上 下
107 / 382

107.素直

しおりを挟む



 最後にオニキスもテーブルへ着く。そしていつもと変わらぬ朝が、訪れる。

――何事もなかったように。

「……良かった」
(どうやら皆には、気付かれなかったようだ)

 ジャニスティがポツリと、呟く。それは密かに懸念していた、クォーツの力。

 レヴシャルメ種族の持つ不思議な力である夢想の魔法 キス で一瞬魅せた白い花の咲く、美しき世界。それはクォーツと唇を合わせたアメジストと、なぜか? ジャニスティにもその景色が、視えていたのである。

「お姉様、ごはんのお時間! 楽しみですわね」

「えっ? えぇ、そうね……」

 忘れかけていた気持ち。食事とは本当は素敵な時間なのだという事をクォーツの素直な言葉で、思い出す。

「そう、うん。そうよね! 楽しみっ」
(今の私は、クォーツから学ぶことばかりだわ)

 にっこりと笑い返事をした、アメジスト。ずっと感情を抑え込み続けてきたのは“圧力”に屈していたから。しかしもちろん何も知らぬクォーツは恐怖心などなく心から、はしゃいでいた。

 その、純真無垢な姿は皆を笑顔にしていく。

――ただ、一人を除いては。

(うるさい、邪魔だわ。ジャニスの妹)

 スピナは恐ろしくこんなことを、思っていた。『今日は初日、まぁいいわ。泳がせましょう』と、声に出さず心で呟く。

 そしてニヤッと笑いながらクォーツに話しかけた。

「クォーツちゃん? 良かったわねぇ。もうすぐ準備ができるわよ~、いっぱい……お食べなさいよ」

 背中がゾッとする声。アメジストはゆっくりと継母スピナの表情を、確認する。

(笑って……いない。お母様の目は、いつも!!)

「はぁ~いッ♪ ありがとうございます、

「クォーツ!?」

「ちょっ……今何と言った!?」

「え?」
 首を傾げる、クォーツ。

「まぁまぁ、君の事をクォーツはまだ知らないのだよ。紹介はこれからだ」

 怒るな、と言いながらオニキスはスピナの次の言動を牽制する。

「クッ!! はは? ジャニスティの妹で間違いないようねぇ。躾が出来ておりませんわ」

(このわたくしが厳しく、面倒見てあげますわ)

「妹が失礼を。申し訳ございません、

「あら、良いのよ」

 カチャ……カチャカチャ。

 食器の音は最小限の響きでテーブルまで運ばれる。その理由の一つは紛れもなくスピナの存在がお手伝いたちの心に恐怖として、棲み着いているからだ。

――しかし今、アメジストとジャニスティの内なる変化とクォーツの登場により現在進行形で皆の心情と見える状況は、変わってきていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

お飾り妻は離縁されたい。「君を愛する事はできない」とおっしゃった筈の旦那様。なぜか聖女と呼んで溺愛してきます!!

友坂 悠
ファンタジー
この先はファンタジー色が強くなりすぎて恋愛ジャンルではどうかとの思いもあって完結させていましたが、ジャンルを移し連載再開することにしました。 よろしくお願いします。 「君を愛する事はできない」 新婚初夜に旦那様から聞かされたのはこんな台詞でした。 貴族同士の婚姻です。愛情も何もありませんでしたけれどそれでも結婚し妻となったからにはそれなりに責務を果たすつもりでした。 元々貧乏男爵家の次女のシルフィーナに、良縁など望むべくもないことはよく理解しているつもりで。 それでもまさかの侯爵家、それも騎士団総長を務めるサイラス様の伴侶として望んで頂けたと知った時には父も母も手放しで喜んで。 決定的だったのが、スタンフォード侯爵家から提示された結納金の金額でした。 それもあって本人の希望であるとかそういったものは全く考慮されることなく、年齢が倍以上も違うことにも目を瞑り、それこそ両親と同年代のサイラス様のもとに嫁ぐこととなったのです。  何かを期待をしていた訳では無いのです。 幸せとか、そんなものは二の次であったはずだったのです。 貴族女性の人生など、嫁ぎ先の為に使う物だと割り切っていたはずでした。 だから。縁談の話があったのも、ひとえに彼女のその魔力量を買われたのだと、 魔力的に優秀な子を望まれているとばかり。 それなのに。 「三年でいい。今から話す条件を守ってくれさえすれば、あとは君の好きにすればいい」 とこんなことを言われるとは思ってもいなくて。 まさか世継ぎを残す義務さえも課せられないとは、思ってもいなくって。 「それって要するに、ただのお飾り妻ってことですか!?」 「何故わたくしに白羽の矢が立ったのですか!? どうして!?」 事情もわからずただただやるせない気持ちになるシルフィーナでした。 それでも、侯爵夫人としての務めは果たそうと、頑張ろうと思うのでしたが……。 ※本編完結済デス。番外編を開始しました。 ※第二部開始しました。

ゲームの中に転生したのに、森に捨てられてしまいました

竹桜
ファンタジー
 いつもと変わらない日常を過ごしていたが、通り魔に刺され、異世界に転生したのだ。  だが、転生したのはゲームの主人公ではなく、ゲームの舞台となる隣国の伯爵家の長男だった。  そのことを前向きに考えていたが、森に捨てられてしまったのだ。  これは異世界に転生した主人公が生きるために成長する物語だ。

処理中です...