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第一章

26 ある侍女の恋の顛末

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 本当についてない。
 せっかくの休日だから城下のお祭りを楽しもうと出てきたというのに。

「ねぇねぇ、キミ地元の子でしょ? 俺達ここらは初めてなんだよ。案内してよ」

 まったくもってついてない。
 軽薄な話し口調と雰囲気で執拗に話しかける二人の男達を見て、そう思った。

 お茶会シーズンは白の国で大きなお祭りが開催されるが、それに便乗してスペードの国でも軽くお祭り騒ぎになる。
 このお祭り期間が男女の出会いの場になっていることは知っていたし、自分の年を考えてそろそろ相手を探さなければならないこともわかっているが、この人達はないなとはっきり断言する。
 しかし腕を掴まれてしまっている今の状況で、ただの侍女の私には声を上げることしかできない。

「やめてください! 離してってば!」

 これだけはっきりと拒絶を露わにしているというのに男達は「まぁまぁ」や「いいじゃん別に」となだめすかしてきて、あまりの言葉の通じなさに泣きたくなってきた。
 周りを見てもお祭りの喧騒で気付いてくれる人はおらず、気付いても痴話喧嘩とでも思われているのか誰も助けてなどくれない。
 いつまでもごねる私に苛立ったのか、腕を掴まれる力が強くなり、とうとう痛みに涙が滲んだ。

「いいから付き合えって……!」
「……まったくもう。女の子に対してなんて雑な誘い方なのかしらね」

 キッパリとしたハリのある女性の声がしたかと思えば、私と男達の間に空色の髪の女性が割って入っている。
 いつの間にか男の手から解放されていて、くすんだ緑の髪の男性が私を男達から離れたところに誘導してくれた。

「お怪我はありませんか?」

 丁寧な口調で話しかけられ、助けられたのだとわかって慌ててしまう。

「は、はい。あの……」

 おまけによくよく男性を見てみれば知っている方だったので、焦りは二重になった。
 スペードの5のオーウェン様。とするとあちらの空色の女性は……。

「いい? 女性に声をかけるときは、優しく! 丁寧に! そして誠実に、ね! 断られたら諦めも肝心よ!」

 空色の女性に目を移せば、先ほどまであんなにも乱暴だった男達が笑顔で「はいはい」と頷き、去っていくところだった。あれだけ執拗だったのに、驚くほどにあっさりと……。

「やっぱりお祭り期間中は羽目をはずす輩が増えるわね。今日の警備担当は誰だったかしら?」
「今日はパンジー殿のところの部隊が担当していますが、もう少し気を配るよう伝えておきます」
「お願いね。さてと。どこへ行くつもりだったの?」

 お二人の会話を呆然と聞いていたら、急に矛先がこちらに向いてまた慌てる。

「あっあの、助けていただいてありがとうございました。えっと、中央通りの雑貨屋さんに行こうかと……」
「ああ、あのお店なら私もよく行くわ。オーウェン、送ってきてあげてくれる?」
「いえそんな! お手を煩わせるわけには!」

 空色の女性、エルザ様の言葉に遠慮しようとするも、笑顔で躱されてしまった。

「すぐに戻りますから、エルザ殿はこの近くでお待ちください」
「大丈夫よ。用事が済んだら一人で帰るから」
「この、近くで、お待ちください、ね?」
「……わかったわよ」

 では行きましょうか、と笑顔のオーウェン様に促されて、エルザ様にお辞儀してその場から歩き出した。
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