上 下
206 / 206
第三章

一年前⑥

しおりを挟む
「……それでは私が10になるのはもはや決定事項……ということになりますわね」
「少なくともクローバーでは周知となるでしょう。あの二人がクローバーのキングに報告しないわけがありませんから」
「うぅ……もう腹を括るしかないか……」

 大きなため息と共にエルザ殿は「この残りの一年で何か手を打っておいたほうがいいかしら……他国の攻略対象達と仲良くなって、最悪の場合は匿ってもらう、とか?」と思考の海に沈みかける。
 またしても混乱し始めては大変だし、俺にはまだ伝えていないことがある。改めてこの人に心から頭を下げた。

「助けていただいて本当にありがとうございました。あなたがいなければ俺は今頃クローバーへと向かう馬車の中で簀巻きになっていたかもしれません。感謝してもしきれない。ですが、結果的にあなたにはご迷惑をおかけしてしまいましたが、それでも俺は──あなたと同じスペードで働けて嬉しく思います」

 頭を上げればため息をついていたはずのエルザ殿は少し照れたように笑った。

「それは私の台詞です。……多少憂鬱ではありますけど、これからよろしくお願いしますね」
「デスクワークがお嫌いなんでしたっけ?」
「ええ。しばらく座っていると体がムズムズして……。これから、か……」

 エルザ殿は唐突に口元に手を当て、何かを考えているようだった。

「どうかされました?」
「いえ……その、私が10になったということは、私達は同じ位持ちの間柄になった、ということになるなと思いまして」
「え、ええ。そう、ですね……?」

 綺麗な空色の瞳に見つめられて、いつの間にか凪いでいた心臓がまた激しく騒ぎ出す。

 時間にしてほんの数秒だろう沈黙が恐ろしく長く感じた時、俺を映す瞳が柔らかく綻んだ。

「……オーウェン」

 笑い混じりに呼ばれたのは俺の名前で、返事をしなければと焦りつつも舌が言うことを聞かない。

「そう呼んでもいいってことよね? 同僚だものね?」

 なんとも嬉しそうに、綺麗な瞳が輝いて見えるのは俺の気のせいだろうか。

 本当にこの人は、とても綺麗で──可愛い。

「ご自由、に……どうぞ」

「ありがとう! オーウェンも私のことはエルザでいいからね」

 これに関しては全力で断りを入れたかったが、手を叩いて喜ぶ姿に言い出す勇気がない。

「同僚かぁ。そうよねぇ。同じ位持ち、だものねぇ」

 噛み締めるようにエルザ殿はそう繰り返し、一人でうんうんと頷いている。
 そして人差し指を立てつつ、にんまりとした笑顔が向けられた。

「それじゃあオーウェン。ひとつ聞きたいんだけど、いいかしら?」

「なんでしょう?」

 この笑みは危険信号、というものらしいことを、この時の俺はまだ知らなかった。

「あなた──ゼンに私を売ったわね?」

 ………………。

 売った、とはなんの話……。

 などとは聞けなかった。

 先ほどは含みのある笑みを浮かべていたエルザ殿の表情はすっかり冷え切り、鋭くなった瞳は激しい怒りを称え、俺を刺していたのだ。

 だが突如として直面した生命の危機に俺は、思い出した。

『護衛のエルザ殿と、キングやクイーンは親しくていらっしゃるんですね。名前でお呼びになられてましたよ』

「──はい! 売りました!」

「自供したわね。私がゼンから逃げるのにどれだけ大変だったと思ってるの! 秘密にしてって言ったのに酷いじゃない!」

「すすすみません……っ! で、出来心でつい……っ」

 本音はこの人と同じ位持ちになりたい、だが、それはさすがに自供できなかった。
 俺の言葉を受け止めたエルザ殿の目が細くなり、俺を睨めつける。

「ふぅん、そう。あなたは約束事を守れない男ってわけね。へーぇ」

「けっ決してそのようなことは……」

「ないとは言わせないわよ。もう同じ位持ちなんだから遠慮はしないから」

 激しい追及に平謝りを続けたが、お許しをいただくには程遠いらしい。

「エルザ殿。お、俺もひとつお聞きしてよろしいですか」

「なによ?」

「その……先ほどの走り込みの誘いはもしや……」

 吊り上がった眦をそのままに、唇が弧を描く。

「私がどれだけ逃げ回ったか、体に教え込んであげるわ。──覚悟しなさい」
 
 危険な笑みすらこの人は恐ろしく美しい。

 こののちの走り込みの最中にそう考えたのは、現実逃避以外の何物でもなかった。
しおりを挟む
感想 109

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(109件)

