とエデから提案をされ、受ける。
いつもより早く屋敷を出発することとなったジャニスティとクォーツはエデの計らいで、ある店へと向かっていた。
「ねぇねぇ、おじちゃまぁ♪ これからどこへ行くですのぉ?」
(クォーツ、嬉しそうだ。元気になって良かった)
ジャニスティは心の中でそう呟き、そして苦しむ。
――家族の居なかった私にはまだ、大切な者への接し方が理解できていない。
内に抱える真意はやはり朝に起こった、出来事。そしてその後、自分が可愛い妹へ“悲しい”の意味を問うたばかりに辛い事件を思い出させてしまい、包泣させてしまった瞬間――あの現実が彼の脳裏を掠め、過去の自分が不安を、煽る。
「えぇ、クォーツお嬢様も、きっと気に入りますぞ」
「良かったな、クォーツ」
「キュあ!! うふふぃ♪」
その返事にクォーツは頬をピンク色に紅潮させ、喜ぶ。
「さて……そうそう」
ふと、エデが話を切り出す。
「ジャニスティ様。ご存知の通り、本日は街で服飾の祭典が行われておりますが……あれから少々、面倒事がありましてな」
「面倒事? 旦那様に、何かあったのか」
その一言でジャニスティの表情は一変したが、しかし。
エデの口調は変わらず爽やかで、大らか。広い背中からは「心配いらない」との声が、聞こえてくるようであった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
意地を張っていたら6年もたってしまいました
Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」
「そうか?」
婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか!
「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」
その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
転生したらチートでした
ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!
お飾り妻は離縁されたい。「君を愛する事はできない」とおっしゃった筈の旦那様。なぜか聖女と呼んで溺愛してきます!!
友坂 悠
ファンタジー
この先はファンタジー色が強くなりすぎて恋愛ジャンルではどうかとの思いもあって完結させていましたが、ジャンルを移し連載再開することにしました。
よろしくお願いします。
「君を愛する事はできない」
新婚初夜に旦那様から聞かされたのはこんな台詞でした。
貴族同士の婚姻です。愛情も何もありませんでしたけれどそれでも結婚し妻となったからにはそれなりに責務を果たすつもりでした。
元々貧乏男爵家の次女のシルフィーナに、良縁など望むべくもないことはよく理解しているつもりで。
それでもまさかの侯爵家、それも騎士団総長を務めるサイラス様の伴侶として望んで頂けたと知った時には父も母も手放しで喜んで。
決定的だったのが、スタンフォード侯爵家から提示された結納金の金額でした。
それもあって本人の希望であるとかそういったものは全く考慮されることなく、年齢が倍以上も違うことにも目を瞑り、それこそ両親と同年代のサイラス様のもとに嫁ぐこととなったのです。
何かを期待をしていた訳では無いのです。
幸せとか、そんなものは二の次であったはずだったのです。
貴族女性の人生など、嫁ぎ先の為に使う物だと割り切っていたはずでした。
だから。縁談の話があったのも、ひとえに彼女のその魔力量を買われたのだと、
魔力的に優秀な子を望まれているとばかり。
それなのに。
「三年でいい。今から話す条件を守ってくれさえすれば、あとは君の好きにすればいい」
とこんなことを言われるとは思ってもいなくて。
まさか世継ぎを残す義務さえも課せられないとは、思ってもいなくって。
「それって要するに、ただのお飾り妻ってことですか!?」
「何故わたくしに白羽の矢が立ったのですか!? どうして!?」
事情もわからずただただやるせない気持ちになるシルフィーナでした。
それでも、侯爵夫人としての務めは果たそうと、頑張ろうと思うのでしたが……。
※本編完結済デス。番外編を開始しました。
※第二部開始しました。
ゲームの中に転生したのに、森に捨てられてしまいました
竹桜
ファンタジー
いつもと変わらない日常を過ごしていたが、通り魔に刺され、異世界に転生したのだ。
だが、転生したのはゲームの主人公ではなく、ゲームの舞台となる隣国の伯爵家の長男だった。
そのことを前向きに考えていたが、森に捨てられてしまったのだ。
これは異世界に転生した主人公が生きるために成長する物語だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる