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206.暗示

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 無言のまま目で合図をしたオニキスにフォルは頷くと、歩き出す。自分の後ろで一定の距離を保ち進み始めた二人の姿に、満面の笑みで「いらっしゃいませ~」と迎えるカオメドは自分の手のひらを自身が出店している組み立て式のテントへと向け、案内した。

「ベ、ベルメルシア様……」

 洋服店の店主は不安そうにその光景を見つめ、呟く。その傍で落ち着かせていたエデが、声をかける。

「店主、心配はいりませんぞ」
「エデさん……いや、しかしあの男は――」
「大丈夫ですよ。我がベルメルシア家当主は、必ずや街の調和を護って下さいます」

 そう話すと安心させるため彼の思案する顔へと優しく笑いかけ、震えたその背中に気合と励ましの意を込め“ポンポンッ”と、二度叩く。

「んは、おぅっと?!」
「ははっ、さぁ! 旦那様があのテントから戻られる前に、お嬢様のお洋服を数着……そう、履物も選定しなければ、ですよ」

 手伝いましょうとエデが言うと店主はホッとした表情で「ありがとう」とお礼の気持ちも含め、返事をする。彼の光を取り戻した瞳とその明るくなった血色にエデは「もう大丈夫だろう」と顔には出さずホッと、心の奥で安堵した。

 その意味とは――。

 昨晩の話、出店許可証を渡してしまった洋服店の店主は恐らくあの避役カメレオンのような男から何らかの“暗示”のようなものをかけられ、強い魔力に取り込まれたのだと考えられる。

 魔法等を扱える力や特殊な能力が店主には無いことを知るオニキスとフォル、そしてエデの三人は彼の言動があまりにも通常と違い普通ではないと、感じていた。

 淀んだ瞳はまるで操られているかのように、その異常さにいち早く気付いたエデは彼を正常に戻すためかけられた魔法を静かに、ほどいていたのである。

 ざわざわ……。

『ねぇ、あのカオメドさんて何処からいらしたの?』
『さぁな、しかしあの店は、大きいな』
『ちょっと、後で行ってみない?』

 街の者たちもまた、落ち着かない様子で話す。その声、その言葉一つ一つが研ぎ澄まされたエデの耳には全て、聞こえてくる。

(おや、困ったものだ。今此処にいる者たちにまで、あの男カオメドは“何か”をやったのですかな)

――やはり、危険な力を持っているようだ。

「さぁ~て! 皆さんも準備を!! 先程の方はお気になさらず、隣街からの訪問者です」

 少しの間に此処で起こった出来事でうっすら心を惑わされていた、街の者たち。しかしエデの陽気な声に皆の瞳はキラリと輝きを、取り戻していく。
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