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第二章
番外編 お説教の結末①
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「お祭りでもないのに、どうしてこんなに人がいるわけ?」
王都の中央通りは、馬車が通る隙間もないほど人で埋め尽くされている。
思わず不満が口をついたが、道に面した耳聡い露天商の女店主が大きな声で笑いながら相槌を打ってきた。
「お嬢ちゃん、王都の人じゃないの? こんなの序の口だよ。祭りの時は地面も見えないからね」
「嘘でしょお……絶対住めない」
地元では人よりも猫の方が多いんじゃないかという有様だから、人が多いと歩くだけでひどく疲れる。
げんなりして見せると女店主が豪快に笑った。
「疲れたんなら休憩しなよ。うちの串焼き食ってさ」
抜け目のなさは田舎も都会も変わらないらしい。
この店が扱っているのは店主の言う通り串焼きだ。それも、ブドウやら苺やらの果物を薄い肉で巻いてタレをつけてある。
「都会では串焼きもお洒落なのねぇ」
どちらかといえば飲み物が欲しいところだが、ここぞとばかりに店主が串焼きにタレをつけて炭火で炙り始めた。漂うタレの香ばしい香りは素通りし難い。
「オススメはどれ?」
我慢できずに尋ねると、答えは後ろから返ってきた。
「意外とイチゴがオススメだそうだぜー」
心臓が飛び出すかと思った。聞き間違えるわけがない懐かしい声に、そっと騒ぐ心臓を押さえる。
振り返ると予想通りの人物が、にへらと笑っていた。普通に話しかけて来れるんだなと、嬉しいような残念なような複雑な気持ちになる。
「レグ。久しぶり」
「おう、ミア。王都まで来るなんて珍しいな」
私から目線を移して、レグは店主に「イチゴを二本」と頼み、威勢のいい声と共にレグの握る小銭が二本の串焼きへと姿を変えた。
「ほい」
「……ありがと」
一本差し出されて、思わず受け取る。こういうことがさらりと出来てしまうのか。
そのまま道の端へと寄って、二人で同時に三つ連なるうちの一つを口に入れた。
塩気のあるタレとイチゴの瑞々しい酸味、肉の旨味が、予想外にバランスよく口の中に広がる。
「ほんと、美味しいね。うちでも出してみようかな」
「いいんじゃねーの。漁港町だし、海鮮とフルーツってのも面白そうだ」
確かにそれは面白いかも。
あれこれとアイディアを出し合いながら、たわいもなく会話が紡がれていく。
それに甘えて、気になっていた疑問が口からこぼれ落ちた。
「……オススメって、エルザでしょ」
あの、食べ物に目がない友人は、王都でのお勧めのお店を聞いたら食べ物屋ばかりを勧めてくるような人だ。先ほどの露店も、前に「フルーツにお肉を巻いた串焼きが絶品なの!」と絶賛していたのを思い出した。
私の家でも炭火焼きが最高だの、帆立はわさびと和えたのが好きだの、食べ物にはとにかくうるさい。文字通りに。
「よく分かったな。王都にはエルザに会いにきたのか?」
平気で友人の名前を口にするレグに「違う」と答える。素っ気なくし過ぎたかと内心焦るも、盗み見たレグは気にしていない様子だった。
あることが聞きたくてエルザに手紙を送ったら、返事には今日は自分はお仕事だと書いてあった。部下がすっかり厳しくなっちゃったのと文字からでも寂しそうな姿が見えるような手紙だった。
可哀想なような、でもなんだか楽しそうで笑ってしまった。あの癒される手紙を思い出して、自分を奮い立たせる。
「レグは、仕事中?」
「いいや。今日は非番だから、だらだら暇潰してるとこー。エルザに会いにきたんじゃないなら、買い物か?」
──レグの次のお休みは三日後だって。休みの日は城に篭らずに街に出るらしいわよ。
「うん。今はどこかで休憩しようと思ってたとこ。喉が渇いたんだけど、いいお店知らない?」
「休憩な。それならこっちだ」
そう言うとレグは細い路地へと入って手招きしてきた。人の多い通りを避けて、裏通りへと向かうらしい。
