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第一章
101 捻じれた正規ルート
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「……さすがにまずいだろ。それは」
「し、仕方ないじゃないですか。他に頼れる人がいないんだから」
私だって不本意だ。なぜ一番頼りにならない男の部屋で身を縮こませているのか。
一人で晩酌中だったらしいルーファスさんは、突然部屋に訪れた私を訝しみながらも部屋に通してくれた。これに関してだけは感謝だ。
「侍女の部屋とかさぁ……」
「彼女たちの部屋は寝るスペースがありません。……あ、でも床ならあるか」
はたと手を打って立ち上がろうとすると「待て待て。わかった」と静止が入る。
「床でなんて寝かせられるか。……なんだって急に一人で寝れないなんて言い出したんだよ?」
「それは……」
言葉に詰まった。そういえば、この人はこの城のキングだ。……知っているのだろうか。暗殺者が二人、この城にいる、と。
「あの、ヴァンさんとナットさんって……」
「ん? もしかして、うちの悪ガキ共が迷惑でもかけたか? それは悪かったな。位をやれば少しは大人になるかと思ったが、あいつらはいつまで経ってもガキのまんまでな」
「位って……あの二人、スペードの位持ちなの!?」
そんな設定知らないよ!
「おう。ノエルの推薦があったからな」
「ノエル君の……」
そもそもノエル君の部屋に泊まるほど親しいなんて設定もないはずだ。出てくるゲームが違うのだから。
「キングは代替わりすれば、自分が信頼できるやつを位に就けるんだよ。ゼンやエルザ、ノエルは確定してただろ。それで、残りをどうするかなと思って三人に候補を上げさせたんだ。委員長、じゃなくてウィルとクライブはゼンの推薦で、ネビルとパンジーはエルザの推薦だ。オーウェンは先代のキングから聞いてたし、ベルは押し切られた」
この城を守る十三人の位持ち達の名前が次々に上がる。ん? 十三人?
「一人足りなくないですか?」
「気付かれたか。9のレグサスは俺が決めた」
「初めて聞く名前ですね。親しい方なんですか?」
「いいや、それほどでもなかったよ。まぁこれは、詫びっつーか」
ぼそりと呟かれた言葉の意味がわからず首を傾げる。
「近くに置いといてやれば多少なりとも進展はあるかと思ったんだが……これっぽっちもなかったな」
面白げに笑って、ルーファスさんは手元のグラスを煽った。
「で、なんで一人で寝れないのか聞いてねえぞ。……何か怖いことでもあったか?」
気遣わし気な瞳を向けられて言葉に詰まる。
ノエル君だけじゃない。この人だって、ゲームとは全く違う。
剣で弟に負け、魔法と座学で幼馴染に負け、キングの位に縋り付いた孤高のスペードのキング。
他者の前で強がって見せるも長く蝕まれた劣等感からは逃れられず、ヒロインから向けられる愛情すら信じられない。
『お前だって心の中では思ってんだろ! ゼンよりもノエルよりも弱い、成績だってゼンに負けていた! そんな俺がキングなんて、笑えるってな!』
同じ声で紡がれた笑い混じりのセリフが頭に流れる。
『三人の中じゃ俺が最弱なんだよ、実のところ』
ルーファスさんが『ルーファス』と同じことを思っているとは、到底思えなかった。
「ヴァンさんとナットさんって……危ない人ではないですよね……?」
あの二人が、この人が守るスペードの国を脅かすかもしれないなら、言っておいた方がいい。でもどうしてそんなことがわかるのかと聞かれたら、答えられない。どうすれば……。
「やっぱりあの二人に何かされたのか? 女に絡むような奴らじゃねえんだけどなぁ」
「何かされたってわけじゃなくって、その……強そうだし……」
暗殺者なんじゃないですか? とはさすがに言えない。
「強い? んー、強い、か……それならエルザのほうが強いから安心していいぞ」
