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83.前進

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「では、クォーツ。朝食の時間にまた会おうね」
 オニキスの聞いたことのないような愛溢れる声色にジャニスティは、思わずフフッと笑う。その声に気が付いたオニキスは「どうしたんだ、ジャニス?」と少しだけツンとした表情で、話す。

「いや、フフッ。オニキ……コホンッ! 旦那様も、そのようなお顔をなさるのかと――」
「フッ、そうだな。だが事実、これからクォーツが娘となるのだ。可愛くて仕方がない」
 そう言うと太陽の光が上っていく窓際を向き、目を細めた。

「……?」
「あぁ、すまない。アメジストのことも、幼い頃から可愛くて仕方がなかったんだ。しかし、仕事が忙しく、加えてベルメルシア家の皆の士気を支えるのにはやはり時間もかかった」

――もっと幼い頃から、こうして抱き締めてあげたかった。
 オニキスは珍しく弱々しい悲しそうな声でそう、呟いた。

「これから」
 ふとジャニスティが聞こえない程に小さな声で、囁く。

「ん? どうした」
「オニキス、これからでも間に合います。アメジストお嬢様は『自分がしっかりしなければ』と気を張り、無理をなさっている。言えないだけで本当は甘えたいのだと、貴方の……“父”の愛を待ち望んでいるのです」

 困惑した表情でジャニスの言葉を真摯に受け止める、オニキスは「そうか、そうだな。ありがとう」とだけ答え、いつもの彼に戻った。

「では旦那様、後程。早朝から失礼いたしました」
「構わない、お前ならいつでも歓迎するさ」

 キィー……カ、チャン――。
 ゆっくり、静かに、まるで誰にも聞こえぬように閉められる扉。

 その隙間からはとても穏やかに手を振り優しい眼差しで見送るオニキスの姿が、扉が最後まで閉まるその時まで見えていた。



 コツ、コツ、コツ……。
 カポン、カポカポ……。

 ジャニスティとクォーツ、二人の歩く音はとても丁寧で通路の床からは品の良い音が響く。しかしたまにリズムの狂うクォーツの足音にジャニスティがクスッと微笑んだ。

「ふっ、大丈夫か? クォーツ。靴が少し大きかったか」
「んにぅ! だ、大丈夫ですわ!」

 慌てて恥ずかしそうにするクォーツの手を握り、並んで歩き始める。
(オニキスの部屋へ行くときは、腕に抱いて隠していたからな)

 エデが今後のことを考え、大きめの靴を準備してくれたのだろう、と気付く。

「全て、エデのお陰だな。感謝だ」
「お兄様?」
「いや。さぁクォーツ、心の準備は良いかい? 皆の待つ場所へ行こう」

――いよいよ舞台の幕開け、だな。
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