私が人の多いのに慣れていないと分かっているのだと思う。こういう、女の子に慣れた対応をされると、嬉しいよりも複雑な気持ちが上回る。
「お」
店舗が少ないから人も少ない裏通りで、目立つ紺のローブと緑の頭が向かいから歩いて来るのが見えた。
たった一度しか会っていないのに見覚えのありすぎる姿に心臓が騒ぐ。
「よう、オーウェン。一人で町に出てるなんて珍しいな。見張ってなくていいのか?」
何を見張るのかは、私にも分かった。
その話題をレグから出したことに、そわそわと落ち着かない気持ちになる。
「ええ。今は良い見張り役が二人も出来ましたから安心して目を離せますよ。……あれ。ミアさんじゃないですか。先日はお世話になりました。王都までいらしたんですね」
当然のことながら顔は覚えられていて、この間とはまるっきり違う親しみの篭った笑顔が向けられた。
「どうもぉ……」
笑顔で返したが、なんとも気まずい……。
この男との初対面は、思い返すも最悪だった。
都会から来た真面目そうな男。
いい加減、長引かせ過ぎたこの気持ちを終わらせてしまおうと思っていたところで飛び込んできたこの年頃の近い男に、もうこれでいいかと言い寄った。
いっそタイプが違い過ぎるのも決め手だった。
しかしこの男はまったく自分に興味を示さず──ああ、いや。魔法を使ったときは興味を持っていた。けどあれは私に対してってわけじゃないよね。
口説きに入った私に対してとにかく素っ気ない態度のこの男が、ほんの少しだけ過去の恋愛と被った。
そうして意識せず口をついて出たのは──田舎女なんて、都会の男の人からしたら魅力はないかなという、無意識の弱音だった。
私は、自分を田舎の野暮ったい女だなんて思ってない。確かに王都の女の子は綺麗でオシャレで、ほんの少し気後れはしたけど、それでも私は馬鹿にされるほどの田舎者ではない。アカデミーも都会にあったし。
だから、この言葉が自分の口からこぼれ落ちた時、内心ひどく驚いた。
なのに、この目の前の緑色の男は言ったのだ。
『あなたのいう、都会の男の人に直接聞いたらいかがですか』と。
「なんだ、会ったことあるのか?」
「この間、店にエルザと来てくれたのよ」
言ってから、まずいと思った。
この男の気持ちを知っているくせに、これは言っていい話ではなかった。
だが、レグは平然としていた。
「ああ。言ってた出張だな。ってエルザは留守番になったんじゃなかったっけ?」
「ザックが厳しく監視して、仕事を終わらせて追いかけてきたんですよ。あの子達は本当に優秀なんです」
「お前は二人の親か」
「……末娘の手がかかる分、上の子はしっかりするようで……」
レグは顔に深い影が落ちたオーウェンさんから目を逸らした。
末娘が誰かは私にも分かった。
「あー……んじゃあ、それはエルザへの土産か?」
オーウェンさんは手に紙袋を持っていた。
表にはパティスリーと書かれているから、ケーキ屋さんのものらしい。
「ええ。昨日は遅くまで起きていて疲れているのに叱り付けてしまいましたから。ご褒美とお詫びですね」
オーウェンさんは軽く紙袋を持ち上げて、苦笑した。
それを聞いたレグの笑みも、どことなく苦くなったようだった。
「……もうお前から教えてやったらどうだよ。知ってるって」
このレグの言葉には主語がなくて、意味がわからなかった。けど、二人の纏う空気がほんの少し緊張して、私が聞いていいことではないのだと分かる。
「本人が知られたくないと思っていることをわざわざ言う必要はありませんよ。それにどちらにせよ、俺では足手纏いになるでしょうしね」
「んなことねーよ。俺としちゃあ、手が増えて助かるんだがな。お前がそう言うなら俺が口を挟むことじゃねーか」
レグが肩を竦めて笑い、それで重くなった空気は元通りになった。
「邪魔して悪かったな。早くそれを届けてやれよ。喜ぶぞ」
「そうします。それでは」
