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第二章
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嫌な気配が降りてきて、グレンに隠れるよう指示を出した。
蝋燭の灯りに浮かび上がるのは予想通り、もはや不気味としか思えない亜麻色の髪。
「あははっ! ほんとに捕まってる。良い気味ね。もっと早く見に来ればよかった」
甲高い笑い声とともに、ソフィアは嘲りにまみれた目を、向けてきた。
「何か用? やっと解放する気になった?」
「するわけないでしょ。殺人犯なんて、一生その中にいるか──首を切られるしかないんじゃない?」
可笑しいとばかりに笑うソフィアは、はっきり言って気色が悪い。そもそも、見張り当番のザックの目の前で、一切猫を被っていないのが、気になる。
「解放しにきたのでないなら、何の用よ。笑うためだけに来たのなら暇すぎるでしょう」
「もちろん、笑いに来たのもあるわよ。あとは、自慢かな。ルーファスって、こっちでもほんと優しくて素敵ね」
胸がどくりと嫌な音を立てた。
「わたしといると、心が安らぐんですって! あーっという間に落ちちゃって、ちょっと張り合いがなかったな」
嫌らしい嘲笑を浮かべて、ソフィアはルーファスから聞かされたという愛の言葉を語る。
どんどんと青ざめていくザックが少々可哀想になってくる。上司の見たくない一面って感じよね。
あとで慰めてあげようとこっそり心に誓った、瞬間。「でもね……」と、ソフィアの声音が変わった。
「どうしても、あんたが犯人だって認められないんだって。親友だったから、認めたくないみたい。証拠もないからって、そればっかり言うのよ。恋人の前で他の女を庇うなんて、酷いと思わない?」
不気味なほど静かに言葉を紡ぐソフィアに、鳥肌が立った。
「していないものの証拠なんて、あるわけないでしょう」
もしかしたら、拷問でもして自白させるつもりかもしれない。すでに食事は抜かれているし、あり得なくはない。
こうなってはもう、グレンとザックがルーファス達に、このことを伝えてくれるのを期待するしか──。
「それでね。わたし、思ったの。コニーの分の証拠がなくても……新しくあんたが人殺しをすればいい。あんた以外に犯人がいないって状況なら、ルーファスもきっと、わたしを信じてくれるわよね」
ゆらりと、音を立てて腰の両刃の剣を抜いたソフィアの目は、吐き気がするほど濁っていた。
心臓がうるさく騒いで、体が震える。
「あ……新しく、人殺しって……頭がおかしいんじゃないの……? 人の命をなんだと思ってるのよ」
キョトンとしたソフィアの顔は、静まり返るこの場において、場違いなほど無邪気な子供のようだった。
「人って、何言ってるの? ただのゲームのモブじゃない」
「モブは私達もでしょう!? みんな、この世界で生きてる人なのよ!!」
「違う!!!」
体が大きく跳ねるほどの、恐ろしく不気味な怒声だった。
あらんばかりの憎悪を滲ませた亜麻色の目が、真っ直ぐに突き刺さる。
「わたしはヒロインなの!! ルーファスもゼンもノエルも、アレクシスもレスターもショーンもみんな、わたしのものなのに!! あんたが邪魔したんでしょ!!?」
「邪魔、って……なに言って……」
今世において、初めてかもしれない。
これほどの恐怖を感じたのは。
目の前で息を荒くするこの女が、怖くて怖くて、仕方ない。
「……でももういいの。ルーファス達はもう、わたしのものになったんだから。あとは……ルーファスが、あんたが人殺しだって信じてくれたら。あんたのことを嫌いになってくれたら、それで十分」
ソフィアの濁った目が、青ざめて立ち尽くす一人へと向き、頭の中で警鐘が鳴り響いた。
「……わかった。私が殺したって証言するわ。だから、早くルーファス達に伝えに行きなさい」
この危険な女を、ここから離さないと。立ち尽くす──ザックから目を逸らさなければ。
「ほら、早く伝えに行きなさい。きっと喜んで、あなたを褒めてくれるわよ」
罪を認めたと知れば、攻略されてないルーファスならきっと、何かあったと分かって人を寄越してくれるはず。
それならそれで、私には好都合だ。
だが、この女が、私に都合のいいことをしてくれる、わけがなかった。
「やっと認めてくれたのね。でもね……一人殺しただけなら処刑には出来ないんだって、アーノルドが言うのよ。だから、もう一人。殺さなきゃ、ね」
目が、私から離れて一点に、ザックへと向かう。ダメだ。この女にはまともに言葉が届いていない。
「……っザック! 逃げなさい!! ここからじゃ守れない! ザック!!」
どれだけ叫んでも、ザックは体を震わせたまま、ソフィアへ茫然と目を向けている。
ソフィアが左手を上に、剣を両手で構え──振り上げた。
鉄格子の隙間から腕を伸ばし、ザックの体を思い切り引き寄せる。
ザックの、右肩があった場所から、左の腰のあった場所へと、剣筋が走った。
鉄格子に顔を強く打ち、正気を取り戻したザックも、同じくそれを見ていた。
右肩から左の腰へと、まっすぐに走る剣を。
舌打ちした女は、再び剣を構えてこちらに向き直る。
「あんたって、ほんとわたしの邪魔するよね」
忌々しい言葉には、人を殺す後ろめたさなど微塵もなく。
頭の中に浮かんだ、コニーさんの最後の言葉の意味を、この時になってやっと、理解した。
──どうして……。
