上 下
33 / 206
第一章

33 補佐のプロローグ

しおりを挟む
 当代スペードの5のジュノ様はいかにもな好々爺で、笑うと長い眉で目が見えなくなるような愛嬌のある方だった。

「娘がねぇ、いつまでもお城の厄介になってないで一緒に住もうと言ってくれてるんだよ」

 その口調とジュノ様の表情から、口うるさいものの人当たりの良い小母さんの姿が浮かぶ。

「それは良うございますね」と答えれば弧を描く唇が髭で隠れた。
 見た目通りの穏やかで優しそうな方で安心した。

 しかし補佐といえば長年その人の下で働いてきた方がすることで、こんな急ごしらえの補佐があるものかと疑問に思う。ジュノ様にもいずれ自分の後を継がせたいと思う者もいたのではないか。
 優しげな空気に後押しされてそっと疑問を投げかけてみれば、鷹揚に頷いたジュノ様が説明してくださった。

「それがねぇ、私はもうのぉんびりとやっとったもんだから、補佐に誰を据えるかなんぞまったく考えておらんかったんでな。キングに相談したらお主を紹介してもらったというわけだよ」

 これで一安心だと頷いているジュノ様に、のんびりとしていて5が務まるのか? と新しい疑問が増えただけだった。



 問題の村へ向かう当日、広場で待機していたら、同僚で今日も帯同する予定のリドが興奮した様子で駆け寄ってきた。

「なぁ、聞いたか!? 今日の護衛にあのエルザがいるらしいぞ!」
「エルザって?」
「お前、とぼけんなよ! あのエルザだ! ノエル様とジャックを競った!」

 リドの言葉に一人の女性の姿が浮かんだ。

「ああ、あの魔法の使い方が上手かった人か!」
「……お前、ほんと魔法バカだな……そこじゃねぇだろ見るとこは」

 リドは呆れているがとんでもない。



 ほんの数日前のことだ。
 キング主催の元、キングの弟のノエル様と、幼馴染の女性でジャックの位を決める試合が執り行われた。
 ジャックの位はこの国最高の騎士の証だ。当然野次馬が集まり、俺はかなり遠くから観戦することになった。

 ノエル様は魔法を使えないからか、女性は魔法を主体にノエル様と対峙していた。
 風で動きを制限し、相手には向かい風を自分には追い風を起こすなんと繊細な魔法の使い分けか。
 更に風に水を含ませて暴風雨の最中にいるような使い方には身震いした。

 俺は生まれつき火風闇の三属性を持っているが、とても剣を振り回しながら複数の属性を同時に発動させるなどできない。火をどう使うかを考えながら剣を振り、風をどう起こすかを考えながら相手の剣を避けるなど、出来の悪い操り人形のようになってしまう。
 これがこの国の最高峰の魔法の使い手かと感動したのだが、まさかその方が護衛してくださるとは!

「わかったわかった! お前ほんと興奮するとうるさい!」
「わかってないだろ! あれだけ緻密に魔法を発動させることがどれだけ難し……いだっ」
「黙れ、この魔法オタク。ったく、だから見るとこちげぇって」
「……どこだよ、見るとこって」

 殴られた側頭部をさすりながらリドを睨む。どうしてあの高等技術がわからないんだ。

「男なら見るとこは一つだろ! あの顔! 剣を振って引き締まった体つき!」
「二つあるぞ」
「ジャックなら高嶺の花だけど、部隊長なら俺でもチャンスあるかも!? ちょっと声かけてくるわ!」

 今にも走り出しそうなリドの襟首を掴む。

「やめとけって。キングとクイーンの幼馴染だろ? 相手にされるわけない」

 と言った時にはすでにリドはジャケットを脱ぎ捨てて投げられた枝を追う犬のごとく速度で走り去ったあとだった。

 彼女を見てみれば確かに目鼻立ちの整ったかなりの美人だが、部下に指示を出すアイスブルーの瞳は冷然としていて、どうせ手酷く振られて帰ってくるだろうと思われた。慰める準備をしておくか。

 しかし、予想に反してリドはなかなか戻らなかった。

 視線を向けてみれば、なかなか話が弾んでいるようで時々同時に笑い出す様子が見える。リドは話が上手く、人見知りとは無縁の男だから当然かもしれないが、キングとクイーンが大切にしている幼馴染を横から掻っ攫うことになっては問題だ。後で釘を刺しておこう。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

攻略対象の王子様は放置されました

白生荼汰
恋愛
……前回と違う。 お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。 今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。 小説家になろうにも投稿してます。

処理中です...