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第二章

47 グレン視点

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「朝から随分と物騒だが、そのような騒動はダイヤの国では日常茶飯事なのか」

 剣を抜いた俺達の背後から、静かながらも厳しい声がした。
 聞き覚えがあるような声だ。ソフィアの信奉者の一人が小さく舌打ちした。

「君らはダイヤの10の部下だな。──我が国の10を拘束している──。それが仲違いとは、何事だ」

 続いた声に、ゆっくりと振り返る。見えた紺色と緑の姿に胸が震えた。──沸き上がる、歓喜で。

「そちらからスペードの10と聞こえたが、それならばこちらの領分だ。その者の話は私も聞かせてもらおうか」
「…………お聞き間違いでは。スペードの10に関することではありません。この者が仕事を放棄したために叱責していたまでで。スペードの方を煩わせるほどのことではありませんよ。お引き取りを」

 静かに、有無を言わせんとばかりにソフィアの信奉者が言い、俺達を隠すように緑の男性との間に立った。

 まずい。もしもこれで、この男性が引いてしまったら。
 激しい焦燥に襲われる中、男性は眉を顰め、目にはこちらへの嘲りが浮かんだ。

「……どうやら名乗ってやらねば、分からないらしいな。スペードの5のオーウェンだ。私がスペードの10という単語を聞き間違えたなどと、侮辱するにも程がある。もう一度言う。その者の話は、私も聞かせてもらう」

 促すような鋭い目が俺に向かい、口を開きかけて──立ちはだかる信奉者達に押しのけられた。

「ご承知の通り、我々はダイヤの10の部下でございます。スペードの5のご命令を聞くわけには参りませんよ」
「その心配なら無用だ。スペードの国は正式にダイヤの10の解任をダイヤのキングに要求する手筈を整えている。分かったら、その少年らをこちらに渡してもらおう。スペードの10に関することを見逃すわけにはいかない」

 スペードの国が、ダイヤの10の解任を求める。
 その言葉の意味は明らかだった。

 スペードの方々は、自国の10を見捨ててなどいない。

 それが分かったと同時に、高く聳える壁と化した信奉者達を掻き分けて、叫んだ。

「スペードの5にお願い申し上げます! スペードの10に関することで、至急、貴国のキングにお目通り願いたいっ!!」

 スペードの5のオーウェン様の刺すような視線が俺一人に刺さり、胸倉を掴まれ引き寄せられた。

「そうか。なら私が仲立ちをしよう。ついて来なさい」

 冷たい声音で睨むように言われ、背筋に寒気が走る。そのまま引きずられるようにして信奉者達から離され──俺の背後からオーウェン様へと、長剣が突きつけられた。

「……他国の5に剣を向けるとは。ダイヤは、スペードをよほど軽んじているらしいな」

 オーウェン様に射殺すような目を向けられても、剣を持つ信奉者に引く気はないようだった。

「こっちも、命令が出ていますので。お一人で行かれるか、それとも……どちらでも好きな方をお選びください」

 こいつらは正気か。こんなことをして、もしも公になれば、上官であり信奉するソフィアもただで済むはずがないのに。
 いや、ザックを通せばどちらにせよソフィアは終わりだ。こいつらは絶対に折れない。ただでさえ三対五の数の有利が、あちらにはあるのだから。
 冷や汗が伝った。

「僕が相手しようか、オーウェンさん」

 オーウェン様は、お一人ではなかった。
 この人と同じ紺を纏った、俺達よりも背の低い男の子が背後から進み出て来た。
 しかし男の子が両側の腰に挿した剣に手を伸ばすのを、オーウェン様が空いた手で制する。
 その動きだけで、男の子は場違いなほどにっこりと笑い、両手のひらを後頭部に添えて、下がっていった。

 信奉者を睨むオーウェン様のエメラルドグリーンの瞳に、激しい稲光が走ったように見えた。

 グシャリと、剣を向けて来ていた信奉者が床に沈んだ。その上を黒いモヤが覆い、押さえつけている。モヤは次第に五本の鞭のような実体を持ち、残る四人も同時に地に伏した。

「クズの部下は、やはりクズだな。大した腕もないくせに剣を抜く早さだけが取り柄とみえる。……誰に剣を向けている。弁えろ」

 オーウェン様が信奉者達を見下し、吐き捨てた。

 一歩も動かずに五人もの男達を一瞬で無力化した、その圧倒的な力の差を前に、言葉が出ない。呆然と見つめていれば、襟首を掴まれ引きずられた。

「私も、キングの元へと参じるところだ。ぼさっとしているなら置いていくが」
「あっ、ま、参ります! ご一緒させてください!」

 冷たい視線と声音に、体が強張る。

 急ぎ足で闘技場へと向かう途中、オーウェン様が「ひとつだけ言っておくが」と振り返った。その表情の、あまりの険しさに息を呑んだ。

「嘘偽りを我が国のキングに申せば、あれと同じ道を辿ると思え」

 ザックと二人、首を縦に振ることしかできなかった。

 この方にとって俺達は、スペードの10を貶めた女の仲間でしかないのだと、否が応でも思い知らされた。



「オーウェンさんって結構強いよね。城に帰ったら手合わせしようよ。兄弟水入らずってやつで!」

 闘技場に向かう中、呑気な声が下から聞こえて来た。

「いいえ、そのような。私などにあなたのお相手は務まりませ」

 ──パチン。

 どこか聞き覚えのある音がして、オーウェン様の顔色が悪くなった。

「……そ、それはいいね、ノエル……た、たのしみ、だなぁ……はは……」

 クリーム色の髪の少年が「わぁい」と無邪気な笑顔を浮かべた。

 ……今のやりとりは、なんだろう。

 意味は分からなくとも、尋ねることなど当然出来るはずもない。

「……まさか、これが今後も続くのか……!? エルザに助けを……いやダメだ。仲良くなったのかと喜ばれるに決まってる。腹を括るしかないのか……っ」

 ……尋ねることなど、出来るはずもない。

 オーウェン様の苦悶の独り言を聞きながら、俺達は無事に、闘技場の貴賓席へと辿り着くことができたのだった。
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