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第一章
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「良かった、まだおるね。あんた達、今は外に出ない方がいいよ」
「何かあったのですか?」
レスターが尋ねると、おじいさんは口元に手を当てて「外でよその国の人らが喧嘩しとるから危ないよ」と教えてくれた。
「まさかスペードの人間じゃないでしょうね」
他国で乱闘騒ぎなんて、国の恥だ。
「見てくるわ。ノエル、ララをお願いね」
「僕も行くよ」
立ち上がるとレスターもついてきてくれるという。
「二十人近くいるから危ないよ」
おじいさんは心配そうにしているが、レスターもいるなら全く問題ない。百人力だ。
それにしても、もしかしてショーンがハートのジャックだって知らないのかしら?
知っていたら、むしろ喧嘩を止めるよう頼んでくるはずだ。
「問題ありません。おじいさんもこちらでお待ちくださいね」
「エルザ」
扉に向かって一歩踏み出した時、静かな制止がかかった。
「俺がやる」
振り返るといつも半分閉じられた瞳の奥に暗い炎を燃やしたショーンが、私を追い抜いて部屋から出て行った。
「……何か怒ってた?」
レスターに尋ねるも「やっちゃったなぁ……」という謎の呟きと共に、特大のため息が返ってきただけだった。
そっと部屋から出ると、表通りにはいくつもの黒い影が蛇のようにうごめいていた。
一つ一つが恐ろしく太い。二十人はいるという男達が軒並み捕まっているところを見れば、一度に二十の影を操ったということになる。
ショーンは闇の属性だけを持つハートのジャックだ。
魔法を使うには、魔力の流れをイメージしやすいよう手をかざすのが一般的で、闇の属性を持つ人は影を操るのに両手、つまり二本しか動かさない。いや、動かせない。
同じ闇の属性を持つオーウェンは四本を操るのが精一杯だと言っていたが、それでも一般的に見ればすごいものだと思っていた。
しかし目の前で二十もの蛇を見てしまうと、言葉を失う。
「すごいわね、本当に」
思わず感嘆の息を漏らせば、ついてきていたレスターが自慢げに「当然だよ」と胸を張った。
私やゼンも、魔法を使うのに手を使わず、二十ほどの水や岩を投げ飛ばすくらいのことは出来る。
しかしショーンが行っているのは、一方向に投げるなんて単純な動きではなく、動き回る生きた人を的確に捕らえているのだ。
以前興奮気味にオーウェンが語ったところによると、一度に全ての手や足の指を自分の意思で動かすようなものらしい。
紛れもなくハートの国で、いや四つの国で最も巧みに魔法を操る者はと聞かれたら、一番に名前の上がるのがこのハートのジャックなのだ。
「オーウェンが会いたがるのもわかるわね」
あの魔法オタクは同じ属性を持つハートのジャックについて語る時、瞳が異様な熱を帯びる。
「……オーウェンって、だれ」
思い返して笑っていると、いつのまにかショーンが戻ってきていた。
「私の補佐をしてくれてるスペードの5よ。魔法オタクでね、ショーンと同じ闇の属性を持ってるの」
これは紹介するのにちょうどいいかも、とオーウェンを売り込む。まぁ人見知りだから会ってはくれないだろうけど。
「とっても優秀な人でね、いつも私は迷惑かけて怒られてるんだけど、でも優しい人で」
売り込む毎に、頰が熱を持っていく。
こうして客観的にオーウェンについて話すのは初めてだ。なんだか恥ずかしくなってきた。
「それって、もしかしてこの間の舞踏会でダンスを踊ってた相手!?」
「えっ、そ、そうだけど……」
レスターに言われて、あの日のことを思い出す。触れた肌や言われた言葉に、体が沸騰したように熱くなってきた。
「……スペードの国に行く」
「え?」
店に戻り、おじいさんに城に男達を引き渡すよう伝えてケーキのお代を払ったショーンは「今すぐ行く。そいつに会う」と言い出した。
「ショーンが来てくれるなんて初めてだね。嬉しいな!」
呑気なノエルは大歓迎のようだが、私はただただ首を傾げていた。
「人見知りなのに珍しいわね……?」
「あれで武闘派なんだよね……陰の方向に」
武闘派……?
