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第一章
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あちらこちらで人が固まっているが、どうやら各国の位持ちがご令嬢方に囲まれているらしい。
ゼンは笑いもせずに受け答えしていて記者に囲まれた政治家みたいだし、ノエルはケーキの貢ぎ物でご満悦だ。アレクシス様のあふれ出る色気には少し年上のお姉様方が卒倒寸前で少し笑ってしまう。ショーンは……どこにいるんだろう?
家柄が重視されないこの世界は完全実力主義で、各国の位持ちは男女を問わずとにかくモテる。
にもかかわらず私にはほとんどお声がかからない。あちらにいるクローバーの10である妖艶な美女は多くの男を侍らせているというのに……。
知り合いがみんな囲まれていて困っていたら、見慣れた緑色を見つけた。
ほっとして声をかけようとして、後悔した。
どうして一人でいると思ったんだろう。あんなにも優秀で優しい、素敵な人なのに。
オーウェンは見知らぬ令嬢と一対一で会話していた。令嬢は背を向けているがオーウェンの表情はよく見える。いつもの笑顔だ。侍女がいる時に見せる営業用のやつだ。廊下で侍女と会話しているのも見たことがある。その時だってあれだった。あの時は何も思わなかったのに。どうして。
私の心の中でうるさく主張するこの感情はなんだ。どうやら先日のあの優しさで私は勘違いしてしまったらしい。なんとも傲慢で身勝手なことを。
早く、見つからないうちにどこかへ行かないと。あの人は廊下で見かけた時だって侍女との会話を切り上げて駆け寄ってきた。そしてお小言が始まるのだ。
私を見かけたらいつもこちらに来て……くれなければ私は、本当に。
ぎゅうと胸元のネックレスを無意識に押さえた。
エメラルドグリーンの双眸がこちらにピタリと視線を合わせ、令嬢に断り足早で近付いてくる。
いっそ逃げてしまおうかと一歩足を後ろに下げたものの、中央に目を向けたオーウェンがほんの一瞬眉をひそめたことに気を取られているうちに、目の前に来られてしまった。
すっと肩を抱かれ、触れた肌から全身に向かって電流が駆け抜けたように痺れた。
私が着ているドレスは肩が出ていて胸元が開いた大胆だが上品なものだ。二の腕から手首までを白の総レースが覆っていてとても可愛くもあるこれをララが選んでくれた。
だから肩を抱かれれば、触れられたそこは、素肌で。
そんなことを考えていた私をオーウェンが「こちらへ」と会場の隅へ促すと、私の近くにいたらしい男性がオーウェンを睨み、舌打ちして去っていった。
会場の隅に寄れば、何事もなかったように大きな手はむき出しの肩から離れ、私とオーウェンは向かい合った。
私を見るオーウェンは珍しく言葉を探すように何度も口ごもり、目だけが真っ直ぐに私を捉えている。
「な、何か食べますか?」
やっと出た言葉はこれだった。
「お腹、すいてないから……」
コルセットで締められたお腹は少し苦しくて、いつもなら喜んで食べるスイーツも今日は食べる気にならない。
「その……」
またしても口ごもるオーウェンに首を傾げる。いつもなら会話に困ることなんてないのに。
「……ララさんは、白の国からのお客様ですから、ダンスの相手を務めるのは当然の礼儀かと」
……ん?
「何の話?」
今日はこれを聞いてばかりだ。
「ですから、曲が終わればすぐにこちらに戻ってきてくれますよ」
「だから何の話よ!?」
思わず大きな声が出てしまうが、本当にわからないのだから仕方ない。
「落ち込んでいるように見えましたので」
「……私が?」
オーウェンはまたしても少し口ごもった。言うか言わないか悩んでいるように見える。
よくわからない、いや嘘だ。なんとなくわかってきたわかりたくもない話はもう切り上げてしまおうと口を開いたが、先に声を出したのはオーウェンだった。
「好きな人が他の女性と仲良くしていて、落ち込んでいたんでしょう?」
……。
好きな人が?
他の女性と?
……なんだって?
「はあああ!? ……むぐっ」
「静かに! ダンスの最中だぞ!」
口を手で押さえられて、叫ぶ声が強引に封じられた。
「そんっ、そんなこと……!」
その手を振り払って弁解するが、顔中が燃えるように熱くなり、全身から汗が噴き出す。と、とんでもないことを言われた気がする!
「あー、はいはい。すぐに戻ってきてくれますからね」
……。
「……えっと、誰が?」
「ですから、キングが」
きょとんと言われた言葉には、さっきとは別の理由で体が噴火したように熱くなった。
まったく、どいつもこいつも……!
