上 下
192 / 398

192.追懐

しおりを挟む

 フォルもまた馬車の外――周囲への警戒を緩めることなく、耳を傾ける。

 オニキスにとって溺愛していたベリルとの別れは身を引き裂かれる思い、辛く苦しい記憶である。しかし今の彼からは不思議とあの頃のように悲哀に暮れる様子までは感じられずむしろ声や口調も、落ち着いていた。

「今思えばひどい思考だった……私は、愛するベリルが永遠の眠りについてから半年もの間、何も手に付かず、それは自分でも信じられない程の深淵へ陥った。まるで反芻はんすう思考のように何かを煩いふさぎ込む私は、憐れだったであろう」

「それは旦那様、無理もないことでございます」

 ベリルの側近でもあった執事のフォルは「私も悲嘆しましたので」と同じ思いだったことを、明かす。

「あぁ……そうだな。フォルは私よりも長く、彼女を見てきたのだ。悲しみは計り知れない。そんな中で、今以上に未熟だった私をどん底から這い上がらせ、立ち直る力をくれたのは、君たち二人だった」

 ゆっくりと笑み優しい声で話す彼は自分の両手を膝の上でギュっと、握る。

――キラッ。

 その時、馬車の窓から射し込む陽に反応しキラリと光ったのは、美しい宝石。それは彼女ベリルの瞳と同じ色に輝く、エメラルド(翠玉)の光。

 オニキスは今でも変わらず、愛する亡き妻ベリルと交わした誓いの証である“指輪”を大事に、その左薬指にはめていた。

「おかげで私は、我を取り戻し、白黒の世界に見えていた視界が戻った。そこで待ってくれていたベルメルシア家で働く皆へ、改めて心から感謝をしたよ」

 少しだけ恥ずかしそうに笑い目を瞑った彼の脳内には当時の記憶が、蘇る。

「あの頃は皆、旦那様の“声”を、今か今かと待ち望んでおりました」

 眩しそうに目を細めるフォルはその言葉にしっとりと、応えた。

「そうか……あぁ、私はとても幸せだな。今、あの時に感じた素直な気持ちを言うならば、本当にとても嬉しかった。しかし半年もの間、当主が不在だったようなもの。当然ながら体勢を崩していたベルメルシア家を見た瞬間、私がやるべき使命が何なのか? やっと、気が付いたのだ」

 心配や迷惑をかけたことを今でも申し訳なく思う心情を話すオニキスへフォルは“言葉”ではなく温かな視線で『大丈夫です』と、伝心させる。

「魔力のない私でも、やれると……」
 オニキスの声は重く強い意志を感じさせる雰囲気に、変化していく。

――それは、まだ見えぬ未来の先を読むかのような“声”。

 彼の並々ならぬ決意の深さを、思わせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

私のことを追い出したいらしいので、お望み通り出て行って差し上げますわ

榎夜
恋愛
私の婚約も勉強も、常に邪魔をしてくるおバカさんたちにはもうウンザリですの! 私は私で好き勝手やらせてもらうので、そちらもどうぞ自滅してくださいませ。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...