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第二章

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 非常識な訪問者を追い返してもなお、苛立ちが消えることはなかった。そうしてムカムカとしていたら、いつのまにか私の体は宙に浮き「今日はそこまではしないから」という不穏すぎるセリフが、恐ろしく近くから聞こえた。

 遅れて言葉の意味を、おまけに自分がどこに下されたかを理解して、右手を振りかぶった。

 手のひらが温かい頰に当たり、弾けたように痛みが走る。混乱は酷くなった。

「えっ、な、なんで当たっ……」
「……迷惑かけた詫びだ。俺がここに来れば、あの女が来るかもしれないと分かっていたのにな。一人で戦わせて、悪かった」

 ベッドには腰掛けず、ルーファスさんは床に膝をついて頭を下げた。

「……分かってはいたんだ。けどどうしても、お前に会いたくなった。明日からは、ちゃんとあの女の相手をするよ。お前に敵意が向いたら困る」

 上がった顔にかける言葉は、喉の奥に留まったままだ。

「エルザを嵌めた理由が俺達の籠絡なら、俺達を落とした後の目的を知る必要がある。あの女一人の企みではなく組織的な犯罪の可能性もあるからな。だから……そんな顔させて、ごめんな」

 伸ばされた指が目元に触れて、赤い瞳と真っ直ぐに視線が合わさった。
 困ったような、苦笑するような表情に、頬が燃えたように熱くなる。

「そ、そんな顔ってどんな顔ですか。変な顔なんかしてませんよ」

 視線から逃げるも、視界の端にはどうしても赤いものがちらつく。その赤が、心を落ち着かせてくれない。

「そうだな……威嚇してくるくせに、去ろうとしたら妙にチラチラこっちを見てくる猫、かな」
「猫なんですか……」
「エルザも、ララは猫みたいだっつってたぞ。毛を逆立てるとかなんとか」
「それ、あなたのせいで怒ってた時のやつじゃないですか!」

 怒鳴ればルーファスさんはお腹を抱えて笑い、そのまま床に座り込んだ。それには思わず慌ててしまった。
 一応にも一国のキングだ。そんな人を床に座らせるなんて。

「こ、こっちに座っていいですから、そこはダメです。ソフィアに劣ってるとかなんとか、また言われますよ」
「……それを言うなよ……せっかく忘れてたのに」

 一気に忌々しくなった顔でため息をついたルーファスさんは、私が手で指した『こっち』に目を向けた。

「……そこに座っても、いいのか?」
「床よりはマシでしょ。もちろんいいです、よ……」

 どうしてわざわざ確認なんて、と思いながら答え、私は改めて『こっち』というのが、ベッドであると思い出した。

 身体中が、汗が噴き出すほど熱くなる。

 これは、一人の成人男性……それも、ついさっきまで私のことを好きだと勘違いしていた男性を、ベッドに誘った……ってこと……!?

「ち、ちが、違います!! ゆ、床よりはって思っただけで!!」
「ああ、いや、分かってるから落ち着け」

 大きな手で宥められても、騒ぐ心臓は鎮まる気配が全くない。
 しかしこの人をいつまでも床に置いておくわけには……!!

 私はむんずと大きく柔らかな枕を掴んだ。

「こ、ここまでならいいです! ここより先は立ち入り禁止ですからね!!」
 
 ベッドの端と自分の体の間に枕を置く。境界線だ。これならどうだ!?



 爆笑された。ベッドに突っ伏して。

「ぶっ……くく……ほんっと、お前は……か、かわい……ははっ」
「……ベッドで言われる可愛いが、これほど憎たらしいものだなんて、知りませんでしたよ…………」

 これでもかと睨みつけるが、効いていないらしく、この憎たらしい男はのんびりと涙を拭っている。

 さっさと追い出してやろうと口を開いて──言葉が出なくなった。

「それじゃあ、お言葉に甘えるかな」

 流れるような動きでベッドの端に腰を下ろし、赤い瞳が真っ直ぐに私を見つめてくる。

 優しい、じゃない。楽しい、でもない。
 この瞳にこもった感情は、どの言葉が適切なのか。分かってしまったそれを、自覚してもいいのかどうか、判断できない。
 自分の都合のいいように見えているだけかもしれない。
 けど、この人がこんな目を、一番信頼している女性に向けたところは、見たことがない。



「……この間の舞踏会で、お前が言っていた言葉の意味を、ずっと考えてた」

 ルーファスさんの静かな声に、胸がズキズキと痛んだ。



『ルーファスが好きなのはララです! エルザさんでも……私でもない!!』



 あんなことが言いたかったわけじゃない。困らせるだけだと分かっていたし、そもそも好きだなんて言われてなかった。

 それでも、どうしても私は、あのドレスを見てから、この人のことが信じられなくなった。

 ゲームで、桃色のドレスを着たララは本当にうっとりするほど可愛くて、ララとダンスするルーファスは……ララに優しい視線を向けるルーファスは、身悶えするくらい素敵だった。

 だから、そんな目をしていたこの人から贈られたドレスが、ゲームでララに贈ったものと同じデザインだったことが、どうしても許せなくて……。

「だが、どうしても分からなくてな。でもちゃんと考えるから、もう少し時間をくれるか」

 いつの間にか俯いていた顔を上げると、優しい視線がぶつかった。大きな手が頰へと伸ばされ、触れる寸前、引いていく。「立ち入り禁止だったか」と笑い声混じりに。

「あんな、意味のわからない言葉を、いつまで考えるつもりですか……」

 さっさと諦めちゃったらいいのに。だって答えなんて出るわけが──。

「ララが、俺が好きなのは誰か。信じてくれるまでだ」

 ララが。そう言って見つめられるのは自分だ。赤い瞳には、スチルで見た美少女が映っている。
 視界がどんどんとぼやけて、俯いたら額が大きな肩にぶつかった。優しく頭を撫でられ髪を梳かれ、溢れる涙は止められそうにない。

 この人が好きなのは、ララだ。

 でも、この人のララは、私なんだ。

「あなたは……私が好きなんですか……」

 顔を上げて問い掛ければ、見たこともないほど優しい瞳には私が映っている。

「ああ。俺は、お前が好きだよ。ララ」
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