猛獣のツカイカタ

怜悧(サトシ)

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 八十キロは堅くある工藤を難なく担ぐ佐倉は、かなりの怪力といえる。
「ってか、虎公、担ぐんじゃねえ。降ろせ」
「ホント、アンタって人は……全く反省する気ないですよねぇ。これ以上世話をやかせんでください」
 困ったような顔をしてわざとらしい口調で言ってはいるが、目の前のいかにも怪しい店に続く地下への階段を降りていく。
 黒と赤に統一された壁と内装、数々の拘束具や見るからに妖しい雰囲気の性玩具などが綺麗に陳列された店の中には店主とおぼしきスーツの男がでカウンターに佇んでいた。
「いらっしゃいませ。あらあ、珍しい。トラさんじゃない。お久しぶりです」
 柔らかい声だが少しトーンをあげて、鼻にかかったようなオネエ言葉を発しながら、店主は嬉しそうに佐倉に駆け寄って歓迎する。
 黒髪をオールバックにし、前髪が僅かにウエーブがかかり額に垂れ落ちている。
 見た目は目元が涼やかな美青年であるが、容姿を裏切るようなオネエ言葉が異質感を醸し出している。
「おお、一真、元気そうだな。今日来た用件っていうのはオマエに躾を頼みたいと思ってな」  
 ちらっと視線を肩の上にいる工藤へと向けて、佐倉はにやりと人の悪い笑みを浮かべる。
「まあ……あら、すごい元気そうな子ね」
 一真と呼ばれた男は、この店を経営しているオーナーで調教師を生業としていた。
 この界隈では、串崎一真を知らない筋の人はないといわれているくらい、腕の達つ調教師である。
「これは、わしの元上司なんだけどなあ。いかんせん暴れ馬でどうにもならなくてな。ガキの頃からわしが甘やかせちまったのもあるんだが」
 困っているんだと言いながらも、佐倉がほくそ笑んでいるように見えるので、串崎は口先のみで困ったわねと言葉を返すと、店のディスプレイにかかっている手枷を外し指先でそのフォックを外す。
「そうねえ、歳がいっている分、矯正は大変そうね。それで、トラさん、報酬はどれくらいかしら」
 真っ赤な顔をして今にも暴れだしそうな工藤を見据え、串崎はビニールテープの上から手枷を巻きつけて、慣れた手つきでしっかりと拘束する。
 そらっとその様子を面白がるかのように眺めた佐倉は、指を三本示しながらにっと笑う。
「そうだな、色をつけて三本は出そうか。甲斐さんが素直になってくれれば儲けもんだからな」
 手枷を嵌めた後に、足枷を嵌めようとする串崎に気がついて、工藤はドスの効いた怒号をあげる。
「って、何すんだ、このクソカマ、ぶち殺すぞ」
 唸るように響く罵倒にさして臆した様子もなく、串崎はにっこりと工藤の顎先を指で摘むと、柔らかな表情を向けて微笑みかける。
「はいはい。大丈夫よ。こわくないからね」
 まるで子供をあやすかのような口調で諭すように告げ、串崎は工藤の項に手にしていたスタンガンを躊躇なく押し当てた。
「……ッく……あッ」
「おーや、こわいこわい。言ってることとやってることが違うんじゃないか。一真」
 串崎の容赦ない所業に呆れたようにぼやく佐倉に、串崎は何を言っているのかといった視線を返す。
「あら、静かにさせないと暴れて怪我でもしたら大変だわ。うちに連れてきたのはトラさんよ」
 更に地下にある調教部屋へと続く扉の鍵を開きながら、佐倉に運んでくれとばかりに視線を向ける。
「そうだな。これでも一応、俺の元上司だったんでね……現場復帰できないほどにはしないように加減を頼む」
 本気で頼んでるのではなさそうな口調で、電撃で気を失っている工藤を地下へと運んでいく佐倉の後ろにつくと、串崎は面白そうに笑みを唇に刻んだ。
 
「そうね。とても難しい注文だけど……いいわよ。トラさんの頼みなら聞かないわけにはいかないわ」
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