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第一章

66 歪んだキングの独白

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 それから数年は三人で穏やかに過ごしたが、この年頃にそんな時間は長続きしない。

「じ、実は彼女が出来ました」

 恥ずかし気に報告するゼンをエルザがからかいながら祝福していた。しかし俺はひどく狼狽して、恐怖さえ覚えていた。

 あのエルザに避けられ続けた日々がひどいトラウマとなって心を蝕んでいたらしい。
 今度はゼンがエルザに避けられる。

 以前ほど極端ではないものの、明らかにエルザとゼンの会う時間が減り、ゼンが青ざめた表情を向けてきたが、また前と同じように追いかけ回せばいいんだと慰めていた。

 そんなときに事件は起こった。

 授業がすべて終わり、帰ろうとエルザを探したが見つからなかった。ゼンの彼女がしつこく一緒に帰ろうと誘ってきたが、俺はそんなゼンを引っ張りエルザを探した。嫌な予感がした。

 校舎の外れに向かうとゼンの彼女やその友達が焦った声を出して俺を止めた。
 授業で使う魔法道具をしまっている倉庫があるだけの人の通らない場所だ。普段は鍵がかかっている倉庫の扉の取っ手に紐がかけられていて、ものすごく嫌な予感がした。

「……ルウ?」

 扉をガタリと揺らすと中からいつも通りのエルザの声がして、体中が燃えるように熱くなった。
 魔法で紐を焼き切り中に入ると、ホッとした様子のエルザが埃まみれで立っていた。

「ありがとう! 扉が開かなくなって困ってたの」

 エルザは本当にいつも通りの様子だったが、ゼンが安心からか泣き出してしまい、閉じ込められたエルザのほうが慰めていた。

 俺には確信があった。あいつらがやったのだと。
 ゼンとエルザの仲が良いことにヤキモチを妬いたあの女が。

 しかしそれはゼンには言えなかった。幼かった頃の俺と違って、ゼンはきちんと彼女を大事にしていたからだ。

 エルザはきっと自分が閉じ込められたのだと。そして誰が犯人なのかもわかっていたはずだ。しかし言わなかった。だから俺も言うことを諦めて、エルザを追いかけるのはやめた。

 俺達とエルザは、偶然会ったら挨拶と少しの会話をするだけの関係になった。そのことはひどく寂しく、毎日を憂鬱に過ごしていたが、それでもあの女は我慢できなかったらしい。

 エルザと同じクラスの友達が慌てた様子で走ってきて、エルザがゼンの彼女とその友達に呼び出されたと教えてくれた。
 慌てて向かえば何かを叩く乾いた音と、甲高い怒声が聞こえた。

「いい加減にしてよ! ――が嫌がってるって何度言わせるの!?」

 その言葉に心の底から嫌悪した。嫌がってるからなんだと言うのか。どうして彼女を優先し、友人をないがしろにすることを当たり前のように主張するのか。男と女の考えの違いもあるのだろうが、この考えは実のところ今でもまったくもってわからないままだ。

 頬を叩かれ、怒声を浴びたエルザは苛立たしげにため息を吐いた。

「いい加減にしてはこっちの台詞だわ。ゼンに直接言ってくれない? それでゼンが私から離れないなら、諦めてもらうしかないわよ」
「開き直るの?」
「あなたはゼンの彼女だけど、だからってゼンの交友関係に口を出す権利はないって言ってるの。誰と仲良くするかはゼンが決めることよ。嫌なら直接ゼンにお願いしなさい!」

 エルザの一喝にゼンの彼女や友達は文句を言い続けたが、俺達が来たのが見えて気まずげに逃げようとした。
 それを止めたのはゼンだ。

「エルザを叩いたのは誰ですか?」

 ゼンの彼女が体をびくりと震わせた。

「だ、だって、エルザがゼンと仲良くするから……」
「仲良くするから叩いたなら、ルウのことも叩かなきゃいけませんね?」

 どうぞと俺を彼女の前に差し出したゼンは、きっとものすごく怒っていた。
 エルザに駆け寄り頬に手を添えて「大丈夫ですか?痛くありませんか?」と心配するゼンを見た彼女がポロポロと涙を流し始めて、俺にはそれがひどく汚くて見苦しくて、醜くおぞましいものに見えた。