オーウェンさんは、そう言って会釈して私の横を通る瞬間、私にだけ聞こえるくらいの小声で「頑張ってください」と囁いて去っていった。
「あいつ、今何か言ったか?」
「……ううん。なにも」
あー。バレたなぁ。
レグが連れてきてくれたのは、落ち着いた雰囲気のカフェだった。路地裏にあり、小さな看板が飾られているだけだから、これが噂に聞く隠れ家カフェというものかもしれない。
「エルザはどれがおすすめって言ってた?」
聞くと、レグは「さぁ?」と首を傾けた。
「ここは俺の好きな店。エルザも知ってはいるだろうが、ここについて話したことはねーな。俺のお勧めはアイスのレモンティーかミントティーかな。フルーツティーが美味いけど、さっきイチゴ食ったばっかだしな」
「……それならフルーツティーにするよ。アイスの」
「あいよ。スイーツは如何致しますか、お嬢様?」
戯けたレグが恭しくメニューを見せてくる。初めて聞く丁寧な言葉が可笑しくて吹き出してしまった。
「なにそれ。どういう設定なの? オススメは何かしら?」
「わたくしめのお勧めはこちらのクレマカタラーナでございますよ、お嬢様……ああ、無理。キッツイわ」
せっかくノッてあげたのに降参が早過ぎる。
散々笑ってやっている間に、レグがさっさと注文してしまい、ふざけているうちに注文した紅茶とデザートがすぐに届いた。
フルーツティーの中はイチゴやキウイ、レモンにオレンジとカラフルなフルーツがたくさん沈められていて、目にも楽しい鮮やかさだ。一口含めば爽やかな味わいが人混みに揉まれた疲れが吹き飛ばしてくれる。
「はぁ……これ美味しい」
ため息と共に口角が上がり、向かいに座るレグの笑みが深くなった。
「地元から出てきて疲れただろ。遠いもんなー」
「あー、うん……田舎だからねぇ」
二人でふざけていて忘れていた、今日の目的を思い出して気持ちが僅かに沈む。
レグは私の様子がおかしいことに気付いたのか「田舎ってことはないだろ。遠いだけで、人も多いし賑やかな町だったじゃねーか」と取りなしてくれる。この人が、そんなことを思うはずも、まして言うはずもないことは誰よりもよく分かってる。けど──。
「ねぇ、私ってさー」
「ん? ミアがどうした?」
「──田舎者だよねぇ」
いつもニヤけた笑みを絶やさない目に僅かな冷たい光が射したように見えた。
「んなこと、誰が言った?」
聞いたこともない冷たい声に、酷く焦る。
「い、言われたんじゃなくって……自分で、田舎もんだなぁって思っただけだよ」
「地方に住んでるってことで? 俺が出張でよく通る山道は空気が美味しいし、ミアの住んでる漁港町も活気があって好きだぜ。俺は街生まれだから、むしろ地方の方がのどかで羨ましいけどな」
「そう言ってもらえると嬉しいけど……でも都会の人ってオシャレで……その、綺麗じゃない。……エルザも……」
エルザの名前を出せば、レグは目を瞬かせて首を傾げた。
「エルザはお洒落ってことはないんじゃねーか? あいつは服装にこだわりも何もないからな。ベルならお洒落でいつも可愛らしいのを着てはいるが……」
初めて聞いた女の子の名前に心臓が跳ねた。
「ベルって?」
「スペードの2だ。ネビルって覚えてるか? あれの嫁さん」
ネビルは知っているが、結婚したとは知らなかった。そもそもエルザとネビルはよく魔法の訓練で一緒になっていたが、私とはさほど話したことがないから仕方ない。
レグの言う通り、エルザはさほど服装に拘らない。いつも同じようなシャツとパンツスタイルだ。それでも、腰に剣帯、ショートブーツで堂々と歩く姿はかっこいいと思う。
自分が同じ姿をしたって、絶対似合わない。
そう言うとレグは「確かに」と笑った。
「ミアは、ああいうのは違うよな。なら今から服でも見に行くか?」
「今からって……まだ付き合ってくれるつもりなの?」
「おう。どうせ暇だしな。荷物持ちが必要だろ?」
なんてことないように言うレグに、二の句が告げない。
レグにとっては女の子と遊ぶときのいつも流れなのだろうが……私に、こんなことを言うなんて。
