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第二章

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 再びダイヤの国に向かい、今度は全員で円形闘技場へと入った。案内のダイヤの兵についていく。左右から沢山の鋭い目線を感じて、敵陣、と言う言葉が頭に浮かんだ。

 急に鳥肌が立つのを感じて、隣にいる人をこっそりと見上げる。鳥肌の原因を見て取り、慌てて視線を前に戻した。

 先程までは普段通りだった赤い瞳は、鋭さを増して、まっすぐ前を見据えていた。
 気が付けばゼンさんやオーウェンさんも、いつもにこやかな笑顔のノエル君ですら険しい表情をしている。

 ──何かあったんだ。

 この人達を怒らせる何かが。

 そんなもの、エルザさんに関することしかあり得ない。

 吐く息すら震えて、指先からどんどんと冷えていく。エルザさんに何があったのか。考えるだけでも、とても怖い……。

 目の前の、大きな手をそっと掴んだ。

 きっと、この人は今、私に構ってる暇なんてないはずだと思うのに。
 こんな時ばかり頼って……私は最低だ。

 こちらを見下ろしてきた瞳を見つめ返すと、ふとその鋭さが和らいだ。
 唇が口角を上げ「大丈夫だ」と音もなく動く。

 優しく握り返してくれた手が暖かくて、体から力が抜けるようだった。

 この人の大丈夫は、信用してもいいやつだ。エルザさんは、絶対に大丈夫。



 通されたのは立派な応接間だった。
 金が目立つが煌びやかというよりは落ち着いた雰囲気で、目に優しい。柔らかなソファにルーファスさんと二人で腰掛ける。残る三人は座らないようだ。
 幾分もしないうちに、ダイヤのキング、クイーン、ジャック、それに……あの時に見た女の人が入ってきた。

 私の右側に腰掛けたルーファスさんを見た女性──ダイヤの10が頬を赤く染めて、嬉しそうに笑った。その表情には、どことなく見覚えがある気が──。

 ……あれ?

 この世界のダイヤのキング、アリーは男性物のスーツに身を包んでいて、首を傾げてしまいそうになった。
 この世界だとアリーはオネエさんじゃ、ない? いや、先日のお茶会ではゲーム通りの格好に、話し口調だった。あれから数ヶ月も経っていないのに、この変化はどういうこと……?

 いや、そんなことはどうだっていい。今は、エルザさんの嫌疑を晴らすのが先だ。



「遠いところを突然呼びつけてすまなかっ」
「前置きはいい。俺の10をここに連れてこい」

 ダイヤのキングの挨拶を、ルーファスさんは鋭く遮った。それにしても、やはりアリーは口調もゲームとは違っていた。

 ルーファスさんの怒りを受け止めたらしいダイヤのキングは、どこか後ろめたそうに目を逸らした。

「お怒りは分かるが、こちらも目撃者がいるんだ。易々と、解放するわけには」
「御託はいい。容疑がかかっただけの段階だろうに、これがお前の了見か。エルザはお前を友人だと話していたが、とんだ裏切り野郎だな」
「わたっ……俺だって、信じたいのはやまやまだが……目撃者が」

 ダイヤのキングの言葉を遮るように、ボンッと大きな音を立てて、目の前にあったお茶のポットが破裂した。破片は一欠片もこちらに飛んでこない。

「んなことはどうでもいいんだよ」

 背もたれに体を預けていたルーファスさんは、ゆっくりと体を起こした。目は先ほどの鋭さを取り戻し、ダイヤのキングを真っ直ぐに刺している。

「他国の位持ちを、容疑がかかっただけの段階で、あろうことか──地下牢に放り込む。これを裏切りと言って何が悪い? なぁ。ダイヤのキング」

 地下牢という言葉に、この人達の怒りの原因はこれかと体が沸騰するように熱くなった。

 地下牢に入れられるなんて、そんなの、犯罪者の扱いじゃないの!?
 ゲームのアリーは大好きだったけど、エルザさんに対するこの行動は、あまりにも酷い。しかし苛立つままに睨みつけるが、アリーは顔から血の気が引いたように、真っ青になっていた。

