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第二章

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 探し人の後ろ姿を見つけ、そっと声をかけた。

「キング、クイーン」
「ああ、オーウェンか。何かあったか?」

 振り返ったキングもクイーンも、いつにもなく眼光が鋭い。
 あの女の相手がさぞストレスなのだろうが、今はそれに構う暇はない。

「事件について調べておりましたが、やはり現場を一度見ておきたくて。今から外出してもよろしいでしょうか」
「こんな時間にか? 明日にしたらどうだ」

 窓から覗く空は、すでに夕陽から群青へと変わって、半月が中空で輝いている。だが、首を横に振った。

「なるべく早くエルザをあそこから出して差し上げたいので……明日の朝には戻ります」

 今から向かえば現場に到着するのは早朝になるだろうが、朝日の元で調べて戻れば、時間の短縮になるだろう。

「……オーウェン殿。ちゃんと寝てらっしゃいますか? 今晩は休んで、明日にしたらどうです。あなたが倒れでもしたら、エルザが悲しみますよ」
「馬車を使いますので、ご心配には及びません」

 必ず、今から出発して現場を調べ、明日にはエルザをあんなところから出す。
 出して、思いっきり抱きしめて労う。そのあとで──のこのこと囚われの身となったことについて、叱らなければ。
 仕方なかったのかもしれないが、他にやりようはいくらでもあったはずだ。許すわけにはいかない。……のらりくらりと躱される未来しか見えないが。

「……俺の部下どもは、本当に俺の言うことを聞かねぇよなぁ……」
「申し訳ございません。以後気を付けます。……ですが、これに関してはお許しいただきたく」
「……仕方ありませんね。では、ノエルを連れて行ってください。さすがにあなたを一人で行かせるわけにはいきませんから」

 思わず口元がひくついた。

「ジャ、ジャックを、ですか……」
「我々でもいいのですが、あの女の姿が見えなくてね……」

 クイーンが、これほど苛立たしげに舌打ちをするところは初めて見た。
 常に自分達にべったりだったはずのあの女がいなくなって、探しているらしい。

 キングとクイーンはあの女の見張りも兼ねて、籠絡されたふりをしている。

 だが、目的を未だ聞き出せないらしく、お二人で頭を抱えてらっしゃる姿を今朝見たばかりだ。「エルザを嵌めておいて、目的がないなんてことはさすがに……」とはキングの独り言だ。
 まだ籠絡されたフリを始めて一日しか経っていないのだから仕方ない。俺は俺の出来ることをしよう。

「締め上げて聞き出してやりたいのはやまやまなんだが……ダイヤのやつが付いてるからな。手が出せん」

 この場合の手とは、拳のことだろう。
 クイーンの眉が険しく寄った。

「もう出してしまっても良いのでは? 私は構いませんよ。城に使いを出しておきましょう。戦の支度をしなければ」
「だから駄目だっつの」

 なにやら心境に変化があったらしいキングは、今では今回の一件を対話で解決するよう望まれている。
 いつもと立場が逆になっている上役二人を前に、5に過ぎない俺は礼儀正しく沈黙を守った。



「ああ、ノエル。いいところに」

 俺の背後に視線を向けたクイーンの言葉に、心臓がびくりと跳ねた。

 恐る恐る振り返ると無表情のジャックが真後ろに立っていて、内心、悲鳴を堪える。
 ここ数日、エルザ不足という謎の症状を引き起こしたジャックは、いつもの可愛らしい笑顔がすっかり抜け落ち、剥き出しの刃のような鋭い気配を漂わせている。正直いって、これには肝が冷えた。

 なにせ俺には負い目がある。
 エルザを、この方の大切な姉を、二人の兄から奪ってしまったという負い目が。

「なに?」
「オーウェン殿が現場を調べたいそうなんですよ。付き添いを頼めますか?」
「……僕が?」
「お前は今、手持ち無沙汰だろ。それにオーウェンを一人で行かせて、何かあったらエルザが気にするからな。頼むよ」

 低い位置にある薄い黄色の頭に、キングが手を乗せて叩く。
 ジャックは「別にいいけど……」と不承不承な様子ながらも頷いてくれた。

「申し訳ございません、ジャック。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

 内心の怯えを隠して頭を下げる。
 こちらを見つめるジャックの無表情の目が細まり、口角が上がった。

「こっちこそ。エルザが迷惑かけて、ごめんね」

 笑みらしきものを浮かべたジャックは、馬車の用意をして来ると言って、さっさと背を向けて去って行った。

「俺……背中からブスリとやられたり、しません、よね…………?」
「…………私がついていった方が、良いでしょうか」
「大丈夫だろ。……多分」

 多分では困るのですが……。



 ガタガタと進む馬車の内部は静まり返っていた。
 腕を組み黙り込むジャックに、何か話題はないかと考えるも、エルザ関連の話しか思い浮かばない。そしてそれは地雷だ。決して口には出来ない。