「もしかして……エルザから何か聞いた?」
目の前の男に、ほんの少しの非難を向けてしまう。
「あんたが好きだって言った私にそんなこと言うなんて、どういうつもりなの」
王都の中央通りは、馬車が通る隙間もないほど人で埋め尽くされている。
思わず不満が口をついたが、道に面した耳聡い露天商の女店主が大きな声で笑いながら相槌を打ってきた。
「お嬢ちゃん、王都の人じゃないの? こんなの序の口だよ。祭りの時は地面も見えないからね」
「嘘でしょお……絶対住めない」
地元では人よりも猫の方が多いんじゃないかという有様だから、人が多いと歩くだけでひどく疲れる。
げんなりして見せると女店主が豪快に笑った。
「疲れたんなら休憩しなよ。うちの串焼き食ってさ」
抜け目のなさは田舎も都会も変わらないらしい。
この店が扱っているのは店主の言う通り串焼きだ。それも、ブドウやら苺やらの果物を薄い肉で巻いてタレをつけてある。
「都会では串焼きもお洒落なのねぇ」
どちらかといえば飲み物が欲しいところだが、ここぞとばかりに店主が串焼きにタレをつけて炭火で炙り始めた。漂うタレの香ばしい香りは素通りし難い。
「オススメはどれ?」
我慢できずに尋ねると、答えは後ろから返ってきた。
「意外とイチゴがオススメだそうだぜー」
心臓が飛び出すかと思った。聞き間違えるわけがない懐かしい声に、そっと騒ぐ心臓を押さえる。
振り返ると予想通りの人物が、にへらと笑っていた。普通に話しかけて来れるんだなと、嬉しいような残念なような複雑な気持ちになる。
「レグ。久しぶり」
「おう、ミア。王都まで来るなんて珍しいな」
私から目線を移して、レグは店主に「イチゴを二本」と頼み、威勢のいい声と共にレグの握る小銭が二本の串焼きへと姿を変えた。
「ほい」
「……ありがと」
一本差し出されて、思わず受け取る。こういうことがさらりと出来てしまうのか。
そのまま道の端へと寄って、二人で同時に三つ連なるうちの一つを口に入れた。
塩気のあるタレとイチゴの瑞々しい酸味、肉の旨味が、予想外にバランスよく口の中に広がる。
「ほんと、美味しいね。うちでも出してみようかな」
「いいんじゃねーの。漁港町だし、海鮮とフルーツってのも面白そうだ」
確かにそれは面白いかも。
あれこれとアイディアを出し合いながら、たわいもなく会話が紡がれていく。
それに甘えて、気になっていた疑問が口からこぼれ落ちた。
「……オススメって、エルザでしょ」
あの、食べ物に目がない友人は、王都でのお勧めのお店を聞いたら食べ物屋ばかりを勧めてくるような人だ。先ほどの露店も、前に「フルーツにお肉を巻いた串焼きが絶品なの!」と絶賛していたのを思い出した。
私の家でも炭火焼きが最高だの、帆立はわさびと和えたのが好きだの、食べ物にはとにかくうるさい。文字通りに。
「よく分かったな。王都にはエルザに会いにきたのか?」
平気で友人の名前を口にするレグに「違う」と答える。素っ気なくし過ぎたかと内心焦るも、盗み見たレグは気にしていない様子だった。
あることが聞きたくてエルザに手紙を送ったら、返事には今日は自分はお仕事だと書いてあった。部下がすっかり厳しくなっちゃったのと文字からでも寂しそうな姿が見えるような手紙だった。
可哀想なような、でもなんだか楽しそうで笑ってしまった。あの癒される手紙を思い出して、自分を奮い立たせる。
「レグは、仕事中?」
「いいや。今日は非番だから、だらだら暇潰してるとこー。エルザに会いにきたんじゃないなら、買い物か?」
──レグの次のお休みは三日後だって。休みの日は城に篭らずに街に出るらしいわよ。
「うん。今はどこかで休憩しようと思ってたとこ。喉が渇いたんだけど、いいお店知らない?」
「休憩な。それならこっちだ」
そう言うとレグは細い路地へと入って手招きしてきた。人の多い通りを避けて、裏通りへと向かうらしい。
私が人の多いのに慣れていないと分かっているのだと思う。こういう、女の子に慣れた対応をされると、嬉しいよりも複雑な気持ちが上回る。