「ルーファスじゃないったら!!」
怒りのまま叫んだ言葉の意味を遅れて理解した私が慌てて言い訳しようとするも、オーウェンは「はいはい」と宥めるだけで、今度こそ私の頭は噴火したのだった。
ゼンは笑いもせずに受け答えしていて記者に囲まれた政治家みたいだし、ノエルはケーキの貢ぎ物でご満悦だ。アレクシス様のあふれ出る色気には少し年上のお姉様方が卒倒寸前で少し笑ってしまう。ショーンは……どこにいるんだろう?
家柄が重視されないこの世界は完全実力主義で、各国の位持ちは男女を問わずとにかくモテる。
にもかかわらず私にはほとんどお声がかからない。あちらにいるクローバーの10である妖艶な美女は多くの男を侍らせているというのに……。
知り合いがみんな囲まれていて困っていたら、見慣れた緑色を見つけた。
ほっとして声をかけようとして、後悔した。
どうして一人でいると思ったんだろう。あんなにも優秀で優しい、素敵な人なのに。
オーウェンは見知らぬ令嬢と一対一で会話していた。令嬢は背を向けているがオーウェンの表情はよく見える。いつもの笑顔だ。侍女がいる時に見せる営業用のやつだ。廊下で侍女と会話しているのも見たことがある。その時だってあれだった。あの時は何も思わなかったのに。どうして。
私の心の中でうるさく主張するこの感情はなんだ。どうやら先日のあの優しさで私は勘違いしてしまったらしい。なんとも傲慢で身勝手なことを。
早く、見つからないうちにどこかへ行かないと。あの人は廊下で見かけた時だって侍女との会話を切り上げて駆け寄ってきた。そしてお小言が始まるのだ。
私を見かけたらいつもこちらに来て……くれなければ私は、本当に。
ぎゅうと胸元のネックレスを無意識に押さえた。
エメラルドグリーンの双眸がこちらにピタリと視線を合わせ、令嬢に断り足早で近付いてくる。
いっそ逃げてしまおうかと一歩足を後ろに下げたものの、中央に目を向けたオーウェンがほんの一瞬眉をひそめたことに気を取られているうちに、目の前に来られてしまった。
すっと肩を抱かれ、触れた肌から全身に向かって電流が駆け抜けたように痺れた。
私が着ているドレスは肩が出ていて胸元が開いた大胆だが上品なものだ。二の腕から手首までを白の総レースが覆っていてとても可愛くもあるこれをララが選んでくれた。
だから肩を抱かれれば、触れられたそこは、素肌で。
そんなことを考えていた私をオーウェンが「こちらへ」と会場の隅へ促すと、私の近くにいたらしい男性がオーウェンを睨み、舌打ちして去っていった。
会場の隅に寄れば、何事もなかったように大きな手はむき出しの肩から離れ、私とオーウェンは向かい合った。
私を見るオーウェンは珍しく言葉を探すように何度も口ごもり、目だけが真っ直ぐに私を捉えている。
「な、何か食べますか?」
やっと出た言葉はこれだった。
「お腹、すいてないから……」
コルセットで締められたお腹は少し苦しくて、いつもなら喜んで食べるスイーツも今日は食べる気にならない。
「その……」
またしても口ごもるオーウェンに首を傾げる。いつもなら会話に困ることなんてないのに。
「……ララさんは、白の国からのお客様ですから、ダンスの相手を務めるのは当然の礼儀かと」
……ん?
「何の話?」
今日はこれを聞いてばかりだ。
「ですから、曲が終わればすぐにこちらに戻ってきてくれますよ」
「だから何の話よ!?」
思わず大きな声が出てしまうが、本当にわからないのだから仕方ない。
「落ち込んでいるように見えましたので」
「……私が?」
オーウェンはまたしても少し口ごもった。言うか言わないか悩んでいるように見える。
よくわからない、いや嘘だ。なんとなくわかってきたわかりたくもない話はもう切り上げてしまおうと口を開いたが、先に声を出したのはオーウェンだった。
「好きな人が他の女性と仲良くしていて、落ち込んでいたんでしょう?」
……。
好きな人が?
他の女性と?
……なんだって?
「はあああ!? ……むぐっ」
「静かに! ダンスの最中だぞ!」
口を手で押さえられて、叫ぶ声が強引に封じられた。
「そんっ、そんなこと……!」
その手を振り払って弁解するが、顔中が燃えるように熱くなり、全身から汗が噴き出す。と、とんでもないことを言われた気がする!
「あー、はいはい。すぐに戻ってきてくれますからね」
……。
「……えっと、誰が?」
「ですから、キングが」
きょとんと言われた言葉には、さっきとは別の理由で体が噴火したように熱くなった。
まったく、どいつもこいつも……!
「ルーファスじゃないったら!!」
怒りのまま叫んだ言葉の意味を遅れて理解した私が慌てて言い訳しようとするも、オーウェンは「はいはい」と宥めるだけで、今度こそ私の頭は噴火したのだった。
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