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192.追懐

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 フォルもまた馬車の外――周囲への警戒を緩めることなく、耳を傾ける。

 オニキスにとって溺愛していたベリルとの別れは身を引き裂かれる思い、辛く苦しい記憶である。しかし今の彼からは不思議とあの頃のように悲哀に暮れる様子までは感じられずむしろ声や口調も、落ち着いていた。

「今思えばひどい思考だった……私は、愛するベリルが永遠の眠りについてから半年もの間、何も手に付かず、それは自分でも信じられない程の深淵へ陥った。まるで反芻はんすう思考のように何かを煩いふさぎ込む私は、憐れだったであろう」

「それは旦那様、無理もないことでございます」

 ベリルの側近でもあった執事のフォルは「私も悲嘆しましたので」と同じ思いだったことを、明かす。

「あぁ……そうだな。フォルは私よりも長く、彼女を見てきたのだ。悲しみは計り知れない。そんな中で、今以上に未熟だった私をどん底から這い上がらせ、立ち直る力をくれたのは、君たち二人だった」

 ゆっくりと笑み優しい声で話す彼は自分の両手を膝の上でギュっと、握る。

――キラッ。

 その時、馬車の窓から射し込む陽に反応しキラリと光ったのは、美しい宝石。それは彼女ベリルの瞳と同じ色に輝く、エメラルド(翠玉)の光。

 オニキスは今でも変わらず、愛する亡き妻ベリルと交わした誓いの証である“指輪”を大事に、その左薬指にはめていた。

「おかげで私は、我を取り戻し、白黒の世界に見えていた視界が戻った。そこで待ってくれていたベルメルシア家で働く皆へ、改めて心から感謝をしたよ」

 少しだけ恥ずかしそうに笑い目を瞑った彼の脳内には当時の記憶が、蘇る。

「あの頃は皆、旦那様の“声”を、今か今かと待ち望んでおりました」

 眩しそうに目を細めるフォルはその言葉にしっとりと、応えた。

「そうか……あぁ、私はとても幸せだな。今、あの時に感じた素直な気持ちを言うならば、本当にとても嬉しかった。しかし半年もの間、当主が不在だったようなもの。当然ながら体勢を崩していたベルメルシア家を見た瞬間、私がやるべき使命が何なのか? やっと、気が付いたのだ」

 心配や迷惑をかけたことを今でも申し訳なく思う心情を話すオニキスへフォルは“言葉”ではなく温かな視線で『大丈夫です』と、伝心させる。

「魔力のない私でも、やれると……」
 オニキスの声は重く強い意志を感じさせる雰囲気に、変化していく。

――それは、まだ見えぬ未来の先を読むかのような“声”。

 彼の並々ならぬ決意の深さを、思わせた。
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