「お」
店舗が少ないから人も少ない裏通りで、目立つ紺のローブと緑の頭が向かいから歩いて来るのが見えた。
たった一度しか会っていないのに見覚えのありすぎる姿に心臓が騒ぐ。
「よう、オーウェン。一人で町に出てるなんて珍しいな。見張ってなくていいのか?」
何を見張るのかは、私にも分かった。
その話題をレグから出したことに、そわそわと落ち着かない気持ちになる。
「ええ。今は良い見張り役が二人も出来ましたから安心して目を離せますよ。……あれ。ミアさんじゃないですか。先日はお世話になりました。王都までいらしたんですね」
当然のことながら顔は覚えられていて、この間とはまるっきり違う親しみの篭った笑顔が向けられた。
「どうもぉ……」
笑顔で返したが、なんとも気まずい……。
この男との初対面は、思い返すも最悪だった。
都会から来た真面目そうな男。
いい加減、長引かせ過ぎたこの気持ちを終わらせてしまおうと思っていたところで飛び込んできたこの年頃の近い男に、もうこれでいいかと言い寄った。
いっそタイプが違い過ぎるのも決め手だった。
しかしこの男はまったく自分に興味を示さず──ああ、いや。魔法を使ったときは興味を持っていた。けどあれは私に対してってわけじゃないよね。
口説きに入った私に対してとにかく素っ気ない態度のこの男が、ほんの少しだけ過去の恋愛と被った。
そうして意識せず口をついて出たのは──田舎女なんて、都会の男の人からしたら魅力はないかなという、無意識の弱音だった。
私は、自分を田舎の野暮ったい女だなんて思ってない。確かに王都の女の子は綺麗でオシャレで、ほんの少し気後れはしたけど、それでも私は馬鹿にされるほどの田舎者ではない。アカデミーも都会にあったし。
だから、この言葉が自分の口からこぼれ落ちた時、内心ひどく驚いた。
なのに、この目の前の緑色の男は言ったのだ。
『あなたのいう、都会の男の人に直接聞いたらいかがですか』と。
「なんだ、会ったことあるのか?」
「この間、店にエルザと来てくれたのよ」
言ってから、まずいと思った。
この男の気持ちを知っているくせに、これは言っていい話ではなかった。
だが、レグは平然としていた。
「ああ。言ってた出張だな。ってエルザは留守番になったんじゃなかったっけ?」
「ザックが厳しく監視して、仕事を終わらせて追いかけてきたんですよ。あの子達は本当に優秀なんです」
「お前は二人の親か」
「……末娘の手がかかる分、上の子はしっかりするようで……」
レグは顔に深い影が落ちたオーウェンさんから目を逸らした。
末娘が誰かは私にも分かった。
「あー……んじゃあ、それはエルザへの土産か?」
オーウェンさんは手に紙袋を持っていた。
表にはパティスリーと書かれているから、ケーキ屋さんのものらしい。
「ええ。昨日は遅くまで起きていて疲れているのに叱り付けてしまいましたから。ご褒美とお詫びですね」
オーウェンさんは軽く紙袋を持ち上げて、苦笑した。
それを聞いたレグの笑みも、どことなく苦くなったようだった。
「……もうお前から教えてやったらどうだよ。知ってるって」
このレグの言葉には主語がなくて、意味がわからなかった。けど、二人の纏う空気がほんの少し緊張して、私が聞いていいことではないのだと分かる。
「本人が知られたくないと思っていることをわざわざ言う必要はありませんよ。それにどちらにせよ、俺では足手纏いになるでしょうしね」
「んなことねーよ。俺としちゃあ、手が増えて助かるんだがな。お前がそう言うなら俺が口を挟むことじゃねーか」
レグが肩を竦めて笑い、それで重くなった空気は元通りになった。
「邪魔して悪かったな。早くそれを届けてやれよ。喜ぶぞ」
「そうします。それでは」
オーウェンさんは、そう言って会釈して私の横を通る瞬間、私にだけ聞こえるくらいの小声で「頑張ってください」と囁いて去っていった。
「あいつ、今何か言ったか?」
「……ううん。なにも」
あー。バレたなぁ。
