上 下
16 / 382

16.数学

しおりを挟む

 朝食後アメジストは、自分の部屋へ戻ってきた。

 キィ~……――パタン。

 毎日聞いている扉の開閉する音がいつも以上に長く耳に響き、物悲しく感じる。そして心の中にある不安がうっすらと膜を張るように、全身に広がっていった。

「はぁ、どうしよう」

 そして、ふと溜息をつく。

 屋敷から出られないという縛りのある、一日の始まり。アメジストは学校で勉強するはずであったこの時間は、机に向かい勉強をする事にした。しかし、どうにも気持ちが落ち着かない。その原因はもちろんジャニスティと、助けたレヴシャルメ種族の子はどうなったのか? とても気がかりだった。

――絶対に部屋へは近づかぬように。

 ジャニスティから言われたその言葉が、頭をぎる。

「考えない、考えない! お勉強しなきゃ」

 静かな部屋で聞こえるのはカチカチと時計の音だけ。アメジストは気になる気持ちを紛らわすようしばらくの間、苦手な数字の問題を解いていた。

(答えは一つ、頑張れば必ず導き出せるわ)

 一時間ほど集中し勉強をしていた彼女は、ふとある事を思う。

「そう、数学の計算みたいに。何でもこうして頑張れば……考えれば、答えが見つかるのなら良いのに」

(ねぇ、そう思わない? ジャニス)

 いつも傍で見守っていてくれる彼に、心の中で話しかけていた。そして問題集をパタリと閉じると部屋から出る。その足は自然と「近づくな」と言われ約束をしたジャニスティの部屋へ向かっていたのだ。

 コツ……コツ……。

 足音をなるべく立てないよう周りを注意深く見渡しながら、ゆっくりと廊下を歩く。出来れば誰にも会わずに辿り着きたい、そう思っていた。

 屋敷の中でも少し離れた場所。この方向にあるのはジャニスティの部屋と書庫、あとは倉庫のような部屋ばかりだ。もし誰かにばったり会い「どこに行くのか?」と聞かれた時、後々面倒な事にならないようにと考えていた。

「お部屋に入るわけじゃないし。本当にほんの少し近くまで行くだけだから」

 ボソッと呟く。

 そして先に見える廊下の角を曲がれば彼の部屋だと、緊張しながら進む。もちろん部屋に入るつもりはない。近くへ行って何か答えが見つかるわけでもない。しかし少しでも二人の傍にいたかったアメジストは、約束を守れなかった。

 ギィー。

 すると突然、扉の開く音が聞こえ驚くアメジスト。

「エッ?!」
(角の方から聞こえた? まさか)

「誰か、いるの?」

 足音は聞こえない。
 彼女は扉の音が聞こえた方へ恐る恐る、近づいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

意地を張っていたら6年もたってしまいました

Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」 「そうか?」 婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか! 「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」 その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

お飾り妻は離縁されたい。「君を愛する事はできない」とおっしゃった筈の旦那様。なぜか聖女と呼んで溺愛してきます!!

友坂 悠
ファンタジー
この先はファンタジー色が強くなりすぎて恋愛ジャンルではどうかとの思いもあって完結させていましたが、ジャンルを移し連載再開することにしました。 よろしくお願いします。 「君を愛する事はできない」 新婚初夜に旦那様から聞かされたのはこんな台詞でした。 貴族同士の婚姻です。愛情も何もありませんでしたけれどそれでも結婚し妻となったからにはそれなりに責務を果たすつもりでした。 元々貧乏男爵家の次女のシルフィーナに、良縁など望むべくもないことはよく理解しているつもりで。 それでもまさかの侯爵家、それも騎士団総長を務めるサイラス様の伴侶として望んで頂けたと知った時には父も母も手放しで喜んで。 決定的だったのが、スタンフォード侯爵家から提示された結納金の金額でした。 それもあって本人の希望であるとかそういったものは全く考慮されることなく、年齢が倍以上も違うことにも目を瞑り、それこそ両親と同年代のサイラス様のもとに嫁ぐこととなったのです。  何かを期待をしていた訳では無いのです。 幸せとか、そんなものは二の次であったはずだったのです。 貴族女性の人生など、嫁ぎ先の為に使う物だと割り切っていたはずでした。 だから。縁談の話があったのも、ひとえに彼女のその魔力量を買われたのだと、 魔力的に優秀な子を望まれているとばかり。 それなのに。 「三年でいい。今から話す条件を守ってくれさえすれば、あとは君の好きにすればいい」 とこんなことを言われるとは思ってもいなくて。 まさか世継ぎを残す義務さえも課せられないとは、思ってもいなくって。 「それって要するに、ただのお飾り妻ってことですか!?」 「何故わたくしに白羽の矢が立ったのですか!? どうして!?」 事情もわからずただただやるせない気持ちになるシルフィーナでした。 それでも、侯爵夫人としての務めは果たそうと、頑張ろうと思うのでしたが……。 ※本編完結済デス。番外編を開始しました。 ※第二部開始しました。

ゲームの中に転生したのに、森に捨てられてしまいました

竹桜
ファンタジー
 いつもと変わらない日常を過ごしていたが、通り魔に刺され、異世界に転生したのだ。  だが、転生したのはゲームの主人公ではなく、ゲームの舞台となる隣国の伯爵家の長男だった。  そのことを前向きに考えていたが、森に捨てられてしまったのだ。  これは異世界に転生した主人公が生きるために成長する物語だ。

処理中です...