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第二章

番外編 お説教の結末③

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「ミア! 城にまで来てくれるなんて嬉しい! オーウェンがね、ケーキを買ってきてくれてね。今からお茶にするところだったのよ。一緒にどう? ここのケーキはとっても美味しいのよ!」

 突然訪ねた私にエルザは無邪気に笑って再会を喜んでくれる。後ろにいるレグは嫌な予感がすると呻いていた。
 はしゃぐ気持ちを抑えて、わざと眉を下げてしょんぼりして見せる。それだけで友人想いなエルザの笑顔は曇った。

「なにかあったの?」
「うん。ねぇ聞いてよ。私、レグに泣かされちゃったんだ。慰めてー」
「お、おい! エルザに言うことないだろ!!」

 わざとらしい泣き真似をする私と慌てるレグを交互に見たエルザの表情は困惑から、激しい怒りへと変わった。

「レグ!! あれほど一人でって言ったのに!! 約束を破ったわね!?」
「破ってない!! 一人で会いに行ったよ!」
「じゃあどうしてミアが泣くのよ!!」
「……そ、それは、その、俺のせいなのは確かなんだけどな……」
「自白したわね。やっぱりあなたに大切なミアはあげられないわ」

 エルザは私を守るように抱きしめて、レグから隠す。
 そうして、高らかに宣言した。

「表に出なさい!! 私の友達を泣かせた性根を叩き直してやるわ!!」

 レグは狼狽えてオーウェンさんに目線で助けを求めるも、オーウェンさんは無駄だとばかりに首を横に振った。
 そっとオーウェンさんが二人の男の子達に指示を出す。
 二人はやれやれと首を振って、ケーキの箱を保冷庫へと移した。




 未だ目に怒りの炎を称えたエルザの正面に立つレグは「どうしてこんなことに……」と頭を抱えている。

「レグ」

 声を張れば、困り果てた表情のレグが天の助けとばかりの目を向けてきた。

「なんだ!?」

 卒業式の日にレグは、ちゃんと私を振ってくれた。待つと言ったのは私の我儘だ。勝手に気持ちを押し付けただけなのに、怒りもせずにいてくれる。そんなレグが大好きなんだよ。

「エルザに勝てたら、さっきの質問の答えを教えてあげてもいいよ」

 今の、口元をひくつかせて慄く表情も。

「ルーファスの次はエルザかよ……!」

 汗をかきながら剣を抜いた背中に、お腹を抱えて笑う。
 ああ、本当に。からかいがいのある人だ。

 そんな私の後ろから、エルザの部下三人の失礼な会話が聞こえてきた。

「やっぱり女の人って怖すぎますね……」
「俺もしばらくは女性とは距離をおきたいです……」
「いい心がけだ。二人とも。いいか。ああいう強かな女性は愛せば可愛らしいものだろうが、今のレグサスの姿をしっかりと目に焼き付けておけ。……苦労するぞ」

「そこ。うるさいよ」

 睨めつけるも三人は素知らぬ顔で目を逸らした。



 エルザが相手だとやはりレグに分が悪いらしい。苦戦しているのがわかった。

 やっぱり条件が厳しすぎたかなぁとほんの少し後悔していると、反対側から懐かしい赤い髪の男が歩み寄ってきた。

「よう、ミア」
「久しぶりだね、ルーファス。お隣は?」

 ルーファスは長い桃色の髪の女の子を連れ立っていた。目を向けると髪と同じくふんわりと柔らかな笑みが向けられる。とんでもない美少女だ。

「ララだ。俺の恋人。ララ、エルザの友達のミアだ。俺ともアカデミーが一緒だったんだよ」

 恋人?

「ルーファスに恋人!?」

 思わず声が裏返った。晴天の霹靂って、こういうことを言うのだと思う。

「あんた、女の子と付き合えたの!?」
「俺をなんだと思ってんだよ……」

 呆れて返されたがとんでもない。数多の同級生、下級生、あまつさえ上級生もなぎ倒してきたこの女嫌いに恋人とは。

 不躾にもまじまじとララさんを見つめてしまうが、ララさんは「みなさん、そう言いますね」と慣れた様子だった。

「ララです。はじめまして。……エルザさんのお友達ってことは、学生時代のエルザさんをよくご存知ってことですよね? 私とも仲良くしていただけたら嬉しいです」
「う、うん。よろしくねぇ」

 柔らかな手が私の両手を包む。
 ララさんは大人しげな姿に金色の目がキラキラと輝く、本当にとんでもない美少女で、なんだか納得してしまった。

「これだけ可愛いと『あの』ルーファスがお付き合いしたくなる気持ちもわかるわねぇ」
「あのってなんだよ。俺はララの見た目に惚れたわけじゃあねぇぞ」
「へぇ。中身にってわけ。当てられるわぁ──」

 その時、広場の中央から激しい剣戟の音がして、ララさんの首がぐるりと広場へと向いた。

「キャ────っ!! エルザさんカッコいい!!」

 今までの大人しげな姿は鳴りを潜め、私の目の前にいるララさんが、力の限り絶叫した。

「剣を振る腕! 駆ける脚の盛り上がる筋肉!! 汗で髪が張り付いて!! ああもう、今すぐ抱きついて鼻から息を吸いたい!!」
「俺の恋人で妙な願望を叫ばないでください!!」