「ち、か……ろう……? ……わ、たし、聞いてないわよ……!? エルザを地下牢に入れるなんて!! どういうことよ、ソフィア!!」

 悲鳴のように、ゲームの通りの口調でアリーはダイヤの10を責め立て、私の苛立ちは呆れに変わった。
 王の断り無しに他国の要職者を地下牢に、なんて……。

 しかし責められたダイヤの10──ソフィアはほんの一瞬、煩わしそうにダイヤのキングへと目を向け、アリーは居竦むように身を縮めさせた。
 なんて目を向けるのかと、背筋がぞわりとするほど冷たい目線だった。
 ルーファスさんだって、ハートのキングのアレクシス様だって、自国の人にこんな目を向けられているところなんて、見たことがない……。

 しかしそんな気配はすぐに消し去り、ソフィアは目を潤ませながらルーファスさんに視線を向ける。

「無礼はいくらでも謝罪します。ですが、わたし、怖かったんです! だってわたしの部下を殺した容疑者ですよ? 見張りの子達に危害を加えられたら……」

 エルザさんはそんなことしてないと喉から出そうになった声を必死に抑えた。まだ、ルーファスさんから合図が出てない。

「スペードのキングにとっては容疑者は信用していた部下の方だって分かってます。裏切るわけがないと思われるのも仕方ありません。ですが、わたしは本当に見たんです! 『過去をバネにして、ご立派にキングとして立ってこられたあなた』にならお分かりいただけるだろうと信じています!」

 えっ……?

「スペードのクイーンも『一人で頑張るあなたをわたしはずっと尊敬していました』受け入れられないことかもしれませんが、わたしの言うことも信じてみて欲しいんです」

 うそ。この台詞……。

「スペードのジャック。『お兄様二人を必死に支えるあなたはとても強くてかっこいい男性です』だから、今回の10の不始末に、お兄様方は心を痛められるでしょうが、あなたに支えてあげてほしいのです」

 スペードの『攻略対象キャラ』達へと向け、ソフィアは真摯な様子で話し続けた。

 まるでパズルがうまく組み合わさるような感覚だった。
 様子のおかしいダイヤのキング。エルザさんへの冤罪。
 この女は、自分の目的のために、エルザさんを嵌めたんだ。

 ソフィアを止めなきゃダメだ。このままじゃルーファスさん達もダイヤのキングみたいに攻略されて──。

「俺の10の不始末、なぁ……そのことなら、一人。ダイヤのキングに紹介したい方がおられるのだが、良いかな」

 トンと背中を押された。私を見るその目は以前と変わらずなんだか面白そうで。『この女を黙らせてやれ』と言われているようだった。

 背中の温もりが、心まで伝わって安堵に変わる。
 そっと後ろを伺えば、ノエル君はそもそもソフィアを視界にすら入れず無表情で前を見据えていて、ゼンさんは呆れたような蔑んだ目をしている。

 この人達は、エルザさんが守ってきた人達だ。たかだかゲームの台詞を言ったくらいで、その信頼は揺るがない。

 すっと立ち上がる。
 私も、この人達とエルザさんを守る。

 胸元から、白の女王陛下より賜ったネックレスを取り出した。

「先のお茶会では、我が国の女王陛下にご忠言いただき、感謝申し上げます。ダイヤのキング」

 ダイヤのキングへ向けて、頭を下げる。ネックレスが首元で揺れた。そのトップは後ろ足で立つ白いウサギが彫られたカメオ。白の国の者であるとの証だ。

「また、始まりました試合によりご挨拶が遅れましたことお詫び申し上げます。改めてご挨拶させてくださいませ。私は、ララと申します。所属は白の国。位は、10をいただいております」

 声が震えないよう気を付けて。エルザさんみたいに凛として。

「私が証言いたします。先日の殺人事件。スペードの10は、悲鳴の後に現場へと駆けつけられました。ご遺体に傷が一つしかないのであれば、スペードの10のエルザ殿は犯人にはなり得ません、と。白の10のララが、証言いたします!」
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