猛獣のツカイカタ

怜悧(サトシ)

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「なんだか嫁に出す父親の気分」
 佐倉に調教終了の連絡をすると、しばらくして詫びの日取りを設定したと連絡がきた。
串崎は、工藤の拘束を解いてやり、白装束の和装に着替えさせた。
「きめえこと言ってるな」
 拘束を外しても特に逃げる様子も暴れだすこともなく、工藤は串崎の手に身体を委ねた。
着替えさせられた白い和装を眺めて、似合わねえものだと口にする。
「はん。腹切でもしそうな格好だな」
「そういう風情の方がいいって注文なのよ」
 へえと呟くようにいいながら、覚悟を決めるかのように工藤は呼吸を深く吸い込む。
「……変なこと考えたらだめよ」
「もう別に考えねえよ。俺がもし組長に何かしたら、俺を調教したアンタが制裁されるだろう」  
 眉をあげて相手を見返す工藤の表情は、どこか達観しているかのようにも見える。
 毎日のように調教を繰り返すうちに情が生まれたのは、串崎に限ったことではなかったのだろう。
 あれほど拘束を解いたら殺すといきまいていたのに、工藤にはその様子がまったくないのがその証拠である。
「あら、嬉しいわね。アタシの心配してくれるの」
「……まあな」
 意外そうな表情で串崎に見返され、工藤は視線を少し逸らして、そんなこと嬉しそうに言うんじゃねえと呟く。
「可愛いわね。やっぱり、自分のモノにしておくべきだったわ。じいさんに貴方の初めてをあげるなんて勿体無かったわ」
「いまさら、馬鹿言うな」
 工藤は眉をぎゅっと寄せて、串崎の言葉に肩を聳やかす。
一度はそれでもいいかと考えたことはあったが、串崎にはその気がないようだった。
 調教を受けるうちに分かったことがあった。
 身体の負担とかやメンタル面のことを串崎は、いちいち細かく気にして細心の注意を払っていた。
 いたぶりながらも愛情を向けてくれていたこと。
 それが串崎の調教に対してのモットーなのかもしれないが、愛情のようなものを一緒に与えられたことで、何ももっていなかった自分が、十分に絆されてしまっていたを工藤は自覚していた。
 単純すぎ、だけどな。
「貴方が馬鹿をしても首を括る覚悟ができたわ。甲斐、貴方の好きにすればいいわよ」
「あほ。そんなこと言っていいのかよ?アンタの首が飛ぶ前に、大事な虎信の首が飛ぶんじゃねえの」
 ただ工藤のこころにひっかかっていたのは、串崎がすべて佐倉のためにしていたということなのだ。
 揶揄するように少しの意地悪をこめて返すと、串崎はふっと笑みを浮かべる。
「……いいのよ」
「怖い奴。別に馬鹿なんざしねえから、心配するなよ」
 工藤は何故か、自分が馬鹿なことをすることで、串崎に飛び火するのが怖いと初めて感じた。
 もう、これっきり顔を合わすことがないと、そんな時になって、か。
 不思議なものだな。

 工藤は天井を仰ぐと、串崎に腕をつかまれて、久々に自分の足で立って、事務所へと向かった。
 
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