苦笑するレスターはいくら聞いても、その意味を教えてはくれなかった。
「何かあったのですか?」
レスターが尋ねると、おじいさんは口元に手を当てて「外でよその国の人らが喧嘩しとるから危ないよ」と教えてくれた。
「まさかスペードの人間じゃないでしょうね」
他国で乱闘騒ぎなんて、国の恥だ。
「見てくるわ。ノエル、ララをお願いね」
「僕も行くよ」
立ち上がるとレスターもついてきてくれるという。
「二十人近くいるから危ないよ」
おじいさんは心配そうにしているが、レスターもいるなら全く問題ない。百人力だ。
それにしても、もしかしてショーンがハートのジャックだって知らないのかしら?
知っていたら、むしろ喧嘩を止めるよう頼んでくるはずだ。
「問題ありません。おじいさんもこちらでお待ちくださいね」
「エルザ」
扉に向かって一歩踏み出した時、静かな制止がかかった。
「俺がやる」
振り返るといつも半分閉じられた瞳の奥に暗い炎を燃やしたショーンが、私を追い抜いて部屋から出て行った。
「……何か怒ってた?」
レスターに尋ねるも「やっちゃったなぁ……」という謎の呟きと共に、特大のため息が返ってきただけだった。
そっと部屋から出ると、表通りにはいくつもの黒い影が蛇のようにうごめいていた。
一つ一つが恐ろしく太い。二十人はいるという男達が軒並み捕まっているところを見れば、一度に二十の影を操ったということになる。
ショーンは闇の属性だけを持つハートのジャックだ。
魔法を使うには、魔力の流れをイメージしやすいよう手をかざすのが一般的で、闇の属性を持つ人は影を操るのに両手、つまり二本しか動かさない。いや、動かせない。
同じ闇の属性を持つオーウェンは四本を操るのが精一杯だと言っていたが、それでも一般的に見ればすごいものだと思っていた。
しかし目の前で二十もの蛇を見てしまうと、言葉を失う。
「すごいわね、本当に」
思わず感嘆の息を漏らせば、ついてきていたレスターが自慢げに「当然だよ」と胸を張った。
私やゼンも、魔法を使うのに手を使わず、二十ほどの水や岩を投げ飛ばすくらいのことは出来る。
しかしショーンが行っているのは、一方向に投げるなんて単純な動きではなく、動き回る生きた人を的確に捕らえているのだ。
以前興奮気味にオーウェンが語ったところによると、一度に全ての手や足の指を自分の意思で動かすようなものらしい。
紛れもなくハートの国で、いや四つの国で最も巧みに魔法を操る者はと聞かれたら、一番に名前の上がるのがこのハートのジャックなのだ。
「オーウェンが会いたがるのもわかるわね」
あの魔法オタクは同じ属性を持つハートのジャックについて語る時、瞳が異様な熱を帯びる。
「……オーウェンって、だれ」
思い返して笑っていると、いつのまにかショーンが戻ってきていた。
「私の補佐をしてくれてるスペードの5よ。魔法オタクでね、ショーンと同じ闇の属性を持ってるの」
これは紹介するのにちょうどいいかも、とオーウェンを売り込む。まぁ人見知りだから会ってはくれないだろうけど。
「とっても優秀な人でね、いつも私は迷惑かけて怒られてるんだけど、でも優しい人で」
売り込む毎に、頰が熱を持っていく。
こうして客観的にオーウェンについて話すのは初めてだ。なんだか恥ずかしくなってきた。
「それって、もしかしてこの間の舞踏会でダンスを踊ってた相手!?」
「えっ、そ、そうだけど……」
レスターに言われて、あの日のことを思い出す。触れた肌や言われた言葉に、体が沸騰したように熱くなってきた。
「……スペードの国に行く」
「え?」
店に戻り、おじいさんに城に男達を引き渡すよう伝えてケーキのお代を払ったショーンは「今すぐ行く。そいつに会う」と言い出した。
「ショーンが来てくれるなんて初めてだね。嬉しいな!」
呑気なノエルは大歓迎のようだが、私はただただ首を傾げていた。
「人見知りなのに珍しいわね……?」
「あれで武闘派なんだよね……陰の方向に」
武闘派……?
苦笑するレスターはいくら聞いても、その意味を教えてはくれなかった。
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