「ソフィア……あなたが、コニーさんを殺したのね」
疑いは確信へと変わり、無意識に口から言葉が零れ落ちた。
蝋燭の灯りに浮かび上がるのは予想通り、もはや不気味としか思えない亜麻色の髪。
「あははっ! ほんとに捕まってる。良い気味ね。もっと早く見に来ればよかった」
甲高い笑い声とともに、ソフィアは嘲りにまみれた目を、向けてきた。
「何か用? やっと解放する気になった?」
「するわけないでしょ。殺人犯なんて、一生その中にいるか──首を切られるしかないんじゃない?」
可笑しいとばかりに笑うソフィアは、はっきり言って気色が悪い。そもそも、見張り当番のザックの目の前で、一切猫を被っていないのが、気になる。
「解放しにきたのでないなら、何の用よ。笑うためだけに来たのなら暇すぎるでしょう」
「もちろん、笑いに来たのもあるわよ。あとは、自慢かな。ルーファスって、こっちでもほんと優しくて素敵ね」
胸がどくりと嫌な音を立てた。
「わたしといると、心が安らぐんですって! あーっという間に落ちちゃって、ちょっと張り合いがなかったな」
嫌らしい嘲笑を浮かべて、ソフィアはルーファスから聞かされたという愛の言葉を語る。
どんどんと青ざめていくザックが少々可哀想になってくる。上司の見たくない一面って感じよね。
あとで慰めてあげようとこっそり心に誓った、瞬間。「でもね……」と、ソフィアの声音が変わった。
「どうしても、あんたが犯人だって認められないんだって。親友だったから、認めたくないみたい。証拠もないからって、そればっかり言うのよ。恋人の前で他の女を庇うなんて、酷いと思わない?」
不気味なほど静かに言葉を紡ぐソフィアに、鳥肌が立った。
「していないものの証拠なんて、あるわけないでしょう」
もしかしたら、拷問でもして自白させるつもりかもしれない。すでに食事は抜かれているし、あり得なくはない。
こうなってはもう、グレンとザックがルーファス達に、このことを伝えてくれるのを期待するしか──。
「それでね。わたし、思ったの。コニーの分の証拠がなくても……新しくあんたが人殺しをすればいい。あんた以外に犯人がいないって状況なら、ルーファスもきっと、わたしを信じてくれるわよね」
ゆらりと、音を立てて腰の両刃の剣を抜いたソフィアの目は、吐き気がするほど濁っていた。
心臓がうるさく騒いで、体が震える。
「あ……新しく、人殺しって……頭がおかしいんじゃないの……? 人の命をなんだと思ってるのよ」
キョトンとしたソフィアの顔は、静まり返るこの場において、場違いなほど無邪気な子供のようだった。
「人って、何言ってるの? ただのゲームのモブじゃない」
「モブは私達もでしょう!? みんな、この世界で生きてる人なのよ!!」
「違う!!!」
体が大きく跳ねるほどの、恐ろしく不気味な怒声だった。
あらんばかりの憎悪を滲ませた亜麻色の目が、真っ直ぐに突き刺さる。
「わたしはヒロインなの!! ルーファスもゼンもノエルも、アレクシスもレスターもショーンもみんな、わたしのものなのに!! あんたが邪魔したんでしょ!!?」
「邪魔、って……なに言って……」
今世において、初めてかもしれない。
これほどの恐怖を感じたのは。
目の前で息を荒くするこの女が、怖くて怖くて、仕方ない。
「……でももういいの。ルーファス達はもう、わたしのものになったんだから。あとは……ルーファスが、あんたが人殺しだって信じてくれたら。あんたのことを嫌いになってくれたら、それで十分」
ソフィアの濁った目が、青ざめて立ち尽くす一人へと向き、頭の中で警鐘が鳴り響いた。
「……わかった。私が殺したって証言するわ。だから、早くルーファス達に伝えに行きなさい」
この危険な女を、ここから離さないと。立ち尽くす──ザックから目を逸らさなければ。
「ほら、早く伝えに行きなさい。きっと喜んで、あなたを褒めてくれるわよ」
罪を認めたと知れば、攻略されてないルーファスならきっと、何かあったと分かって人を寄越してくれるはず。
それならそれで、私には好都合だ。
だが、この女が、私に都合のいいことをしてくれる、わけがなかった。
「やっと認めてくれたのね。でもね……一人殺しただけなら処刑には出来ないんだって、アーノルドが言うのよ。だから、もう一人。殺さなきゃ、ね」
目が、私から離れて一点に、ザックへと向かう。ダメだ。この女にはまともに言葉が届いていない。
「……っザック! 逃げなさい!! ここからじゃ守れない! ザック!!」
どれだけ叫んでも、ザックは体を震わせたまま、ソフィアへ茫然と目を向けている。
ソフィアが左手を上に、剣を両手で構え──振り上げた。
鉄格子の隙間から腕を伸ばし、ザックの体を思い切り引き寄せる。
ザックの、右肩があった場所から、左の腰のあった場所へと、剣筋が走った。
鉄格子に顔を強く打ち、正気を取り戻したザックも、同じくそれを見ていた。
右肩から左の腰へと、まっすぐに走る剣を。
舌打ちした女は、再び剣を構えてこちらに向き直る。
「あんたって、ほんとわたしの邪魔するよね」
忌々しい言葉には、人を殺す後ろめたさなど微塵もなく。
頭の中に浮かんだ、コニーさんの最後の言葉の意味を、この時になってやっと、理解した。
──どうして……。
「ソフィア……あなたが、コニーさんを殺したのね」
疑いは確信へと変わり、無意識に口から言葉が零れ落ちた。
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