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第一章

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 ぎゅうと握られた腕が、肩口に押し付けられた顔が、ひどく熱を持っていく。

「すみません……」

 オーウェンは謝った。
 ……うん。仕方ない。こればっかりは。
 伝えられたことだけでも良かったと、思わないと。

「あなたに言わせてしまって」

 続いた言葉に顔を上げると、オーウェンは赤く染めた顔をまっすぐにこちらを向けていて。

「俺から言うべきだったのに。すみません」
「なに、を……?」
「あなたを、愛していると」
 愛して……。
「……本当に……?」
「嘘なわけないでしょう……そちらこそ、まさか補佐として好きだというわけではありませんよね? ……ほ、本当にありませんよね? あなたのことだからありそうで怖いんですが……」

 慌てて首を振った。

「ち、違う。ちゃんと、その、そういうやつよ」

 言ってから俯くと、目の前にある大きな体が小刻みに震えだした。

「……どうして笑うの」
「いえ……そういうやつなのかと思っただけですよ」

 肌に残った涙は綺麗に拭われて、笑い混じりのオーウェンの瞳がはっきりと見える。

「あなたの、エメラルドみたいな綺麗な瞳が好きだわ……」

 あの日、どうしても言えなかった気持ちが口から零れ落ちた。

 オーウェンは目を見開いて動きを止め、すぐに幸せに溶けてしまいそうに柔らかくほころんだ。
 その顔が近付いてくる。エメラルドグリーンの瞳には私しか映らなくなって。

 そっと唇と唇が触れた。

 たったの数秒で離れてしまったのに、感じたことのないほど深い幸福感に包まれた。
 抱きしめられて、耳に熱い息がかかる。
 恐る恐る腕を回せば、抱きしめられる力が強まった。

「初めて会った日から、俺にはあんただけだ」

 耳元で囁かれた言葉が嬉しくて嬉しくてまた涙が滲んでくる。
 オーウェンはびくりと体を震わせて、抱きしめられる腕が解けた。

「また泣いてる」
「こ、これは嬉しくて……」
「……嬉しいなら、泣かないで笑ってほしいな」
「そう言われても……」

 自分でも驚くほど零れる涙は止まる気配がしない。おまけに気恥ずかしくて笑うことも出来なくて気持ちだけが焦っていると、顎を掬われた。
 目を閉じる間もなく再び重なった唇に頬が熱を増す。すぐに離したオーウェンは悪戯めいた笑顔を見せて。

「キスをすれば泣き止みますね。これはいいことを知ったな」と笑った。

 ……なんだろう。なんだか、オーウェンが慣れている気がする。恥ずかしいのは私だけなの?
 私だって、オーウェンの照れたところが見てみたいのに。

「あ、あの、ね……」
「なんですか?」
「もっ……もう一回……してほしい……」

 言って、少し後悔した。自分が言ったことで照れてどうするの。あまりの恥ずかしさにオーウェンの顔が見れないのだから、まったくもって意味をなさない勇気だった。
 そう思ったら頭上から聞こえてきたのは苦悶とも言える声で。

「可愛すぎる……」
「……うぇ?」

 顔を歪ませるオーウェンの言葉に思わず妙な声が出てしまう。
 後頭部に熱を感じて引き寄せられた。
 オーウェンの顔が近付き、息のかかる距離で「煽ったのはそっちだ」と囁かれ、唇が塞がる。
 先ほどとは比べものにならないほど荒く口付けられ、唇が離れるたびに落とされる言葉に頭が酩酊したようにぐらつく。

「好きだ」
「愛しています」
「可愛い」
「夢みたいだ」
「愛してる、エルザ」

 ひたすら愛を囁かれ、堪えきれず目の前の胸を叩く。
 ハッとしたように唇はすぐに離され、切ない声で「やはり、お嫌でしたか」と問われた。

「ち、ちが……」

 水の中から助け出されたように喘ぎ、言葉を紡ぐ。

「……い、いつ……息、すればいいの……っ?」

 私の必死の訴えは爆笑で返された。

「ほ、ほんとに溺れるかと思ったのよ!?」
「あー、この人本当に馬鹿だなぁ。馬鹿可愛い」

 笑いを含んだまましみじみと言われて拗ねる。
 馬鹿はひどいわ。馬鹿可愛いは微妙なところだけど。
 笑い続けるオーウェンは返事の代わりとばかりに私を抱きしめるが、誤魔化されてあげない。

「可愛いなぁ」

 誤魔化されないんだから。

「はぁ……本当に可愛い」

 吐息交じりに言われて意識せずに頰が緩む。

「機嫌、直りましたね」
「もう。もっと怒ってやろうと思ったのに」

 顔を覗き込まれて笑いかければ、また笑顔が近づいて来て慌てる。
 まだどこで息継ぎをしたらいいのか教わってないのに……!
 酸欠になる覚悟を決めて目を閉じるも、唇には先ほどとは違う感覚があった。

 なんだろうと恐る恐る目を開けるとオーウェンの顔はすぐそこにあるも触れる唇はやや自由を保っていて。
 ほんの少しだけ触れられたオーウェンの唇から、言葉が零された。

「これなら息出来るか?」

 たったこれだけの言葉を話されただけで息が口内に入ってきてくすぐったさに目眩がした。

 これはっ……さっきのキスよりもずっと恥ずかしい……。
 後ずさろうとするも逃がさないというように後頭部には手が添えられていて、動けない。
 触れた唇がゆっくりと動いて笑みを作り、獰猛な獣に獲物として見られているような気持ちになる。

 こんなの、心臓がもたない。

 ほんの数ミリ顔を前に押し出して唇をしっかりと重ねた。
 後ろがダメなら前だ。
 私の足掻きに笑う気配がするが、離してくれる気はないらしい。

「……は、あ…っ」

 離れた瞬間に喘ぐように呼吸すると、余裕のない声が漏れる。
 それもまた恥ずかしくて目の辺りが熱くなった。
 抱きしめられる力が強くなって、突然膝下から抱き上げられた。慌ててオーウェンの首にすがりつく。

「……どう、したの……?」

 荒い息を整える間も無く尋ねると、触れるだけのキスが送られて、オーウェンは歩き出した。
 ソファに仕事用のデスク、沢山の本棚がある私室を進み、奥の扉が影によって開かれた。

 扉の先は、ベッドルームだ。
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