「お前は、何に泣いてるんだ?」
「えっ……だ、だってゼンが……」
「ゼンがおかしなこと言ったか? エルザを叩けて俺を叩けない理由はなんなんだ?」

 本当にわからなかった。今もわからないんだ、当時の俺は嫌悪感も混じって詰問した。

「お前らの言うことは全然わからない。彼女がいるからエルザと遊ぶのはだめ。彼女がいないときは誰も文句言わないのに。なんで当たり前のように友達よりも自分が優先されると思い込めるんだ?」
「ひ、ひど……」
「ひどいのはどっちだよ。俺達と遊ぶなと言うわ、倉庫に閉じ込めるわ、数人で寄ってたかっていじめるわ。全部俺達に隠れてやるんだからな。怖いよ、お前ら」

 直後、バシンと響く音がして、彼女が走り去っていく背中が見えた。

「殴られた」

 頬が痺れて、ぼそりと呟いたら、後ろでゼンとエルザがけらけら笑いだして、俺も可笑しくて笑った。三人で笑いあうなんて久々で、涙が出そうだった。



 その後、ゼンも俺も何度も告白を受けたが、そのたびに断った。もうあんな目に合うのはごめんだと思った。おそらくゼンもそうだろう。
 しかし、あれから数年と経たずに今度は他クラスの男子がそわそわしながら言ってきた。

「お前ら、どっちがエルザと付き合ってんの?」
「付き合ってねぇよ。エルザは友達だ」
「あ、やっぱり? じゃあ俺、今から告白してくるから!」
「……は?」

 もはや告白というワードすらトラウマとなっていた俺は、自分でも驚くほど低い声とともに、そいつを睨みつけた。

「だってお前らいっつもべったりなんだもんな。邪魔してほしくないからさー」

 俺は最初に付き合った彼女のことが好きで付き合い始めたわけじゃなかった。告白されてなんとなく嬉しくて、なんとなく付き合ったのだ。

 エルザはどうだろうか。
 こいつに告白されて、断るか? もし受け入れたら……。

「もしエルザと付き合えたら、俺達とエルザが仲良くしてたら嫌か?」
「そりゃそうだろ。だからわざわざ言いに来たんだろ」

 こいつは当たり前のように言った。それが当然なのだと心の底から信じているんだ。

「そうか」

 こいつが告白すれば、またエルザが俺達を避ける日々が始まる。
 絶対に嫌だ。

「なら、エルザに告白したければ、俺とゼンを倒してからにしろ」
「はぁ!?」

 立ち上がって腕を組み宣言した言葉に、教室にいた数人が椅子から転げ落ちた。

 それからの俺は全戦全勝。
「私の出る幕がありませんね」と、ゼンが呑気に言った。
 そして俺達はアカデミーを卒業した。



 大人になった今では、さすがにエルザに近付く男をすべて排除してやるなどと不穏なことは考えていない。
 しかし俺がキングになり、ゼンをクイーンにしたことで牽制になっているらしい。

 そのせいでエルザは自分をモテないと本気で思い込んでいるが、事実を教えてやる気は俺にもゼンにもない。



 最近、俺は思う。
 ゼンがいなければ俺はその他の男共と同じようにエルザを好きと認識していただろう、と。これはゼンも同じだろう。
 当たり前のように男同士で、女同士で遊ぶことに夢中で離れていき、そして年頃になればエルザに男として恋しただろうと。
 しかし俺にはゼンがいて、だからこそエルザとゼンと遊ぶことが当たり前で、一人を誘わないのは仲間外れにするような感覚だったのだ。



 俺達の関係は友人に言わせれば「ああ、姉や妹みたいな感じなのか」らしい。
 その感覚は確かにあるが、多少の違和感もある。
 姉や妹でも裸を見れば、多少はドキッとするもんだろう。
 しかし俺はエルザと今でも一緒に風呂に入れば着替えも同じ部屋でするが、そのことでエルザの体を気にしたことはない。
 ノックをしても着替え中に「どうぞ~」と気軽に声がかかるくらいだから、エルザも気にしていないのだろう。
 それは俺にとってエルザとゼンに対する情がまるっきり同じだからだ。だからゼンに対して抱かない感情をエルザにも抱かない。
 ゼンにキスしたいとも思わないし、当然抱きたいとも思わない。エルザに対しても同じことだ。それがどうにも他人には不思議らしい。
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