ちらりとルーファスさんは扉に目を向けた。
「お前のことだから、どうせ一番にエルザを頼ったんだろ? そんな不安そうにしてるお前を放って彼氏とイチャつくような奴じゃねぇぞ。俺の親友は」
ノックの音がして、返事を待たずに扉が開かれる。
「ねぇ、ララを見なかった? さっき部屋に来てくれたんだけど……って、ララったらここにいたの?」
オーウェンさんを連れ立ったエルザさんは私と目が合うと部屋に入ってきて、小走りで私の隣に腰かけた。
「何かあったんじゃないかと思って探していたのよ」
「……な? 何を怖がってんだか知らないが、この国でトップレベルに強い奴がお前の味方なんだ。無駄な心配すんなよ」
「何の話?」
自分の隣を叩いてオーウェンさんに座るよう促すルーファスさんは、肩をすくめた。
「エルザ、今日こいつを部屋に泊めてやって。お化けが怖くて眠れないんだと」
「……なんですか、お化けって! 子供じゃあるまいし!」
慌てて否定するも、エルザさんは安心したように笑った。
「なんだ、そうだったの。気にしなくていいのに。ゼンもお化けが怖くて眠れなくなることがあるのよ」
「そうそう。俺かエルザの部屋に夜中にいきなり来るんだよな」
「夜の廊下を歩く方が怖いと思うけどね」
いないところでとんでもなく恥ずかしいことを暴露されている。でも正直ありがたかった。
「ご迷惑おかけしてすみません。ソファで結構ですので、お借りしてもいいですか?」
「ソファになんてララを寝かせるわけないでしょう。大丈夫よ。ベッドが広いから一緒に寝ましょう」
にっこり笑って言うエルザさんに、少し胸がときめく。エルザさんのベッドで一緒に、なんて別の意味で眠れなくなりそう……ってエルザさんのベッド……?
ちらりとルーファスさんの隣に目を向けると、逃げるように気まずげな目を逸らされた。
そうでしょうよ。
「や、やっぱりエルザさんが私の部屋に泊まってくれませんか?」
「それも楽しそうね! いいわよ。行きましょうか」
手を叩いて立ち上がったエルザさんの後に続いて部屋を出ようとすると背中に声がかかった。
「……強いって言っても、実際に見た方が安心するよなぁ?」
振り返ると悪戯を思いついたガキ大将がそこにいた。
「し、仕方ないじゃないですか。他に頼れる人がいないんだから」
私だって不本意だ。なぜ一番頼りにならない男の部屋で身を縮こませているのか。
一人で晩酌中だったらしいルーファスさんは、突然部屋に訪れた私を訝しみながらも部屋に通してくれた。これに関してだけは感謝だ。
「侍女の部屋とかさぁ……」
「彼女たちの部屋は寝るスペースがありません。……あ、でも床ならあるか」
はたと手を打って立ち上がろうとすると「待て待て。わかった」と静止が入る。
「床でなんて寝かせられるか。……なんだって急に一人で寝れないなんて言い出したんだよ?」
「それは……」
言葉に詰まった。そういえば、この人はこの城のキングだ。……知っているのだろうか。暗殺者が二人、この城にいる、と。
「あの、ヴァンさんとナットさんって……」
「ん? もしかして、うちの悪ガキ共が迷惑でもかけたか? それは悪かったな。位をやれば少しは大人になるかと思ったが、あいつらはいつまで経ってもガキのまんまでな」
「位って……あの二人、スペードの位持ちなの!?」
そんな設定知らないよ!
「おう。ノエルの推薦があったからな」
「ノエル君の……」
そもそもノエル君の部屋に泊まるほど親しいなんて設定もないはずだ。出てくるゲームが違うのだから。
「キングは代替わりすれば、自分が信頼できるやつを位に就けるんだよ。ゼンやエルザ、ノエルは確定してただろ。それで、残りをどうするかなと思って三人に候補を上げさせたんだ。委員長、じゃなくてウィルとクライブはゼンの推薦で、ネビルとパンジーはエルザの推薦だ。オーウェンは先代のキングから聞いてたし、ベルは押し切られた」
この城を守る十三人の位持ち達の名前が次々に上がる。ん? 十三人?
