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第二章

49 グレン視点

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 なんとか貴賓席へと辿り着き、オーウェン様が赤い髪の男性──スペードのキングの元へと歩み寄った。
 男の子と思っていたスペードのジャックは俺達の後ろに立ったままだ。恐らくは見張られているのだろうと思う。

「キング、クイーン。ただ今戻りました」
「まだかかると思っていたが、早かったな。何か分かったか?」
「はい。ですが先に、こちらの二人がキングにお会いしたいと申しておりまして」

 そう言ったオーウェン様がスペードのキングに、何かを耳打ちし、赤い眉が険しく寄った。

 そのままスペードのキングの指が見てみろというように広場を指した。オーウェン様は訝しみながらそちらに目を向けて、その先にあるものを確認して恐ろしく低く唸った。

「どういうつもり? グレンに……ザック。私はなんの命令もしていないでしょう。下がりなさい」

 駆け寄ってきたソフィアに、腕を掴まれ引っ張られる。その勢いはとても小柄な女性のものとは思えないほど力強く、切迫しているように見えた。

「ダイヤの10。彼らは私に話があるという。下がるのはお前の方だ」

 それを止めたのはスペードのキングだ。軽薄そうな男性がソフィアとの間に体ごと割って入ってきて、その背中からソフィアの焦っている様子が見えた。

「……ダイヤの10の部下が私に、何用だ」

 静かだが厳しく問われる。炎が燃えているような赤い目を前にして、言葉に詰まった。

 キングだけじゃない。スペードのクイーンは、こちらを仇のように睨み、その隣にいる可愛らしい女性からも、あからさまな敵意が向けられている。
 後ろに立つスペードのジャックと軽薄そうな男性の視線が背中に鋭く刺さり、まさに針の筵のようだった。

 俺達は、スペードの方々から信用されていない。



 ごくりと唾を飲み込んだ。
 何から言えばいい。ソフィアに襲われて、スペードの10が怪我をした。なぜソフィアの部下がその話を持ってきたのかと問われれば……スペードの10の部下になったからだ。そんな話、信じてもらえるのか?

「どうした。なぜ何も言わない。……まさか虚言だったのではないだろうな」

 オーウェン様の鋭い詰問に、喉に痰が絡んだように言葉が出なくなり、まるで光明のように──そうだ、合言葉があった。と思った。



「ルーファスはララのドレスを選ぶ時に露出の高いのを選びたがったから却下して、ゼンがお化けが怖いからと寝室に潜り込んできたのは二週間前のこと。ノエルの彼女は貴族のミリエラちゃんで交際期間は一ヶ月、です!」



 周りの観客の喧騒が潮が引くように静まり、まるで時が止まったようだった。



「…………このっ、最低男!!!」
「違っ、ちょっとした冗談だろ! ああ、くそっ……言うなっつったのにあのやろう……っ」
「うるさいうるさい、この変態! 寄るな、触るな!! 絶対あなたの選んだドレスなんて金輪際着てあげませんから!!」
「いや、そもそも一度も着てくれたことない……じゃなくて、ほんと悪かったって! ごめん! 頼むからそんなこと言うなよ、楽しみにしてんだから」

 可愛らしい女性が大声で詰め寄り、両手を合わせたスペードのキングに宥められている。



「私がどれだけ心配したと思ってるんだ、あのバカ娘!! 今日という今日はもう許さんっ! 私が相手になってやる!!」
「おおお落ち着いてください、クイーン! 俺達はエルザやキングのような体力馬鹿ではないんですから、こんな高さから飛び降りたら怪我じゃ済みませんよ!!」
「ならば遠距離でやってやるまでだ!!」
「うわ、この一瞬でなんと見事な質量の岩を……ってそれどころじゃないっ、ここは堪えてください! あとでいくらでもやれますから!!」

 貴賓席から広場を覗く柵に足をかけたスペードのクイーンの腰を、オーウェン様が必死に引き寄せ、二人の頭上に出現した両手を広げても届かないほどの大きさの岩が、無数の影によって押さえつけられている。



「どっどうしてエルザがミリエラのことを知ってるの……っ!?」
「なんだ、ノエル。知らなかったのか? ミリエラ嬢といえば、エルザのことをお姉様って呼んでよく懐いてる女の子だろ。外堀埋められてんなー」
「……あの変態アホ女……っエルザには近づくなって言っておいたのに!!」
「変態……? エルザに憧れてるだけの普通の女の子じゃねーか」
「ほんっとに擬態だけは上手いんだから……っ」

 頭を振り乱すスペードのジャックは、軽薄そうな男性に揶揄われ、歯軋りしている。



 腕を突かれて振り返れば、情けない顔をしたザックと目が合った。

「……助けてくれたオーウェン様もスペードの方々もすげー怖いって思ったけどさ……やっぱりあの人の所属する国だよな……」

 未だ、騒ぐ六人に同時に目を向ける。
 ……とんでもない合言葉だとは思ったが、あらゆる意味で効果覿面過ぎだと思った。

「そうだな……」

 これしか、返す言葉はなかった。
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