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第二章

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 つんつんと腕を突かれて、振り返ると真面目な顔をした男の子がいた。

「どうしたの? ヴァン君」

 以前の騒動から、ちょっとだけ仲良くなったヴァン君だ。あまり近付いたらナットさんが怒る、ヴァン君だ。

「お前、ダイヤの国に行くとか言い出すなよ」
「……え?」

 ドキリと心臓が跳ねる。どうしてそんなこと……。

「行ってきたならわかんだろ。あそこの国は何かと物騒なんだよ。俺らでも絡んでくるやつがいんだから。お前が行ったって、ルーファス達の足手まといになるだけだろ。大人しく城で留守番してな」
「でも……」

 戸惑う言葉は、ヴァン君の言葉で覆い被された。

「そもそもエルザは面倒に首突っ込みすぎなんだよ。毎回毎回、自業自得だっつの」

 ヴァン君の言葉は乱暴だが、その目はまっすぐで、私を案じてくれているのだと伝わってくる。
 なんだか、ちょっと……。

「ヴァン君って……いい子だね……!」
「あ゛あっ!?」

 感動だった。
 以前、あんなに迷惑をかけた私を心配してくれるなんて。ヤンチャ系は苦手だったけど、新しい扉が開きそうだ。

「ちゃんと隠しキャラもしておけばよかった! 苦手だからやらないで放置しちゃったの……もったいないことしたなぁ!」
「なにわけわかんねーこと言ってんだ……っ頭撫でんじゃねー!!」

 目の前にある頭をこねくり回せば、真っ赤になって反発される。うん、こういうのがヤンチャ男子との触れ合いってやつなのね。なんか、いいかも。
 ちょっと憎まれ口なのもいい。声の調子は怖くても、ヴァン君は多少のことじゃ怒ったりしない。本当はとてもいい子なのだとエルザさんも言っていたし。

「心配してくれてありがとう! 嬉しいよー!」
「離せっつってんだろ!! エルザの悪影響、もろで受けてやがんな!?」

 抵抗する頭をギュウと抱きしめる。心配してくれて、本当に嬉しいんだよ。

「ありがとう、ヴァン君。ヴァン君の言う通りだ。絶対、足手まといになるってちゃんとわかってる。だから、私は……」

 エルザさんが拘束されたのも、今ここで皆さんに迷惑をかけたのも、全部私のわがままのせいだ。だからこれ以上、わがままなんて言うわけには……。

「……心配しなくても置いて行かねぇよ」

 留守番してるよと言おうとして、いつの間にか戻ってきたルーファスさんが、私からヴァン君を引き離した。
 解放されたヴァン君は人に慣れていない猫のように一目散に逃げてしまったが、いい子いい子とナットさんにからかわれていて、ちょっと悪いことしちゃったなと反省する。

「意外だね。ルーファス君なら置いてくかと思ってたよ」

 眼鏡の男性──ネビルさんの言葉に、ルーファスさんは肩を竦めた。

「目の届くところにいてもらわねぇと困る。何かあったときに守れないからな」
「なっ!?」

 な、なんてこと言い出すの!?

 キングのこの爆弾発言には、大騒ぎしていた人達すべての視線がルーファスさんに集中した。

「ちょ、ちょっとちょっと、どうしましたの!? あなたがそんなことを仰るなんて!!」
「大将、どうした!? やべーもんでも食ったか!?」
「惚れ薬でも盛られましたかねぇ?」

 ひどい言われようだ!

「盛ってません! 私だってこの人のセクハラには迷惑してるんです!!」
「ってプレイがお好きらしくてな。お客人は」
「黙れ!!」

 やっぱりこの男、大嫌いだ!!



 仲間のからかいを笑ってかわす男を睨む。
 エルザさんが大変だってときなのに、この人達はどうにも緊張感がなさすぎる気がする。
 私だってヴァン君が心配してくれたことが嬉しくて、つい興奮しちゃったけど、それにしたって妙にはしゃいでるというか……。

「っつーわけで、留守はネビルに任せるよ。傷心の委員長と連携して、うまくやってくれ」
「えー、ウィルを励ますのが一番の大仕事だなぁ」
「頼むよ。ダイヤのやつがすんなりエルザを返すなら、すぐに帰ってくるしな。……もし返さねぇようなら」

 ルーファスさんの声音に、ピシリと空気が固まったようだった。先程までふざけていた男を横目で覗く。
 その瞳の赤さは轟々と燃える炎の色だ。



「戦争でもなんでも、してやろうじゃねぇか」



 この人達はふざけてるのでも、はしゃいでるのでもない。

「エルザがすぐに戻るならいいけどー。とりあえず南部地区の収穫は早めるように通達は出してるからねー」
「武器庫の点検ももう済ませてますわ。いつでもご連絡お待ちしてますわよ」

 以前、一緒にお茶会をしたこともある女性二人が当然のように答え、それについて誰も疑問を持っていない。一様に笑顔だ。けれど目の奥は誰も笑ってはいない。

 仲間のエルザさんが不当に捕われて、この人達は、ものすごく怒ってるんだ──。



「相変わらず手が早くて助かる。んじゃあまぁ、エルザを迎えに行ってくるか」

 先ほどの激しさは鳴りを潜め、ルーファスさんは軽い調子に戻った。
 ポンと肩に手を置かれ、そこで初めて息が止まっていたことに気がついた。動悸が激しくなったことに、気付かれてしまっただろうか。

「ララ、こっちからも頼む。お前もついてきて欲しい。白の国には書簡を出してあるしな」
「書簡、ですか……?」
「ああ。お前を国外に連れ出す許可と、あとは……権限の行使だな」

 心臓が跳ねた。私にも、エルザさんを助けられるの?

「白の女王陛下からもらった『あれ』。ちゃんと持って、ついて来な。俺達から離れるなよ」

 胸元をギュウと押さえる。
 この世界でなんの力もない私に、可愛らしい白の女王陛下が与えてくれた。これがあればエルザさんの、この人の力になれる。

「あなたに言われて、常に持ち歩いています。だから、私も連れて行ってください。エルザさんが捕われたのは、私の責任です。私が、必ず助けます!」

 よく言ったと、目の前の優しくなった赤い瞳が、言ってくれたような気がした。
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