「………………あの、さ……」
「は、はい。なんでしょう……?」

 もしかすると、ジャックも居心地の悪さを感じていたのかもしれない。唐突に、恐る恐るといった様子で、声がかかった。

「エルザの、その……どこが、好きなの…………?」

 ………………。

「聞いていただけるのですか?」
「ううん……やっぱりいいや……」

 思わず身を乗り出すも、断られた。
 その話題ならば、着くまでで事足りぬほど語れるというのに。

 ……少しなら、いいだろうか。

「魔法を操る姿が、好きです。とてもお綺麗で……楽しそうに踊っているようで、可愛らしいなと」
「……見た目だけ?」
「とんでもない。心根は優しくて、心が沸き立つように温かくて、なのに隣に立てば、とても穏やかな気持ちにさせてくださいますよ。ですが、こうして多くの方に心配をかけるような、自らを顧みないところはあまり好きではありません。これに関しては、しっかりとお説教させていただく所存です。……聞いてくれる気がしませんがね」
「そうだね。こういうのに関しては、エルザは人の話を聞かない。そのせいで、兄さんと殴り合いの喧嘩をしたこともあるんだよ」
「……どちらが勝ちました?」
「ゼンの一人勝ちかな。二人して正座でお説教させられてたから」
「それは見たかったなぁ。いくつの時です?」
「いくつだろう……十二、三くらいかな。僕がもうアカデミーに入学して、かなり経ってたから」
「なんとも可愛い時期じゃないですか! どうして俺はスペードに生まれなかったんだ……っ」

 悔やんでも悔やみきれない……もっと早くエルザと知り合いたかった。制服姿を生で見られなかったことが、心の底から残念でならない。

「オーウェンさんは……昔からエルザが好きだ、よね」

 悔しんでいると、ジャックがジッと目線を合わせてきた。その目は、なにかを求めているように見えた。しかし『なにを』なのかは付き合いの浅い俺には分からない。

「はい。初めてお会いしてから今日まで、心が離れたことは、一度もありませんよ」

 だから、正直に答えた。この方は、エルザの大切な弟だ。誠意を持って答えたい。

「…………そんなやつ、沢山いる。レグサスだって。ウィルもクライブもだ。あなたが知ってる中では、ショーンもフェリクスも、テディもそうだよ」

 両手の拳を膝に置き、固く握りしめながら、言葉が続けられた。

「他にも沢山いたんだ。エルザが目立つから。美人だから。彼氏になれば自慢できるとか考えるクズどももいた。でも、そんなやつらをエルザは全く相手にしなくて。なら、誰が好きなんだろうって思ってた。みんなは、兄さんじゃないかって言ってた。ゼンかもしれないって言う人もいた。兄さんもゼンも、エルザも。自分達は親友で、恋人にはならないってずっと言ってたけど……そんなの、大人になったらわからないよ。きっと、兄さんだと思った。ゼンでも嬉しかった。なのに、エルザが選んだのは…………オーウェンさんだ」

 名前を呼ばれ、橙色の瞳がこちらにすがり付いてきたように感じた。

「兄さんは強いよ。剣は僕の方が強いけど、それだけじゃない。自分は、僕やゼンやエルザよりも弱いってはっきり言うんだ。そんなことないと思うのに、弱いって考えて、それを踏まえて動くんだ。だから、本気でやっても負けることもあるよ。兄さんは、本当はとても強いんだ。ゼンだって、魔法はエルザよりも得意で、僕は本気で戦われたら勝てないよ。昔から勉強も出来るし、僕やエルザの勉強をいつも見てくれてた。怒ると怖いけど、いい点が取れたら褒めてくれる。ずっと、母親みたいな人で、兄さんの友達で、僕にとっては兄と同じだ」

 この人は。

「だから、どうしてなんだろうって、思ってた。どうして、兄さんでもゼンでもなく、オーウェンさんなんだろうって」

 兄達とエルザが結ばれることを、望んでいたのか、と。
 俺はこの時、初めて知った。

 だが、どうしてとは。それは俺にだって分からない。
 エルザが。あの、鈍感が服を着て歩いているような人が、どうして俺を好きになってくださったのか。そんなもの、俺だって知りたいくらいだ。

「……僕は、オーウェンさんがエルザに相応しくないなんて思ってない。ずっと、エルザの補佐をしてくれて、助けてくれてるのを見てた。ああ、やっぱりエルザを好きになったなって思ったよ。けど、動けない人だと思ってた。レグサス達みたいに、見てるだけだって。いつか、観念した兄さんかゼンと結ばれるのを、ただ見てるだけなんだろうなって思ってた。なのに、エルザはオーウェンさんを選んだんだ。……どうして、オーウェンさんなんだろう。……どうして……兄さん達じゃ、ダメだったのかな……?」

 あの人が俺を選んだ理由は分からない。
 だが、この人の大切な姉を奪ってしまった者として、分からないで済ませていいわけではない。だが、やはり。

「エルザが、キングやクイーンを恋人として見られないというのは……幼い頃からそばにいたから、兄弟のようなもののように感じているからではないかと、思います。俺を選んだ理由は…………申し訳ございません。やはり、分かりません。俺にはキングのようにエルザと共に立てる強さもなければ、クイーンのように長年エルザを支えてきたわけではありません。……本当に、どうしてなのか……」

 俺にも、分からない。

「……近過ぎて恋人として見れなかったなら、オーウェンさんはスペードに生まれなくて良かったね」

 悩む俺を見かねたのかジャックは雰囲気を和らげて、冗談のように、そう言った。

 この時の俺は、これを言ってはジャックの気に触るだろう、とか。そういった考えは一切抜け落ちていて。

「いいえ。もしも俺がスペードに生まれていたとしても、エルザには必ず俺を好きになってもらいますよ。エルザを、誰にも渡すつもりはありませんから」

 とんでもない爆弾が口から飛び出していたことを自覚するのは、この数秒後のことだ。
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