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数少ない砂漠のオアシスに設けられた露営地は、国の東と西とを分断する大砂漠を渡る為には、必ず立ち寄らなければならない要所である。
先代の王が勃こした内乱以降、土地はずいぶんと荒れ果ててしまった。
食うに困った農民や内乱で家族を亡くした者達が反政府の旗を掲げてゲリラになるか、盗賊や海賊などの無政府組織に与する者も多い。
だからこの砂漠を横断する、<砂漠渡り>の危険度は年々増していた。
政府の要人などは、<砂漠渡り>を行う時には、より多くの護衛をつけるのは勿論のこと、用意周到に兵器を運び、万が一の備えをしなければならなかった。
時間も資金もかかる上に危険は多く、貴族と呼ばれる人種は、滅多に東西への行き来をすることはなくなっていた。
だからこそ、同じ国内でありながら分断されたような状況が続いていた。
だが二日ほど前から、如何にも政府の要人の<砂漠渡り>ということが、傍目にもわかるような大きな露営がこのオアシスに設けられた。
露営地の中でも一際大きく見張りの兵たちが多いテントは、麻布の天蓋に絹に金糸を縫いこんだ幕に覆われ、主人の寝所だということが傍目でも明らかである。
普通なら、ゲリラに的を絞らせる危ない行為なのだが。
「しっかし……アンタも酔狂だな……、砂漠渡りをしてまで、欲しいものがあるとか。誰かにもってこさせりゃいいじゃねえか」
幕内に砂を水で濡らして固めた地面に座った人影は、面白くなさそうな大きな声と盛大なため息を漏らした。
金色の長い髪を裸の上体に纏わせ、不機嫌そうに煙る顔は繊細な形をした美しさを持っていた。
だが、蒼い瞳だけは獣のような荒々しい光を帯びている。
その胸元には乳房は無く、曝け出された肉体には無駄が無い筋肉がつき、顔から想像されるたおやかさは見られない。
彼は手に持った赤い大剣に寄りかかるように、行儀悪くしなだれかかった格好で、手元で賭け事に使う札を捲って一枚摘むと、
「このオレを用心棒に使うなんてな…………だいたい、オレに剣なんか持たせて、寝首掻かれたらどうするつもりなんだ」
開いた死神の札をひらひらさせて、挑発するような口調で目の前の豪奢な椅子に座る男を見上げて、問いかけた。
視線の先の男は似たような金色の髪を背中に束ねており、着ている金糸と藍染の布をふんだんに使った衣服を着ている。
政府の中でも高貴な貴族に違いないのは誰の目にも明らかだった。
男からくつくつと喉に引っかかるような声で笑いがあがり、思わず彼はムッと唇をひん曲げた。
「退屈そうなお前のために連れてきてやったのに、ひどい言い草だね。それに、呪われた体でお前が私に何が出来るんだ。おそらく、髪一本すら傷つけられないだろう。それに、喩え性奴へと落されても、お前はガイザック・スネイクには変わりない。喩え姿形が変わろうとね。大陸一の剣の使い手を用心棒に使わず、愛でているだけなど、もったいないだろう」
男はつまらなそうな口振りで言葉を返すと、両腕を組んで椅子に背中をつけて寄りかかり面白そうに碧い冷たい双眸で、彼の様子を観察するように眺めた。
ガイザック・スネイク。かつては大陸一の剣の使い手として名をあげた男。
王宮の近衛騎士団長として仕えていた、国王を斬殺して、逃亡した男。
ゲリラに身を落としたが捕えられて表向きは処刑された。
しかし、実際には性奴として呪いを受けて永遠を生きる事になった男だった。
イラつくように奥歯をギリギリしているガイザックを男は眺めてふと鼻先で笑う。
……苛立ってるか。流石に無理もあるまい。ここの所、構ってやってなかったからな。
呪いによって奴隷へと落された体は、主人を傷つけることは出来ない。
危害を加えようとする意思が現れた瞬間に、体が硬直し、それに無理に抗えば意識を失うように呪術が施されている。
どうにもならない現実を突きつけられて、ガイザックは悔しそうに整った表情を歪める。
すると、何を思ったか男はおもむろに立ち上がると、寝所へと足を向け歩き出した。
「王様の癖に貧乏症かよ……やだねェ。…………ッて、をい、寝ンのか……?」
僅かに慌てた口調で、立ち上がった国王を見上げて堪えるように眉根を寄せて、掛札を手元の札入れにしまいテントの外をちらっと見やった。
……ここには、誰ももう来ない時刻だな。
護衛兵が交代の時間で入れ替わる様子を確認してから剣を引きずって立ち上がると、王の背後へと近づいて肩に腕をかけた。
