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第一章

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 顔見知りの侍女に呼び止められて、ララが呼んでいると伝えられた。
 どうして庭にとも思ったが、昨日に続いて今日もまたオーウェンと一度も目が合わずに気持ちが塞いでいて、気分転換にちょうどよかった。

 向かえば聞き慣れた声がして、知らず歩く速度が早まる。
 声の主達が見えて足を止め、どうしてと自問した。

 どうして、ララと……オーウェンが一緒にいるの。

 一緒にいることはおかしいことじゃない。昨日だってルーファスの執務室で一緒にいたし、ただたまたま会っただけかもしれない。

 それでも、これだけは事実だった。

 いつもの貼り付けた作り笑顔ではない、幸せそうな笑みをオーウェンが浮かべていることだけは。

 もしかして、オーウェンはララのことが……?

 そういえばヒロインは当て馬のようにモブに好意を寄せられている描写があったと、思い出した。
 何もこんな時に思い出さなくてもいいのに。

 急に私を遠ざけたのはこれが理由?
 ララと一緒にいたいのに、私がそばにいて邪魔だった?

 ヒロインのララが相手では、私に勝ち目なんて、あるわけない。

 急にオーウェンは顔を上げて、視線がぶつかった。
 反射的に翻して逃げてしまったが、オーウェンはきっと追いかけてきてくれたりしない。
 もう、私の元に来てくれたりなどしないのだ。



 ぐいと腕を引かれてよろけた。
 いつにない乱暴な仕草で止められて、腕を掴む人に目を向ける。

「何があった! どうして泣いてるんだ!?」

 言われて気づいた。私の目からはぼろぼろと涙が溢れ落ち、近くにある顔すらよく見えない。
 それでも誰かすぐに分かったこの人が来てくれたことがどうしようもなく嬉しくて、これ以上この人の迷惑になりたくなかった。

「な、んでも……な……」
「なんでもないわけないだろ……」

 手を引かれ、反発することなく引っ張られるままについていった。
 着いたのはオーウェンの私室で、昨日門前払いにあったこの部屋にすんなりと通された。
 綺麗に畳まれたハンカチを取り出したオーウェンは、優しく私の涙を拭うが次々に溢れる涙になすすべはない。

「どうしました……?」

 久しぶりに聞くオーウェンの優しい声が耳の奥に染み込んで、また涙の量が増えた。

 何も言えずにいる私を安心させるようにオーウェンは肩を撫でると「……キングかクイーンを呼んできますから、待っていられますか」と尋ねてきて、一瞬で涙が止まった。

 反対にぶわっと全身の毛が逆立つような怒りが込み上げ、去ろうとする腕を思い切り引き寄せて、叫んだ。

「どうしてっ、ルーファスとゼンが出てくるの!? あなたが側にいてくれればいいじゃない!!」

 一度たがが外れれば止まらなかった。

「ダンスのこともそうだった! ルーファスとゼンがいるから踊らなくてもいいだろうって。私は、あなたと踊りたかったのよ!! なのにどうして、いつもいつもそんなことばっかり、言って……」

 脳が沸騰したように混乱して支離滅裂な言葉が口からどんどんと溢れて止まらない。こんなことがしたかったわけじゃないのに……。

「ごめんなさい、こんな、大声出すつもりなかった、のに……」
「エルザ殿、その……昨日のことは」
「ごめんなさい……本当に、迷惑かけてごめんなさい……」
「落ち着いて。俺の話を聞いてください」

 何を言われるかなんてわかりきってる。

「聞きたく、ない……もう出て行くから、ごめ、んな、さ……」

「エルザ」

 呼ばれた名前に一瞬で頭は冷静さを取り戻し、顔を覗き込む人と真っ直ぐに目があった。

「エルザ、落ち着いてください。キングもクイーンも呼びません。俺が側にいます。だから俺の話を……いえ、涙の理由を教えてくれませんか。俺では、わかってあげられないから」

 静かに言われる言葉は一つ一つが心にストンと降りてきて。

「ルーファスが……」

 言うつもりのなかったことがポツリポツリと口からこぼれ落ちた。

「ララと親しくしたら嬉しい……ゼンでも、ノエルでも……アレクシス様もレスターも、大好きなショーンでも、ララと仲良くして欲しいって思う……でも」

 こんなことを言ってはいけないとわかってる。
 なのにどうしても止められない。

「オーウェン、だけは……仲良くして、欲しくない……嫌なのよ……」

 またごめんなさいと伝えれば止まらなくなって、繰り返し謝り続けた。

 オーウェンが本当にララを好きになったなら、こんな馬鹿なお願いなんて困らせるだけなのはわかっているのに。
 そっと頰に手が触れて、顔を上げれば優しい笑みが目の前にあった。

「わかりました」
「……えっ」
「ララさんと仲良くしすぎないよう気をつけましょう。さすがに無視するわけにはいきませんから、話す機会があれば誰かと三人以上になるよう計らいます」

 ハンカチで涙を拭われて、オーウェンは笑みを深めた。

「ああ、よかった。泣き止んでくれましたね」

 その言葉でまた決壊したように涙が溢れ、オーウェンは焦った声をあげた。

「えっ、す、少しも話さないほうがいいですか?」

 しゃくりあげながら必死に首を振った。

「あなたが、そんなことしてくれる必要、ないのに」
「あなたが悲しむのが分かっててララさんと話すなんて、悪人にも程があるでしょう。……あなたには、笑っていてほしいんです」

 涙を拭う手を止めず、片方の手で頭を緩やかに撫でられる。それがとても心地良い。

「……舞踏会で、あなたは聞いてくださいましたね。俺も、同じ質問をしてもいいですか」

 優しい声から一転して真剣さを帯びた声音に、視線を合わせる。小さく頷いた。

「どうして俺がララさんと話すと、嫌なのですか」

 頭を撫でる手はいつの間にか私の肩にすがるように置かれていて、小さく震えているのが分かった。

 そうだ。私はあの日、どうしてという疑問の先がどうしても聞けなかった。
 違ったら、どうしようかと。そうしたら、もう補佐としても側にいてくれなくなるんじゃないかと、そんな不安ばかりが頭の中を支配していて。

「あなたが、好きだからよ」
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