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第二章
50 グレン視点
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呆然と見守るこちらに、勢いよく振り返ったオーウェン様がにじり寄ってきた。纏う空気に冷たさはもうなくなっていたが、感じる怒りは先ほどの比ではない。
「その話は、紛うことなくあの人から聞いたのだろうが、まさかそんな下らない用でここに参ったのか、君らは!?」
「ち、違います!!」
首と両手をブンブンと横に振る。どうやら俺達は、この方からの信用は得たが、同時に何かを失ったらしいことがわかった。
「ならば早く本題を言え! ……いいか。俺のことも何か聞いているかもしれないが、それは決して口にはしないように──」
オーウェン様のこと……?
「あ! 愛してるって言ってました!!」
「口にするなと言っただろうが!! そんなことは言われずとも知っている!!」
頭上から大声で怒鳴られ首が竦む。俺は伝言を伝えただけなのに……。
「……あの人が思いの外元気なのはよく分かったから、早く本題を言いなさい。本題を」
取り繕うように咳払いをしたオーウェン様に促される。スペードの方達からも視線が向けられるが、もう怖くはなかった。
「はい、昨日のことです。こちらのザックが牢の見張りをしていた時に、そこのソフィア……ダイヤの10が地下へと降りてきました」
ソフィアに目を向けると、声を上げようとしているのを、ダイヤのクイーンに押さえ込まれているのが見えた。
「ダイヤの10は、スペードの皆様に殺人犯がスペードの10であると誤認させるために、ザックを殺してその罪をあの人に擦りつけてやると言って──剣を抜き、斬りかかってきました。その際にはっきりと、今回の殺人事件の犯人は自分であると自白したのを、俺達とスペードの10が聞いています。犯人はソフィアです。だから早くスペードの10を助けてください! あの人は──」
「違う!!」
俺の声を金切り声が遮り、ダイヤのクイーンを押しのけたソフィアがスペードのキングの元へと詰め寄った。
「あんなの全部嘘よ! ねぇ、ルーファスなら信じてくれるわよね? あの子達、前にわたしが振ったせいで逆恨みでもしてるのよ」
「っそんなわけないだろ! 誰がお前みたいな頭のおかしい女を好きになるかよ!!」
あまりの言い訳に体が沸騰したように熱くなる。
だが、静かに聞いていたスペードのキングは、オーウェン様に目配せした。
「そうだな、ソフィア嬢。君がそのようなことをするはずがない」
「ルーファスっ」
胸に鉛が埋められたようだった。スペードの10が目にした証言だと伝えたのに。どうして──。
「だが、あの日の事件について、もう一度話を聞かせてもらえるかな。彼等も、我が国の10の口車に乗せられているだけなのかもしれない」
「そんなことはありません! 俺達は本当に……っ」
スペードのキングに詰め寄ろうとするも、軽薄そうな男性によって止められた。「いいからちょっと黙ってな。エルザを信じてるならな」と囁かれる。
すぐに口を閉じた。
スペードの方々を信じた、スペードの10を信じるなら。
そう言われるならきっと、これが正解だ。
両手を合わせたソフィアが嬉しそうに語り始めた。
「あの日はわたしとコニーが分かれて見回りに出ました。そのあと悲鳴が聞こえて……急いで駆けつけたら、スペードの10が剣を振り下ろすところを見ました。コニーは可哀想に。大きな傷を負って、そのまま……わたしがそばにいたら、こんなことにはならなかったのに。残念でなりません」
泣き真似をするソフィアの話を黙って聞いていたオーウェン様がソフィアの前に立ち、見下ろした。
「では、現場には被害者のコニー氏と我が国の10しかいなかったと言うことですね」
「はい! オーウェンさんには恋人がこんなことになってお気の毒ですが……」
「お気遣いは結構。エルザは犯人ではありませんから」
「は?」
高い声が一転して低くなったソフィアが、ポカンと口を大きく開けて固まった。
良かった。この人達は信用出来ると確信した。
ソフィアに向けるこの人達の表情の険しさは、先ほど俺に向けられたものよりも何倍も鋭く、決してお前を許さないと語っている。
「その腰に挿した装飾も見事な剣は、恐らくはダイヤのキングかジャックからの貢物だろうが、持ち主の剣に対する知識は皆無のようだな」
低く唸るような声で言われ、内心竦み上がった。本当に、俺に向けられたものとは比べ物にならないほどの、怒りの篭る声だった。
「エルザの剣は突剣だ。突きの動作で相手を翻弄する──と説明してやればわかるか。突剣で、ご遺体のあのような傷など、付くはずもない。……お前のその剣ならともかくな」
さっと顔色を変えたソフィアに畳み掛けるように、オーウェン様は言葉を紡いだ。
「あの場には被害者とスペードの10しかいなかったと言ったな。だが、それを見ていたなら、お前もその場にいたことになる。スペードの10の剣で、ご遺体のあの傷をつけることが不可能であるなら──犯人はお前だ。ダイヤの10」
「その話は、紛うことなくあの人から聞いたのだろうが、まさかそんな下らない用でここに参ったのか、君らは!?」
「ち、違います!!」
首と両手をブンブンと横に振る。どうやら俺達は、この方からの信用は得たが、同時に何かを失ったらしいことがわかった。
「ならば早く本題を言え! ……いいか。俺のことも何か聞いているかもしれないが、それは決して口にはしないように──」
オーウェン様のこと……?