……呪いが掛けられて15年……、いつになっても慣れやしない。
先代の王が勃こした内乱以降、土地はずいぶんと荒れ果ててしまった。
食うに困った農民や内乱で家族を亡くした者達が反政府の旗を掲げてゲリラになるか、盗賊や海賊などの無政府組織に与する者も多い。
だからこの砂漠を横断する、<砂漠渡り>の危険度は年々増していた。
政府の要人などは、<砂漠渡り>を行う時には、より多くの護衛をつけるのは勿論のこと、用意周到に兵器を運び、万が一の備えをしなければならなかった。
時間も資金もかかる上に危険は多く、貴族と呼ばれる人種は、滅多に東西への行き来をすることはなくなっていた。
だからこそ、同じ国内でありながら分断されたような状況が続いていた。
だが二日ほど前から、如何にも政府の要人の<砂漠渡り>ということが、傍目にもわかるような大きな露営がこのオアシスに設けられた。
露営地の中でも一際大きく見張りの兵たちが多いテントは、麻布の天蓋に絹に金糸を縫いこんだ幕に覆われ、主人の寝所だということが傍目でも明らかである。
普通なら、ゲリラに的を絞らせる危ない行為なのだが。
「しっかし……アンタも酔狂だな……、砂漠渡りをしてまで、欲しいものがあるとか。誰かにもってこさせりゃいいじゃねえか」
幕内に砂を水で濡らして固めた地面に座った人影は、面白くなさそうな大きな声と盛大なため息を漏らした。
金色の長い髪を裸の上体に纏わせ、不機嫌そうに煙る顔は繊細な形をした美しさを持っていた。
だが、蒼い瞳だけは獣のような荒々しい光を帯びている。
その胸元には乳房は無く、曝け出された肉体には無駄が無い筋肉がつき、顔から想像されるたおやかさは見られない。
彼は手に持った赤い大剣に寄りかかるように、行儀悪くしなだれかかった格好で、手元で賭け事に使う札を捲って一枚摘むと、
「このオレを用心棒に使うなんてな…………だいたい、オレに剣なんか持たせて、寝首掻かれたらどうするつもりなんだ」
開いた死神の札をひらひらさせて、挑発するような口調で目の前の豪奢な椅子に座る男を見上げて、問いかけた。
視線の先の男は似たような金色の髪を背中に束ねており、着ている金糸と藍染の布をふんだんに使った衣服を着ている。
政府の中でも高貴な貴族に違いないのは誰の目にも明らかだった。
男からくつくつと喉に引っかかるような声で笑いがあがり、思わず彼はムッと唇をひん曲げた。
「退屈そうなお前のために連れてきてやったのに、ひどい言い草だね。それに、呪われた体でお前が私に何が出来るんだ。おそらく、髪一本すら傷つけられないだろう。それに、喩え性奴へと落されても、お前はガイザック・スネイクには変わりない。喩え姿形が変わろうとね。大陸一の剣の使い手を用心棒に使わず、愛でているだけなど、もったいないだろう」
男はつまらなそうな口振りで言葉を返すと、両腕を組んで椅子に背中をつけて寄りかかり面白そうに碧い冷たい双眸で、彼の様子を観察するように眺めた。
ガイザック・スネイク。かつては大陸一の剣の使い手として名をあげた男。
王宮の近衛騎士団長として仕えていた、国王を斬殺して、逃亡した男。
ゲリラに身を落としたが捕えられて表向きは処刑された。
しかし、実際には性奴として呪いを受けて永遠を生きる事になった男だった。
イラつくように奥歯をギリギリしているガイザックを男は眺めてふと鼻先で笑う。
……苛立ってるか。流石に無理もあるまい。ここの所、構ってやってなかったからな。
呪いによって奴隷へと落された体は、主人を傷つけることは出来ない。
危害を加えようとする意思が現れた瞬間に、体が硬直し、それに無理に抗えば意識を失うように呪術が施されている。
どうにもならない現実を突きつけられて、ガイザックは悔しそうに整った表情を歪める。
すると、何を思ったか男はおもむろに立ち上がると、寝所へと足を向け歩き出した。
「王様の癖に貧乏症かよ……やだねェ。…………ッて、をい、寝ンのか……?」
僅かに慌てた口調で、立ち上がった国王を見上げて堪えるように眉根を寄せて、掛札を手元の札入れにしまいテントの外をちらっと見やった。
……ここには、誰ももう来ない時刻だな。
護衛兵が交代の時間で入れ替わる様子を確認してから剣を引きずって立ち上がると、王の背後へと近づいて肩に腕をかけた。
……呪いが掛けられて15年……、いつになっても慣れやしない。
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