白昼夢

怜悧(サトシ)

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「過去でイーグルは誰に会いたいんだ?会いたい人のところに照準を合わせるぞ」 
デルファーの問いに、俺にはまったく迷いはなかった。 
会いたい人がいた。 

過去で、会いたいと………思った。 
あの人を知りたかった。 



意識は混濁して、目の前の物が全て霞んで見えた。 
拡げられた脚の間に覆いかぶさるように、ジムの体が重なって重みと内部を貫く痛みが同時に襲い掛かり、 
薬でそれを悦びとして受け止め、何度と無く欲望を解き放った。 
覚えているのは……あの碧い瞳がやけに哀しそうで苦しそうだったことだけだ。
グレンと親父と同じ、碧くて深い海の色。 
とても似ている。
あの眼の碧さに、俺は囚われた。


目を見開き天井を仰ぎ、横で眠る男の体温を感じながら、イーグルは男の表情の印象が何故か脳裏から離れないでいた。 
乱れたシーツの上で、汚れてベタベタの体もそのまま放置され、後処理くらいしろよと恨み言のひとつも言いたかったが、そんな気分にもなれなかった。 
「これだけ……凶悪なことするなら、もっとホントに凶悪な顔しててくれって……」 
そうしたら、きっと憎しみとか恨みとか口にできるのに。 
ぼやくように呟きを漏らし、体を横倒しにすると深々と息を継ぎ横に眠る男の顔を見つめる。 
起きているときは、その仕草と表情の激しさで目立たなかったが、まるで人形のように整った綺麗な顔だちで、見れば見るほどグレンに似ているようにも思える。
この男のような野性味のある表情は、グレンにはないから、起きている時はまったく似てるなんて思わなかったけども。 

綴じた睫は微かに震えるのみで、ぐっすりと眠り込んでるようであった。 

……俺なら、こんな時にこんなに眠れないが……。寝首を掻けとばかりだ。 

まあ、手錠で繋がれてんだし、それなりに安心はしてるんだろうな。 
「外せるけどね」 
ぼそっと呟き、手錠を嵌められた腕を軽く引っ張ると鎖がバラッと弾けてバラバラと床や枕元に飛び散る。
 
首都メティスと言えば、自分のいた時代には爆破されて壊滅して既に無い都市だ。 
人口数億の都で、人を一人探すのにどれだけ手間がかかるかと思うと、安易にここを出て行くのも考え物だ。 
腕に嵌ったままの手錠の輪ををイーグルは片手で容易く開錠するとベッドに放りなげ、近くにあるティッシュに手を伸ばして下半身を軽くふき取る。 

喉……ガラガラだ。水でも貰うか。 

叫びすぎて引き攣るような痛みを喉奥に感じて、ベッドから降りて立ち上がる。 

「……おい、逃げるのか」 

寝ている筈の低いトーンの声が背中に被さり、一瞬不意をつかれて言葉を飲み込んだイーグルは足を止めて振り返った。 
「いや……流石に喉渇いたから水もらおうかなって。場所探すのも腰キツイから、持ってきてくれねえかな」 
問いには答えず気軽な態度で依頼をすると、彼はベッドに再度腰を下ろした。
「……わかった」 
ジムはベッドから降りる早足でキッチンへと向かい、暫くすると水を汲んだグラスをイーグルの目の前に押し出すように差し出した。 

「アリガトウ」 
イーグルはグラスを受け取ると、そのままごっくごっくと一気に飲み干した。
「アンタって、ホント懲りない人だな。水にクスリ入れてたらどうするんだ」 
じいっと伺うように見下ろすジムに、イーグルはグラスを返してどさりとベッドに横になる。 
「クスリね。……ソレ、すごい絶倫すぎでしょ。あんだけヤれば、アンタの股間のライフルも弾切れでしょ。まあ……俺のもだけどね」
「いや……さ、別に媚薬じゃなくとも、毒とか」
自分の股間を見やって、確かに弾切れだとふっと苦笑すると、イーグルの隣にジムは腰を下ろした。

「俺を殺してもアンタに得はねえでしょ」

「まあな。……逃げないのか?」

不思議そうに顔を覗き込む少なくとも5歳以上は年下の相手を見返して、イーグルは考えるようにあごに手をやる。
「言ったと思うが、逃げても行くあてもない。この辺の地理にも詳しくない。だけど、会ってみたい人がいる。とりあえず、今のとこアンタしか知り合いいないしなあ」 
イーグルは横になって毛布を引き上げて、欠伸をかみ殺しながら再度寝る体勢へと戻った。 
思っていた反応が返ってこないことに、ジムは戸惑いを隠せずにグラスを近くの棚の上へと置き、男の横へと滑り込んだ。 

「おい。怒らないのか……」 
「怒る?なにを?」
いい加減焦れた様子で詰め寄るジムに、イーグルは眉を寄せる。
「……ヤられたこと?……まあ、アンタは嘘言ってないしね。連れてこられる前に、犯すとかどうとか言ってたし、油断した俺が悪いでしょ。まあ……宿代くらいにはなるか、俺のカラダ」 
会ったばかりだしと付け足す。
「……宿代……。まあ……初めてじゃなかったみてえだけど」
呆れた表情のジムを見返して暫く黙り込むと思い直したように、にっと笑みを作る。
「もし、少しでも悪かったと思っているなら、人を探すの手伝ってくれるか。結構名のある家の人だけど、人口がこう多いと見つかるかどうか分からない」
 かなり虫の良い提案だと思ったが、頼るものが無いここではどんな相手でも利用できるなら利用しない手はない。 

ジムはイーグルの物言いに、納得したようなそれでいて寂しそうな表情を浮かべた。

やっぱり、弟には似てないな。
確かに世間にすれてはいないけど、どこか飄々としている。
純粋培養ではなく、ちゃっかりとしたところもあり何より楽観的である。
「人探しか。力になってやらないわけでもねえけど……お前はどこから来たんだ?」 
帰る宛ても無いと言い切る男に、不審そうに彼は体を寄せながら問いかけた。 

答えが返るまで、一瞬の時間の隙間が生まれた。 

暫くして、意を決したような表情でイーグルは口を開いた。 

「ここから、37年後の未来のカリスト星……って言っても信じないよな」 
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