「あ! 愛してるって言ってました!!」
「口にするなと言っただろうが!! そんなことは言われずとも知っている!!」
頭上から大声で怒鳴られ首が竦む。俺は伝言を伝えただけなのに……。
「……あの人が思いの外元気なのはよく分かったから、早く本題を言いなさい。本題を」
取り繕うように咳払いをしたオーウェン様に促される。スペードの方達からも視線が向けられるが、もう怖くはなかった。
「はい、昨日のことです。こちらのザックが牢の見張りをしていた時に、そこのソフィア……ダイヤの10が地下へと降りてきました」
ソフィアに目を向けると、声を上げようとしているのを、ダイヤのクイーンに押さえ込まれているのが見えた。
「ダイヤの10は、スペードの皆様に殺人犯がスペードの10であると誤認させるために、ザックを殺してその罪をあの人に擦りつけてやると言って──剣を抜き、斬りかかってきました。その際にはっきりと、今回の殺人事件の犯人は自分であると自白したのを、俺達とスペードの10が聞いています。犯人はソフィアです。だから早くスペードの10を助けてください! あの人は──」
「違う!!」
俺の声を金切り声が遮り、ダイヤのクイーンを押しのけたソフィアがスペードのキングの元へと詰め寄った。
「あんなの全部嘘よ! ねぇ、ルーファスなら信じてくれるわよね? あの子達、前にわたしが振ったせいで逆恨みでもしてるのよ」
「っそんなわけないだろ! 誰がお前みたいな頭のおかしい女を好きになるかよ!!」
あまりの言い訳に体が沸騰したように熱くなる。
だが、静かに聞いていたスペードのキングは、オーウェン様に目配せした。
「そうだな、ソフィア嬢。君がそのようなことをするはずがない」
「ルーファスっ」
胸に鉛が埋められたようだった。スペードの10が目にした証言だと伝えたのに。どうして──。
「だが、あの日の事件について、もう一度話を聞かせてもらえるかな。彼等も、我が国の10の口車に乗せられているだけなのかもしれない」
「そんなことはありません! 俺達は本当に……っ」
スペードのキングに詰め寄ろうとするも、軽薄そうな男性によって止められた。「いいからちょっと黙ってな。エルザを信じてるならな」と囁かれる。
すぐに口を閉じた。
スペードの方々を信じた、スペードの10を信じるなら。
そう言われるならきっと、これが正解だ。
両手を合わせたソフィアが嬉しそうに語り始めた。
「あの日はわたしとコニーが分かれて見回りに出ました。そのあと悲鳴が聞こえて……急いで駆けつけたら、スペードの10が剣を振り下ろすところを見ました。コニーは可哀想に。大きな傷を負って、そのまま……わたしがそばにいたら、こんなことにはならなかったのに。残念でなりません」
泣き真似をするソフィアの話を黙って聞いていたオーウェン様がソフィアの前に立ち、見下ろした。
「では、現場には被害者のコニー氏と我が国の10しかいなかったと言うことですね」
「はい! オーウェンさんには恋人がこんなことになってお気の毒ですが……」
「お気遣いは結構。エルザは犯人ではありませんから」
「は?」
高い声が一転して低くなったソフィアが、ポカンと口を大きく開けて固まった。
良かった。この人達は信用出来ると確信した。
ソフィアに向けるこの人達の表情の険しさは、先ほど俺に向けられたものよりも何倍も鋭く、決してお前を許さないと語っている。
「その腰に挿した装飾も見事な剣は、恐らくはダイヤのキングかジャックからの貢物だろうが、持ち主の剣に対する知識は皆無のようだな」
低く唸るような声で言われ、内心竦み上がった。本当に、俺に向けられたものとは比べ物にならないほどの、怒りの篭る声だった。
「エルザの剣は突剣だ。突きの動作で相手を翻弄する──と説明してやればわかるか。突剣で、ご遺体のあのような傷など、付くはずもない。……お前のその剣ならともかくな」
さっと顔色を変えたソフィアに畳み掛けるように、オーウェン様は言葉を紡いだ。
「あの場には被害者とスペードの10しかいなかったと言ったな。だが、それを見ていたなら、お前もその場にいたことになる。スペードの10の剣で、ご遺体のあの傷をつけることが不可能であるなら──犯人はお前だ。ダイヤの10」
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