レグが連れてきてくれたのは、落ち着いた雰囲気のカフェだった。路地裏にあり、小さな看板が飾られているだけだから、これが噂に聞く隠れ家カフェというものかもしれない。
「エルザはどれがおすすめって言ってた?」
聞くと、レグは「さぁ?」と首を傾けた。
「ここは俺の好きな店。エルザも知ってはいるだろうが、ここについて話したことはねーな。俺のお勧めはアイスのレモンティーかミントティーかな。フルーツティーが美味いけど、さっきイチゴ食ったばっかだしな」
「……それならフルーツティーにするよ。アイスの」
「あいよ。スイーツは如何致しますか、お嬢様?」
戯けたレグが恭しくメニューを見せてくる。初めて聞く丁寧な言葉が可笑しくて吹き出してしまった。
「なにそれ。どういう設定なの? オススメは何かしら?」
「わたくしめのお勧めはこちらのクレマカタラーナでございますよ、お嬢様……ああ、無理。キッツイわ」
せっかくノッてあげたのに降参が早過ぎる。
散々笑ってやっている間に、レグがさっさと注文してしまい、ふざけているうちに注文した紅茶とデザートがすぐに届いた。
フルーツティーの中はイチゴやキウイ、レモンにオレンジとカラフルなフルーツがたくさん沈められていて、目にも楽しい鮮やかさだ。一口含めば爽やかな味わいが人混みに揉まれた疲れが吹き飛ばしてくれる。
「はぁ……これ美味しい」
ため息と共に口角が上がり、向かいに座るレグの笑みが深くなった。
「地元から出てきて疲れただろ。遠いもんなー」
「あー、うん……田舎だからねぇ」
二人でふざけていて忘れていた、今日の目的を思い出して気持ちが僅かに沈む。
レグは私の様子がおかしいことに気付いたのか「田舎ってことはないだろ。遠いだけで、人も多いし賑やかな町だったじゃねーか」と取りなしてくれる。この人が、そんなことを思うはずも、まして言うはずもないことは誰よりもよく分かってる。けど──。
「ねぇ、私ってさー」
「ん? ミアがどうした?」
「──田舎者だよねぇ」
いつもニヤけた笑みを絶やさない目に僅かな冷たい光が射したように見えた。
「んなこと、誰が言った?」
聞いたこともない冷たい声に、酷く焦る。
「い、言われたんじゃなくって……自分で、田舎もんだなぁって思っただけだよ」
「地方に住んでるってことで? 俺が出張でよく通る山道は空気が美味しいし、ミアの住んでる漁港町も活気があって好きだぜ。俺は街生まれだから、むしろ地方の方がのどかで羨ましいけどな」
「そう言ってもらえると嬉しいけど……でも都会の人ってオシャレで……その、綺麗じゃない。……エルザも……」
エルザの名前を出せば、レグは目を瞬かせて首を傾げた。
「エルザはお洒落ってことはないんじゃねーか? あいつは服装にこだわりも何もないからな。ベルならお洒落でいつも可愛らしいのを着てはいるが……」
初めて聞いた女の子の名前に心臓が跳ねた。
「ベルって?」
「スペードの2だ。ネビルって覚えてるか? あれの嫁さん」
ネビルは知っているが、結婚したとは知らなかった。そもそもエルザとネビルはよく魔法の訓練で一緒になっていたが、私とはさほど話したことがないから仕方ない。
レグの言う通り、エルザはさほど服装に拘らない。いつも同じようなシャツとパンツスタイルだ。それでも、腰に剣帯、ショートブーツで堂々と歩く姿はかっこいいと思う。
自分が同じ姿をしたって、絶対似合わない。
そう言うとレグは「確かに」と笑った。
「ミアは、ああいうのは違うよな。なら今から服でも見に行くか?」
「今からって……まだ付き合ってくれるつもりなの?」
「おう。どうせ暇だしな。荷物持ちが必要だろ?」
なんてことないように言うレグに、二の句が告げない。
レグにとっては女の子と遊ぶときのいつも流れなのだろうが……私に、こんなことを言うなんて。
「もしかして……エルザから何か聞いた?」
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