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第一章
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ダンスで火照った体にバルコニーの夜風が心地よい。
「何か飲み物を取ってきます。大人しく待っていてください」
敬語に戻ってしまったオーウェンを少し睨み、繋いだままの手にきゅっと力を込める。
「まるでアカデミーに入学したての子供に言うみたいだわ」
「入学する年齢の子なら大人しく待てると思いますが」
「……それよりも幼いと言いたいわけね」
「待てるなら少しはお姉さんですね」
親指でそっと繋がる手を撫でれば、更に力が込められた。
「……飲み物を取ってきます。他の男に見つからないように、大人しく待っていてください」
熱のこもった声で囁かれる。
オーウェンが踵を返して手が離れようとする寸前、縋るように離れる手を握った。
「そんなに心配なら、早く戻ってきて」
自分の口からこぼれた言葉はひどく甘く、切なく響いて。
握った手のひらが大きな手で覆われて熱くなり、見上げれば柔らかくほころぶオーウェンの笑みが、私だけに向けられていた。
「はい。すぐに」
吐息の混じる甘い声で言われて、手から熱が離れていった。
大きな背を見えなくなるまで見つめて、長く息を吐いた。
バルコニーの手すりに背中を預ける。
冷たい手すりに背中がすぐに冷えても、体の熱は治りそうもない。
……我ながら単純だと自嘲する思いだ。
それでも、ほんの一瞬この世界に味方などいないのではと不安になった時の、あの温かさに敵うわけがない。
……これが恋なのかしら。
前世を合わせればゆうに五十年近くを生きている私だが、恥ずかしながら恋を自覚するのは初めてだ。二次元を除いて。
いや、ここも二次元と言えなくもないのかもしれないけど。
オーウェンも同じように思っていてくれているのかしらと考えると、少し不安になる。
選択肢を選んでいれば誰でも恋が出来る乙女ゲームと違って、オーウェンには私の言葉や行動がそのまま伝わるのだ。
私が伝えるものに、彼から好意を持たれるものなどあっただろうか。
……もしかしてダンスを踊っていい雰囲気になるくらい、普通なこと、だったりする?
ふと周りを見渡せば、寄り添う男女が何組もバルコニーに出ていて判断がつかない。
それでも私はあの熱っぽい視線を向けられたら、目の奥が沁みるように潤んで涙が溢れそうだった。
思い出せば体は燃えるほど熱くなるのに離れた手のひらはひどく冷たく寂しい。
私のことをオーウェンはどう思ってくれているのか、戻ってきたら聞いてみてもいいのかしら。
「……早く、戻ってこないかな」
小さな呟きに返事をするかのように、こつりとヒールの音が響く。
オーウェンのものではない足音にびくりと肩が跳ねた。
顔を上げれば目に入るパステルグリーンのドレスは私が選んだものだ。
「……ララ?」
眉尻を下げたララが、物言いたげにこちらをじっと見つめていた。
「一人でいるの? ルーファスは?」
今日は未婚の男女が集められたお見合い舞踏会で、一人でいれば声をかけてくださいと言っているようなものだ。以前に参加した別の舞踏会では断る女性をしつこく誘う男がいて思わず止めに入ったことがある。
だから今日はルーファスと一緒にいるように言ってあったはずなのに。
「どうしてもエルザさんとお話がしたくて、ルーファスさんに断って来ちゃいました」
言葉は軽いのに纏う空気が重苦しくて、思わず駆け寄った。
「私でよければ何でも聞くわよ。どうしたの?」
「その……エルザさんって、好きな人は、いますか……?」
「何か飲み物を取ってきます。大人しく待っていてください」
敬語に戻ってしまったオーウェンを少し睨み、繋いだままの手にきゅっと力を込める。
「まるでアカデミーに入学したての子供に言うみたいだわ」
「入学する年齢の子なら大人しく待てると思いますが」
「……それよりも幼いと言いたいわけね」
「待てるなら少しはお姉さんですね」
親指でそっと繋がる手を撫でれば、更に力が込められた。
「……飲み物を取ってきます。他の男に見つからないように、大人しく待っていてください」
熱のこもった声で囁かれる。
オーウェンが踵を返して手が離れようとする寸前、縋るように離れる手を握った。
「そんなに心配なら、早く戻ってきて」
自分の口からこぼれた言葉はひどく甘く、切なく響いて。
握った手のひらが大きな手で覆われて熱くなり、見上げれば柔らかくほころぶオーウェンの笑みが、私だけに向けられていた。
「はい。すぐに」
吐息の混じる甘い声で言われて、手から熱が離れていった。
大きな背を見えなくなるまで見つめて、長く息を吐いた。
バルコニーの手すりに背中を預ける。
冷たい手すりに背中がすぐに冷えても、体の熱は治りそうもない。
……我ながら単純だと自嘲する思いだ。
それでも、ほんの一瞬この世界に味方などいないのではと不安になった時の、あの温かさに敵うわけがない。
……これが恋なのかしら。
前世を合わせればゆうに五十年近くを生きている私だが、恥ずかしながら恋を自覚するのは初めてだ。二次元を除いて。
いや、ここも二次元と言えなくもないのかもしれないけど。
オーウェンも同じように思っていてくれているのかしらと考えると、少し不安になる。
選択肢を選んでいれば誰でも恋が出来る乙女ゲームと違って、オーウェンには私の言葉や行動がそのまま伝わるのだ。
私が伝えるものに、彼から好意を持たれるものなどあっただろうか。
……もしかしてダンスを踊っていい雰囲気になるくらい、普通なこと、だったりする?
ふと周りを見渡せば、寄り添う男女が何組もバルコニーに出ていて判断がつかない。
それでも私はあの熱っぽい視線を向けられたら、目の奥が沁みるように潤んで涙が溢れそうだった。
思い出せば体は燃えるほど熱くなるのに離れた手のひらはひどく冷たく寂しい。
私のことをオーウェンはどう思ってくれているのか、戻ってきたら聞いてみてもいいのかしら。
「……早く、戻ってこないかな」
小さな呟きに返事をするかのように、こつりとヒールの音が響く。
オーウェンのものではない足音にびくりと肩が跳ねた。
顔を上げれば目に入るパステルグリーンのドレスは私が選んだものだ。
「……ララ?」
眉尻を下げたララが、物言いたげにこちらをじっと見つめていた。
「一人でいるの? ルーファスは?」
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「どうしてもエルザさんとお話がしたくて、ルーファスさんに断って来ちゃいました」
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