智秋
2020.06.23 智秋

わぁ!
若いなみんな(笑)
てか、オーウェンは魔法バカだね。
キングとクィーンが必死で
はじめの時になんかキッカケあるよね
と10の就任式で思ってましたが
やっとスッキリしました。

あと、夏だから
ララとお揃い水着かな?
また、読み返します!
入院したら暇なんですよね(笑)

深川ねず
2020.06.23 深川ねず

まだルーファスにはオーウェンに対する仲間意識がない頃の話でした(´∀`*)
なので連れ去られても二章のエルザの時のように助けには来てくれません……。

ララやグレンとザックがいなくて、初登場のクローバー視点で話は組み立てられるかなと不安でしたが、なんとかなってほっとしましたw
やはりオーウェン視点が楽しい……w

そうなんです! お揃いの水着回は久しぶりのエルザ視点なので、楽しんで書いてます✨
こちらにもクローバーを噛ませるか、他の国にするかは悩み中ですが……夏休みまでには投稿したいところです!

いつもいつも読み返していただけて有り難いです……本当にありがとうございます! ……って入院……!? お怪我でしょうか、お体の具合でもお悪いのでしょうか。驚きすぎて手が止まってしまいました💦
少しでもお暇な時間の潤いとなれるよう頑張って書いていきますので、お体ご自愛下さい。

解除
ななし
2020.06.21 ななし

お久しぶりです🎵世の中が、大変な最中
更新ありがとうございます‼️忘れてるとこもあり読み返して思い出したりして
また楽しく読ませて頂きました~
これからも無理せず更新して頂けたら
嬉しいです(≧▽≦)

深川ねず
2020.06.21 深川ねず

感想ありがとうございます✨

本当にこの頃は家に篭ることが多くて気持ちも塞いでしまいますが、久々の更新を読みに来ていただけて嬉しいです。読み返してまでいただけて恐縮です✨
私も忘れてるところが多く、自分で読み返すことが多いです(´∀`*)そして矛盾を見つけてやっちゃったわーとなるわけですが……w

今後はのんびりと書いていこうと思っていましたので、そう言っていただけると本当に嬉しいです。ありがとうございます!
これからもエルザ達をよろしくお願いします✨

解除
智秋
2020.02.12 智秋

やっぱり、オーウェンは変態だった(笑)

番外編はよりキャラの濃さがましますね。
ザックの鞭はミルキー味かな?
役に立たない飴(笑)
とりあえず、エルザが判子失くさない為に
土台から紐で繋げておくべきだな。
なんか、エルザの怒られてる内容が
私が怒られるのとシンクロしてるΣ(゚д゚lll)

『判子は?え、書類見つかんないの?』
『失くさないようにしまうなら、入れ込むな』
『片付けて、より散らかすってなんなんだ?』

なぜか、一度怒られた事もまた怒られる
やらかさなきゃ良いんですけど、ね(笑)

深川ねず
2020.02.12 深川ねず

オーウェンのエルザ馬鹿度が増し増しでした(´∀`*)

同時進行で書いてるコメディ色強めの話にテンションが引っ張られてキャラの濃さが増してしまいました。
二章を初めから読み直していると、エルザが思いの外しっかりしていてびっくりしてます……w

みんなでエルザを甘やかしている姿が微笑ましく見えて書いてしまいましたが、ザックのミルキー製の鞭もなかなかの役立たずでしたw

智秋さんがまさかのリアルエルザ……!
愛すべき失敗ですよ! オーウェンみたいに、そのお説教に愛が滲み出てきてるはずです✨……多分w

解除

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。