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第二章

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 そろそろ寝るかと、ルーファスさんは立ち上がった。
 先にレグサスさんが居室への扉を潜る。

「……おやすみなさい」

 去る背中に声をかけると、振り返り、抱き寄せられた。
 穏やかなリズムで頭を撫でられて心地良い。

「もしもソフィアが明日の晩も来たら、相手をするんですか……?」

 心地良さに甘えて、消せなかった不安が溢れ落ちる。頭を撫でていた手の動きが止まって、優しく体を離された。

「……それが手っ取り早いのは、確かだな」

 視線を感じるのに、合わせたくなくて顔を背けた。
 これじゃあ拗ねてるみたいだ。私が質問したのだから、ちゃんと「わかりました」と答えて笑わなきゃいけないのに。どうしても、それをしたくない。

「いつもならそう割り切るが、今は恋人がいるからな。また逃げてくるよ。その時は匿ってくれるか?」

 優しく頬を撫でられて、顔を上げれば、恋人と言った人の瞳には私が映っている。

「……私達、恋人同士なんですか……?」
「なんだ、違うのか? 俺のことが大好きなんだろ?」

 違うことなんてない。この人が他の人と触れ合うだけでも嫌だと思うくらいに、私はこの人のことが──。

「恋人、ですか……」

 頬が緩んで、唇が上がってしまう。

 ああ、私、嬉しいんだ。この人が私を恋人と言ってくれたことが。

「また、逃げてきてください。私が追い返してやりますから」
「ああ。頼りにしてるよ。……おやすみ、ララ。愛してる」

 顎を持ち上げられて、触れるだけのキスが落とされた。

 明日からは表立って話すことも触れることも避けなきゃいけない。
 だから、離れようとする体に一歩近付いて、私からもう一度唇を合わせた。

「おやすみなさい。大好きです。ルーファスさん」

 笑顔を浮かべて伝えたら「離れがたい可愛さだな」と苦笑された。
 本当に、離れがたい素敵さだ。
 そう思って、少し照れてしまった。



 宣言通り、翌日廊下で会ったルーファスさんは私に視線を向けなかった。隣にいる女がこちらに勝ち誇った笑みを向けてくるが、知らないフリをする。

「早くスペードの10が罪を認めてくだされば良いのですけど。そうすれば、ルーファス様の心労もなくなりますのにね」
「……動機がわからないからな。まだ他に犯人がいるのではないかと調べさせているところだ。だが、この騒動のせいでダイヤには随分と迷惑をかけてしまって、そちらの方が俺にとっては心苦しいことだな」
「そんなことありません! ずっとずっとダイヤの国にいていただきたいくらいです。帰ってしまわれる日が、今からわたしは寂しくって……」

 私に見せつけるためか、ソフィアはルーファスさんの腕にしな垂れかかった。

 ソフィア。その人の顔をよく見てみなさい。引きつってるよ。

 それでもルーファスさんは逃げず、私に目も向けなかった。
 それは、私をなによりも愛してるのだという証拠だ。ソフィアの恨みが私に向かないためなのだから。
 だから大丈夫。私はまったく気にしてない。それはもうまったく。

 二人とすれ違った瞬間、手に、骨張った大きな手の甲が、コツンとぶつかった。

 こんなことくらいで。

 馬鹿みたいに、顔が緩んで。



 レグサスさんと部屋に戻ってからは、引きつっていたルーファスさんを散々笑ってやった。

 早く、エルザさんに会いたい。
 このお話を聞かせてあげたいし、ルーファスさんとのことも、きっと手を叩いて喜んでくれるだろう。



 私が馬鹿みたいに浮かれていた頃、エルザさんに更なる困難が降りかかっていたと知って、私はひどく後悔することになる。
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