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「兄様は……とても幸せそうですね」
廊下を歩きながら、歩弓はぽつりとどこか不満そうな口調で呟く。
「そうだな。結婚式で幸せでない新夫などいるのか」
「……どうでしょう。いるとは思いますよ。僕とか……」
これから祝いの席に向かうという兄に向けて告げる言葉にはほど遠いものに、統久は軽く吐息を漏らした。
数ヶ月前の結婚式で見せていた笑顔は、すべて偽物だったとでもいいたいのだろうか。
「何を言い出すんだ。セレナはいい女だろう」
「そうですね。とても優秀で僕には勿体無いくらいに素晴らしい方ですよ。でも、彼女は、貴方に惚れていた。アルファの女性は珍しいですから。自由が赦されなくて僕で手を打っただけだ」
なんとなく彼女の気持ちには気づいていた。
気づいていてなお、オメガである自分よりも弟にふさわしいと思い父親に紹介したのだ。
アルファで女性という聡明で美しい彼女であれば、歩弓も自分のことなど忘れて結婚に踏み切るだろうという打算もあった。
「……すまなかった。彼女を父に紹介したのは俺だ」
「知ってましたよ。彼女は、貴方の学生時代の後輩でしたよね」
「……そうか」
全部分かっていてそれでも歩弓が結婚を選んだのは、俺のためなのか面子のためなのか、わからない。
立ち止まって、真意を知りたいと肩を掴むと、ぐいっと廊下の壁に体をドンッと押し付けられる。
「貴方の運命の番は、僕なのに。どうして……番なんか作ったんです」
じっと目を見据えられて、統久はたじろいで首を横に振る。
「ちがう……よ」
結ばれるべき相手でなければ、運命などではない。
神様とやらがそれを決めたとしても、それが禁忌であるならば全力で抗うしかない。
「あの日、拒否できない貴方を犯したのは……僕なのに。どうして、父に言ってくれなかったんです。僕が、貴方の運命だと。そうすれば、貴方を誰も責めることなどできないのに」
運命の番の魅力には抗うことができない。
それは、都市伝説と言われてはいるが本当のことである。
発情期にその存在を確認してしまったら、体は勝手に開いて抗うことなどできずに受け入れてしまう。
それでも彼はまだ幼なかった弟相手に、淫らに欲望を曝け出した自分を一番断罪したかったのだ。
「ちがう……運命なんかじゃ……ない。兄弟は結婚できないのだから、運命じゃない。歩弓、俺はお前に幸せになってほしいんだ。運命だとかそんな戯言に踊らされるな」
誰よりも幸せになってほしい。
こんなにも穢れてしまった自分などはふさわしくはない。
「そうやって、一生僕を拒否しつづけるんですね」
番が出来た今は運命の相手を目の前にしても、フェロモンが溢れるようなことはなくなった。ほんのりと残り香のような香りだけを感じ取れるが、前のように息ができなくなるようなものはなかった。
だから今は、歩弓もフェロモンではなく運命と言う言葉に惑わされているだけのはずだ。
「俺には番がいる。……彼以外は見えないよ」
統久はきっぱりとそう告げて、目の前の彼をぐいと腕の檻から逃れるようにして、廊下を歩き始める。
「嘘だ。それなら……なんでそんなに求めるような眼で僕を見るんだ」
俺が求めるような眼で見ていた?
そんなのは歩弓の妄想だろう。
「……性的には求めてはいないよ、お前は弟だからね。だけど、俺はお前をこころから愛しているよ」
大切な弟だから、誰にも汚させはしない。
自分みたいな穢れた男には、彼は相応しくはない。
統久は強く言い置くと、親族の待つ部屋へと歩き出した。
廊下を歩きながら、歩弓はぽつりとどこか不満そうな口調で呟く。
「そうだな。結婚式で幸せでない新夫などいるのか」
「……どうでしょう。いるとは思いますよ。僕とか……」
これから祝いの席に向かうという兄に向けて告げる言葉にはほど遠いものに、統久は軽く吐息を漏らした。
数ヶ月前の結婚式で見せていた笑顔は、すべて偽物だったとでもいいたいのだろうか。
「何を言い出すんだ。セレナはいい女だろう」
「そうですね。とても優秀で僕には勿体無いくらいに素晴らしい方ですよ。でも、彼女は、貴方に惚れていた。アルファの女性は珍しいですから。自由が赦されなくて僕で手を打っただけだ」
なんとなく彼女の気持ちには気づいていた。
気づいていてなお、オメガである自分よりも弟にふさわしいと思い父親に紹介したのだ。
アルファで女性という聡明で美しい彼女であれば、歩弓も自分のことなど忘れて結婚に踏み切るだろうという打算もあった。
「……すまなかった。彼女を父に紹介したのは俺だ」
「知ってましたよ。彼女は、貴方の学生時代の後輩でしたよね」
「……そうか」
全部分かっていてそれでも歩弓が結婚を選んだのは、俺のためなのか面子のためなのか、わからない。
立ち止まって、真意を知りたいと肩を掴むと、ぐいっと廊下の壁に体をドンッと押し付けられる。
「貴方の運命の番は、僕なのに。どうして……番なんか作ったんです」
じっと目を見据えられて、統久はたじろいで首を横に振る。
「ちがう……よ」
結ばれるべき相手でなければ、運命などではない。
神様とやらがそれを決めたとしても、それが禁忌であるならば全力で抗うしかない。
「あの日、拒否できない貴方を犯したのは……僕なのに。どうして、父に言ってくれなかったんです。僕が、貴方の運命だと。そうすれば、貴方を誰も責めることなどできないのに」
運命の番の魅力には抗うことができない。
それは、都市伝説と言われてはいるが本当のことである。
発情期にその存在を確認してしまったら、体は勝手に開いて抗うことなどできずに受け入れてしまう。
それでも彼はまだ幼なかった弟相手に、淫らに欲望を曝け出した自分を一番断罪したかったのだ。
「ちがう……運命なんかじゃ……ない。兄弟は結婚できないのだから、運命じゃない。歩弓、俺はお前に幸せになってほしいんだ。運命だとかそんな戯言に踊らされるな」
誰よりも幸せになってほしい。
こんなにも穢れてしまった自分などはふさわしくはない。
「そうやって、一生僕を拒否しつづけるんですね」
番が出来た今は運命の相手を目の前にしても、フェロモンが溢れるようなことはなくなった。ほんのりと残り香のような香りだけを感じ取れるが、前のように息ができなくなるようなものはなかった。
だから今は、歩弓もフェロモンではなく運命と言う言葉に惑わされているだけのはずだ。
「俺には番がいる。……彼以外は見えないよ」
統久はきっぱりとそう告げて、目の前の彼をぐいと腕の檻から逃れるようにして、廊下を歩き始める。
「嘘だ。それなら……なんでそんなに求めるような眼で僕を見るんだ」
俺が求めるような眼で見ていた?
そんなのは歩弓の妄想だろう。
「……性的には求めてはいないよ、お前は弟だからね。だけど、俺はお前をこころから愛しているよ」
大切な弟だから、誰にも汚させはしない。
自分みたいな穢れた男には、彼は相応しくはない。
統久は強く言い置くと、親族の待つ部屋へと歩き出した。
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