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第一章

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 普段から多くの人が行き交う中央通りだが、今日は更にひしめき合うと言っていいくらいの人で溢れかえっている。
 ララと来た時はお茶会も終わっていたから落ち着いていたけど、これからお祭りが賑わい始める今日はこの間の比ではない。

「はぐれないように気を付けて」

 腕を組む手を解かれて、しっかりと握られる。

「また子供扱いする気? 鈴があるんだから心配いらないわよ」
「……迷子にならないようにする気は無いのか」

 二人で言い合っていると一軒のお店が目に留まった。

 可愛いランプを扱っているらしく、中の光がふわふわと浮いているものや色がコロコロと変わるものまで様々だ。
 光が弱くてあまり実用的ではない。

「気になるものでもあったか?」

 じっと見つめていると、オーウェンが肩越しに店を覗き込んだ。
 これはもしかしてデートの定番、今日の思い出にプレゼントするよのイベントでは!

「いいえ、ただ綺麗だなと思って」
「なんだ。プレゼントしようと思ったのに」

 やっぱりだ。

「ランプはあまり使わないのよね。部屋に戻ったらすぐに寝ちゃうから」
「これはランプというよりインテリアじゃないか? 部屋に置いていてもおかしくないと思うけど」
「いいえ、やめておくわ。それより――っ」

 言いながら振り返ると、オーウェンの顔がすぐ目の前にあった。息のかかる距離で言葉が続かず、口を引き結ぶ。ただ目の前にある丸く見開かれた瞳を見つめることしかできない。

 見つめ合ううちに、ほんの少しオーウェンの赤らむ顔を近づいてきて、恥ずかしさと焦りと喜びが同じ分だけ頭の中を支配する。
 しかし唇が触れ合う寸前、オーウェンは我に返ったように体ごと離れてしまった。

 きっと今、私の顔には残念だとくっきりと書かれているだろう。
 恋人になってから一度もしていない薄い唇の感触がひどく恋しかった。
 もしかして、あの日にしたので一生分なのかしらと変なことを考えてしまう。

 腰を少し強引に引かれて驚いて顔を上げると、真面目な顔をわずかに赤く染めたオーウェンが歩き出した。腰に添えられた手はそのままで。

「……オーウェン?」

 人の波を丁寧に避けて、店と店の間へと誘導される。路地裏の入り口はお店で影になっていて、薄暗くて人の気配もない。

 私を強引に路地裏に引っ張り込んだオーウェンは振り返った。

 エメラルドグリーンの瞳はあの舞踏会の時のように熱を帯び、私を捕らえるように見ている。
 逃げる事は許さないとばかりに後頭部に手を添えられ、無言で唇が合わさった。

「ごめん、こんなところで……我慢できなかった」

 一度のキスで顔を離したオーウェンは申し訳なさそうに謝罪してきた。掠れた声が耳を撫でて、体の奥が熱くなる。
 私もしたかった、などとは当然言えなくて、無言で首を振った。

 それでも満足げに微笑んだ恋人はまた手を引き、踵を返す。路地裏から出るのだろうとわかって、思わずその手を引き返した。驚くオーウェンの目から逃げて、小さく呟いた。

「一回で済むわけないんじゃ、なかったの……?」

 息を呑む気配がして、そっと頰に手が添えられた。顔を上げると暖かい光を灯す笑い混じりの瞳が近づいて来て。

「……済むわけないな」

 愛しさが込められた声が落とされ、またゆっくりと唇が合わされた。
 何度も合わさるたびに腰に添えられた手に力がこもり、ぎゅうと抱きしめられる。
 鼻で呼吸するのだと教えられても、荒くなる息はどうしようもない。

 何度合わせたかもわからなくなった頃、オーウェンはようやく唇を離し、私の顔を肩に押し当てて大きく息を吐いた。

「可愛い……本当に……」

 噛みしめるようにこぼされた言葉に胸が疼く。
 気持ちが伝わればいいと抱きしめる腕に力を込めると、これでもかと強く抱きしめ返された。

「……ごめん。苦しいな」
「そんなにやわじゃないわよ。もっと強くても大丈夫だわ」
「これ以上は無理だ」

 笑いながら力を緩めたオーウェンは顔を上げて「行きましょうか」と微笑んだ。

「最後にもう一回だけ」

 胸に手を当ててお願いするも、残念なことに苦笑が返ってくる。

「その一回だけが難しいんだろ。ほら、これで最後」

 取った指先にキスが落とされて、今度こそ手を引かれた。

「……残念」
「知ってる。顔に出てるぞ」
「あなたの顔にも書いてあったわ」
「バレたか」

 喧騒が近くなり、光を背にオーウェンが振り返った。
 楽しげな緑の瞳を首を傾げつつ見つめ返すと、手を強く引かれて小さく悲鳴が漏れる。

 直後、唇に柔らかな感触があった。

「あんたでも油断することがあるんだな。可愛い」

 悪戯に成功した子供のような笑い声が目の前から上がる。
 人のことを可愛い可愛いと繰り返すくせに、この人ったらもう。

「可愛いのはどっちよ……」

 照れ隠しに小声で落とした言葉は、幸いにも恋人に拾われる事はなかった。
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