上 下
16 / 206
第一章

16

しおりを挟む
 スペードの国の大通りに着くと、そこで別れて探そうということになった。ノエルは駆け出して行って、私はどうしようかと考える。

 あのイベントの通りなら背景から考えてララは路地裏にいるはずだが、どこの路地裏かまではさすがにわからない。しらみつぶしに探すしかないか……?

「エルザ殿はどこから探すおつもりですか?」

 悩んでいるとオーウェンが話しかけてきた。

「そうね……ここの大通りや店舗内はとっくに確認しているだろうし、ここまでの道中にもいなかったから、路地裏に迷い込んでいるのだと思うけど……」
「俺もそう思います。大通りからでも場所によっては城が見えるし、迷子になったならきっと城に向かって一直線に進むんじゃないですか?」

 明るい時間なら路地裏といっても一人で怖くはないだろうし。そう言ってオーウェンは一本の路地裏を指さした。

「大通りから城が見えて、おまけに入り組んでいて迷った、となるとかなり絞られます」
「まさか、路地裏まで全部の道を覚えてるの?」
「……誰かさんを迎えに行かなきゃならないときがあるんで」

 とてもいい笑顔だ。誰のことかしらね。

「すごいわ! さすが私のオーウェンね!」
「……はいはい、わかりましたから。さっさと行きましょう」

 一瞬口元を引きつらせたオーウェンだが、小さくため息をつくと、一本の路地裏に向かって走り出した。

 オーウェンの先導で路地裏を進んでいると、しばらくもしないうちに声が聞こえてきた。
 まだ遅い時間ではないというのに、これはそこそこ飲んでるなとわかる声と怯えた女性の声。
 さすがオーウェン、大当たりだ。

「頼むわね」
「はい」

 一言ずつのやり取りでオーウェンはその場で足を止め、私は酔っ払い共の前に姿を見せる。
 背後ではオーウェンが打ち上げた合図の火の魔法が、パンッと乾いた音を立てた。

「エルザさん!」

 五人もの男たちに囲まれたララが、私の姿を見て声をあげる。
 すると私に気付いた男たちが「ちょうどいい」だの「手が足りなかったところだ」だの言い始めた。
 わかりたくはないが意味はわかる。スペードの10を相手によく言えたものだ。

「まったくお酒ってのは恐ろしいわね」

 呆れてぼそりと呟くと、後ろから「あんたが言いますか」と声が聞こえたので「あなた達にも飲みたいときはあるわよね」と付け加えておいた。

「でも、ララを怯えさせた罪だけは償ってもらうわ」

 のんびり立っている私に焦れたのか一人がこちらに手を伸ばしてきたので、その手を取ってひねり上げる。
 流れるように足を払って地面に叩きつけると、鈍い大きな音がして男が動かなくなった。
 しまった。生きてるよね?
 更に二人がつかみかかってきたが、これは避けるだけで頭突きし合って倒れた。

 仲間の窮地に残りの二人は酔いがさめたのか謝罪と共に立ち去ろうとするので、酒に酔って人様に迷惑をかけたことに対して罰金刑を言い渡した。
 顔は覚えたから明日城まで来てちょうだいね。来なかったから取り立てにいくぞ。


 怯えた表情の男達が去った路地裏が本来の静けさを取り戻すと同時に、ララが胸に飛び込んできた。
 かすかに震えるララに、一発ずつくらい殴っておけばよかったかと物騒に考える。
 五人もの男達に囲まれるなんて、とても怖かっただろう。

 私がララを安心させるように薄桃色の髪を梳いていると、オーウェンが目頭を押さえてこちらに歩いてくる。やれば出来る子供の発表会を見た親の心境とみた。失礼な補佐官だ。

 合図を見て駆け付けたノエルも合流し、お互いに謝り合いながら私達は無事帰路についた。

 このイベントは普段可愛らしいところしか見たことがないノエルが、自分よりも背の高い男達相手に颯爽と立ち回る姿を見て、そのギャップにヒロインがノエルを意識し始めるというものだった。
 当てが外れたものの、ララに大事がなくてよかったな。
 帰る道中、ずっと私と手を繋いだままのララを見て、そう思った。
しおりを挟む
感想 109

あなたにおすすめの小説

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...