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第二章

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「ふぅん。もしかして、それでオーウェンはスペードにいたわけ?」
「知りません。……いい加減にしてくれませんか。私は休むところだと言ったはずです。あなたは随分と白やスペードの国を軽んじてらっしゃいますが、お忘れですか。私は白の女王陛下の赦しを得て、ここに参ったのですよ」

 ララちゃんは俺の腕を離して、一人でダイヤの女と対峙した。

「お引き取りを。これは最後の警告ですよ」

 毅然とした、最終警告だった。

 ダイヤの10は眉を寄せ、探るような目付きをこちらに向けてくる。その女を呼ぶ声がした。

「ソフィア。探しましたよ」

 一発殴られたことなどなかったかのように、いつも通りのニヤけた顔のダイヤのクイーンはダイヤの女に対して愛しい女にでも向けるような目をして、こちらへ悠然と歩み寄ってきた。

「……なぁに。この裏切り者。何かご用?」
「そんなつれないことを言わないで。弁解させて欲しくて探していたのですよ。あなたにもお分かりでしょうが、私にはダイヤの国を守らなければならない使命があります。あなたの意に反してしまったことは非常に心苦しいのですが、あのままではスペードは間違いなく武力を持ち出したでしょう。そのときに大切なソフィアを守れないかもしれない。それゆえの行動なのですよ。どうしてもそれだけは、あなたに分かっていただきたくて」

 さすがと言うべきか、ダイヤのクイーンは口がよく回る。相手に考える隙を与えず、見事に捲し立てた。

「あなたの立場はよく分かってるわよ、テディ。それでも、あの女の手紙を持ち出したときは、悲しかったわ。……わたしよりあの女を取るのかと思って」
「そんなまさか。あの手紙は女に命じて書かせたものですよ。見事にスペードの方々を騙せたでしょう? むしろあなたに褒めていただきたいくらいですねぇ」
「そうね……あなたはもう嘘をつきたくないんだものね。そんなあなたが、わたしに嘘をつくわけないわよね」

 ニヤけた笑みを深めたダイヤのクイーンは「もちろんですよ。あなたを愛していますからね」と口にして、女の腰に手を回した。

「今夜はどなたかとお約束はありますか? なければ、あなたの時間を私に頂けませんか。あなたの愛を独り占めする権利はまだ私に残っているでしょうか」
「…………用事はないわけではないけど……いいわよ。あなたとはあまり過ごせていないものね」

 もうダイヤの女はこちらに対する興味を失ったようで、背を向けてダイヤのクイーンの隣に立った。

 ちらりと視線を向けたのはダイヤのクイーンだ。
 ほんの一瞬、いつものニヤけた顔を消して真面目な表情になり、こちらに向けた視線には、明らかな謝意が見て取れた。目礼を返す。

 どうやらこれは、助けてくれたらしい。どうしてダイヤのクイーンが、とも思うが、もしかしたらエルザへの償いかもしれない。
 あの女の相手をさせるのは哀れだが、このくらいは甘んじて受け入れてもらうしかないな。

 そんなことを考えながら扉を閉めていたら、ララちゃんがガクンと膝からくずおれた。
 ほんの一瞬出遅れて手を伸ばすも、支えるのが間に合わない。

「……っと。大丈夫か」

 と、思ったら、いつのまにか寝室から出てきていたのか。ルーファスがしっかりとララちゃんを支えた。
 足に力が入らないらしいララちゃんはルーファスにしがみつくようにして立っている。しかしその表情には、まだしわが寄ったままだ。

「大丈夫です。──あんな非常識な人に、ルーファスさんは渡しませんから」



 …………。

 よほど憤慨しているらしいララちゃんはまだ緊張が解けていないのか、はっきりと、そう口にした。

「……ああ、ありがとう。逆にこっちが守られたな」

 ララちゃんを胸に抱き寄せたルーファスは、そのまま膝下から掬い上げて抱き抱えると、足を向けた。──寝室へと。

 …………ほどほどに外に出ておくか……。

「レグ」

 閉じたばかりの扉に手を伸ばした俺の背中に、声がかかった。

「今日はそこまではしないから、ここで待機していてくれ」
「…………はいよ」

 うっれしそうな笑みを浮かべ、目をこちらに向けた我らがキングは、そう言ってさっさと寝室に消えていった。……そこまでは、だと。

「ちょっ、えっなにこれ、ど、どういう状況……そ、そこまでって……!? レグサスさん助けて!! 私はそこまでもなにも許した覚えはない!!」

 と、閉じられた寝室から喚き声と笑い声がこちらにも聞こえてくる。

「護衛だって言ったくせにー!!」と恨めしい声も聞こえてきたが、耳に栓をすれば聞こえなくなった。

 許してくれ、ララちゃん。そんなでも、俺の上司なんで。

「触るなっ、寄るな! この、変質者!!」

 べシンと何かを打つ音など、俺にはなにも聞こえていない。なにも。
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