 抗議するオーウェンさんなど、無視だった。

 キラキラとした瞳は異様な熱を帯びて、今にもよだれを垂らしそうな唇は、だらしなく緩んでいる。

「中身に、惚れたんだっけ……?」
「ああ。可愛いだろ」

 ルーファスは得意そうだ。返答は避けた。

「この後ってもちろんお風呂に入りますよね!? 絶対絶対、大浴場に誘わなきゃ!」

「お断りします!! エルザは俺達の部屋の風呂に入れますから!」

「えー? 広々とした大浴場のほうが、エルザさんものんびり入れていいと思いますけど? オーウェンさんは自分の都合のためにエルザに窮屈を強いるわけですか。そうですかそうですか。なるほどなぁ」

「ぐっ……い、いやでも部屋の風呂なら俺が世話してやれるんだから、そっちの方が伸び伸びできてエルザも嬉しいはずだ! 大浴場にはお一人でどうぞ!」

「いいですよ。もしも万が一、エルザさんが部屋のお風呂を選んだとしても、また誘えば一緒に入ってくれるんだから、今日は仕方ないから折れてあげましょうか。私はいつでもエルザさんとお風呂に入れますし?」

「………………そのような挑発に乗ると思うなよ!! 俺だって何度も一緒に入ったことがあるわ!! エルザ! 今日も一緒に風呂に入りますよ!!」

「何の話を大声でしてるのよ!!?」

 さすがのエルザも看過できなかったらしい。

 激しい剣捌きの中、とうとう恋人に向けて、抗議した。

 ──その隙を、レグは見逃さなかった。

 地面に背中をつけたエルザなんて、久しぶりに見たかもしれない。

「っはぁ……! よっし……勝ったぞ……!」

 息を乱したままのレグの瞳が私を真っ直ぐに捉える。
 そのまま、ふらつく足で、近づいて来た。

「待っててくれたのか別れの挨拶か、どっちだ!?」

 いつにもない余裕のない表情で、鋭く見据えられる。
 この、あまりの勢いに、周りを忘れてしまった。

「ま、待ってた! 待ってたよ!」

 叫ぶと、レグは顔中に喜色を浮かべて、汗まみれの体で思い切り抱きしめられた。

 よほど「汗臭いよ」と抗議しようと思ったのに、それどころじゃない。
 レグは何度も「良かった」と囁いて、体を離された時には、その表情は喜びよりも申し訳なさが勝っていた。

「何年も待たせて本当にごめん。……ありがとうな」

 ありがとう、は、反則だと思う。

「……うん」

 そう答えるのが精一杯だった。涙が溢れて、優しく拭われる。
 卒業してから不毛だとばかり思っていた日々が、やっと報われたようだった。




「しっかし、エルザに勝てるとはなー。絶対無理だと思った」

 泣く私の気を紛らわせるためか、レグが戯けたように言った。

「オーウェンさんが気を引いてくれたからでしょ。それがなきゃ、それこそ絶対無理だったよ」
「そう思うなら条件にするなよ……」

 ため息混じりに非難された。

 もちろん、私は勝てるまで教えてあげないなんて言うつもりはなかった。ちょっとだけ反省してもらおうと思っただけだ。
 けど、レグは勝った。
 エルザをかけてルーファスと勝負したときは一度も勝てなかったのに。
 この事実が何だか少し──嬉しい。

「オーウェンさんに感謝だね」
 
 さっきのオーウェンさんはきっとわざとだったと思う。レグが勝てるように、エルザの気を引いてくれたんだ。
 そうでもなければ、あんな恥ずかしいことを成人男性が大声で叫ぶはずがない。

 感謝の意を込めて目線を送ると、オーウェンさんはエルザから責められていた。

「なんて恥ずかしいことを大声で叫んでるのよ!!」

「うっ、す、すみません……つい、意地になって……」

「エルザさん、エルザさん。汗かきましたよね? お風呂入りますよね? 一緒に大浴場に行きませんか?」

「あら、いいわね──」

「駄目です!! エルザは俺と入るんだ! ララさんはキングとどうぞ!」

「どうしてルーファスさんとなんて入らなきゃいけないんですか!! 罰ゲームでもあるまいし!」

「本当にこの二人は交際しているのか……とにかく許可できませんよ! 俺には邪な目からエルザを守る義務がある!!」

「私は大浴場でのんびり入りた──」

「エルザは黙っていなさい!!」

「横暴!! オーウェンさんがそんな人だなんて思いませんでしたよ! ね、エルザさん。まだ間に合います。今からでも他に目を向けて──」

「キング!! あなたの恋人が浮気の現行犯ですよ!!」

 ルーファスは打ちのめされたように額に手を添えていた。

「オーウェンに感謝、する必要……あるか?」
「ないかも……」

 レグは呆れたように「あいつはあれが素だからな」と呟いた。

 そうか。レグのためでも、私のためでもなかったか。

「ねぇ、レグ」

 至近距離で首を傾げられる。

「レグの部屋が見たいな。お邪魔してもいい?」
「あー、いいぜ。さっさと逃げるか」

 私の意図を正確に察したレグが手を差し伸べてくれる。
 その手を取って、にっこり笑った。

 ここは修練場だ。当然、一般の兵達がたくさんいて、これまた当然、スペードの10と9の試合は注目の的だった。

「うん。周りの視線が痛いからね」

 心の中で騒ぐ一団に頭を下げた。

 ありがとう。エルザ、オーウェンさん。

 でもごめんなさい。他人の振りをさせてもらいます。
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