「一人足りなくないですか?」
「気付かれたか。9のレグサスは俺が決めた」
「初めて聞く名前ですね。親しい方なんですか?」
「いいや、それほどでもなかったよ。まぁこれは、詫びっつーか」
ぼそりと呟かれた言葉の意味がわからず首を傾げる。
「近くに置いといてやれば多少なりとも進展はあるかと思ったんだが……これっぽっちもなかったな」
面白げに笑って、ルーファスさんは手元のグラスを煽った。
「で、なんで一人で寝れないのか聞いてねえぞ。……何か怖いことでもあったか?」
気遣わし気な瞳を向けられて言葉に詰まる。
ノエル君だけじゃない。この人だって、ゲームとは全く違う。
剣で弟に負け、魔法と座学で幼馴染に負け、キングの位に縋り付いた孤高のスペードのキング。
他者の前で強がって見せるも長く蝕まれた劣等感からは逃れられず、ヒロインから向けられる愛情すら信じられない。
『お前だって心の中では思ってんだろ! ゼンよりもノエルよりも弱い、成績だってゼンに負けていた! そんな俺がキングなんて、笑えるってな!』
同じ声で紡がれた笑い混じりのセリフが頭に流れる。
『三人の中じゃ俺が最弱なんだよ、実のところ』
ルーファスさんが『ルーファス』と同じことを思っているとは、到底思えなかった。
「ヴァンさんとナットさんって……危ない人ではないですよね……?」
あの二人が、この人が守るスペードの国を脅かすかもしれないなら、言っておいた方がいい。でもどうしてそんなことがわかるのかと聞かれたら、答えられない。どうすれば……。
「やっぱりあの二人に何かされたのか? 女に絡むような奴らじゃねえんだけどなぁ」
「何かされたってわけじゃなくって、その……強そうだし……」
暗殺者なんじゃないですか? とはさすがに言えない。
「強い? んー、強い、か……それならエルザのほうが強いから安心していいぞ」
ちらりとルーファスさんは扉に目を向けた。
「お前のことだから、どうせ一番にエルザを頼ったんだろ? そんな不安そうにしてるお前を放って彼氏とイチャつくような奴じゃねぇぞ。俺の親友は」
ノックの音がして、返事を待たずに扉が開かれる。
「ねぇ、ララを見なかった? さっき部屋に来てくれたんだけど……って、ララったらここにいたの?」
オーウェンさんを連れ立ったエルザさんは私と目が合うと部屋に入ってきて、小走りで私の隣に腰かけた。
「何かあったんじゃないかと思って探していたのよ」
「……な? 何を怖がってんだか知らないが、この国でトップレベルに強い奴がお前の味方なんだ。無駄な心配すんなよ」
「何の話?」
自分の隣を叩いてオーウェンさんに座るよう促すルーファスさんは、肩をすくめた。
「エルザ、今日こいつを部屋に泊めてやって。お化けが怖くて眠れないんだと」
「……なんですか、お化けって! 子供じゃあるまいし!」
慌てて否定するも、エルザさんは安心したように笑った。
「なんだ、そうだったの。気にしなくていいのに。ゼンもお化けが怖くて眠れなくなることがあるのよ」
「そうそう。俺かエルザの部屋に夜中にいきなり来るんだよな」
「夜の廊下を歩く方が怖いと思うけどね」
いないところでとんでもなく恥ずかしいことを暴露されている。でも正直ありがたかった。
「ご迷惑おかけしてすみません。ソファで結構ですので、お借りしてもいいですか?」
「ソファになんてララを寝かせるわけないでしょう。大丈夫よ。ベッドが広いから一緒に寝ましょう」
にっこり笑って言うエルザさんに、少し胸がときめく。エルザさんのベッドで一緒に、なんて別の意味で眠れなくなりそう……ってエルザさんのベッド……?
ちらりとルーファスさんの隣に目を向けると、逃げるように気まずげな目を逸らされた。
そうでしょうよ。
「や、やっぱりエルザさんが私の部屋に泊まってくれませんか?」
「それも楽しそうね! いいわよ。行きましょうか」
手を叩いて立ち上がったエルザさんの後に続いて部屋を出ようとすると背中に声がかかった。
「……強いって言っても、実際に見た方が安心するよなぁ?」
振り返ると悪戯を思いついたガキ大将がそこにいた。
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