2 / 28
2
しおりを挟む
「それじゃあ君が、ヒートに耐えられずに弟を襲ったというのだね」
医師の確認するような言葉に、彼は憔悴しきった表情で何も言わずに、ただ頷いて肯定する。
背後で聞いていた母親が泣き崩れる声に、ちらと振り返り、彼は少しだけ眉を動かしたが表情を変えることはなく、黙ったままそれ以上には弁解すらしなかった。
彼は大人びた表情をしていて、パッと見た印象では学生という歳には見えない。
精悍な男らしい面立ちは端正であるが、愛嬌のある少し下がった目元は女性受けしそうな愛嬌がある。堅めな黒髪は後れ毛が肩に掛かる程度で、すっきりと清潔そうに整えられている。
とてもではないが、一目では性犯罪を犯す人物には思えない。ただ一点、彼がオメガであるということを除けば、そんな要素は他にはまったく見当たらないのである。
医師は、端末に映し出されたカルテににオメガであること故の本件の異常行動と今回の見解を記すと、溜息を吐き出した。
彼が関わっている団体や学校から提出された素行調査票では、一様に勉学やスポーツ、また対外的な活動において完璧ともいえる優秀な人間であることが記されている。
目の前の彼を見ても、それが全て真実であるといえた。
それがこの件ですべて台無しになるなど、大きな損失以外の何物でもなかったのだ。
「……弁解などは、何もないのかい」
「弁解する理由はないです。自分の欲を満たすことしか考えていませんでした」
しっかりとした口調で答えると、医師をまっすぐに見据えて、
「先生、俺にもひとつ聞かせてください。俺には、抑制剤が効かないっていうのは、本当ですか」
ずっと黙っていた彼は、悲観しているような表情でもなく、ただ事実を確認するように彼は医師を問いただした。
彼はヒートを起こしてから、すぐに処方していた抑制剤をきちんと服用した。そして念のため実家に戻って鍵をかけた部屋に閉じこもった。そこまでしたのに、先日、アルファである十五歳の実の弟に無理矢理性交渉に及ばせたというのである。
オメガという性が発覚するまでは、このヒートという症状はただのセックス依存症だと考えられてきた。第三の性と認められると同時に、その発情を抑制させるクスリが開発された。それを摂取することで、オメガであっても十分普通の生活は送ることができるようになった。
その抑制剤が効かないということは、発情期を一般人と一緒に送る術がないということである。
彼に抑制剤が効かないことは、つい先ほど判明したばかりである。抑制剤が効かないのであれば、今回の件についても再犯の可能性が高くなる。
「百人に一人いるかどうかの症例だ。君がしたことは大きな問題だ。意思が伴わない結果というのは君には残酷な結果だけれど」
オメガ性が加害者というより被害者側の方が多く、危険性は少ないといわれているが、稀に通常の男性と変わらない者もいる。
第三の性と呼ばれるオメガは、劣等種と呼ばれるだけあり、見た目もたおやかな者が多いが彼にはその要素は容姿には見えなかった。
性犯罪を犯したもの、また危険性のあるものは専用の更生施設に入れられるのが常である。
彼は、見た目からすれば平均の男性よりも体格が優れているので、今回のこととで危険であると判断される。
社会に危害が及ばない存在と認められなければ、施設から外に出すわけにはいかなくなる。
一人の前途ある若者の未来を闇に葬ることになる診断結果に、医師は迷っているようだった。
医師は迷いながらも、定められた処置法を口にする。
「抑制剤が効かない以上、君は更生施設に入らなければならない。今回は事に及んだ相手が弟さんということと、薬をきちんと服用していたことも合わせて情状酌量となり、罪としては君に何も課せられることはないけれども……野放しにはできない。君にはわかるよね」
番の相手さえ見つけられればその症状は治まるし、ヒートの期間も相手と交渉することで短くすることはできる。更生施設の管理側でもアルファと積極的に協力し合っているようで、パートナーを見つけさせて社会復帰させているのだが、それでも自由と未来を拘束されることには違いないのだ。
「構いませんよ。俺も家では安心できない。いっそ、動けないように拘束くらいしてくれた方が気が楽です」
自分のことだというのに客観的ともいえる様子で、サバサバとなんでもないことのように彼は答えて、自分の手足を見つめる。
「君が気が強いのもわかるが、我慢せずに言いたいことを言えばいい。更生施設だなんて、本当は怖いだろう。君の家であれば、厳重な監視はされるだろうけど自宅療養っていう選択肢もとれるよ」
彼の実家にはそれだけの財産があるのは認知していたので、提案して意思を聞き返したが、あっさりと首を横に振られて、医師は不思議に思いながら答えを問うように彼を見返した。
「……もう、嫌なんだ。俺は、あんな思いは死んでもしたくない。家にいるほうが、怖い」
十八歳になるまで発情期がなかったというのも異例なほど遅いが、初めてきたヒートで弟と禁忌の交わりをしてしまったことが、彼にとってはショックが大きかったようで頑くなに拒む。
「統久、ちゃんと自宅を改装して、あなたが家でちゃんと暮らせるようにするから。あんな施設で何をされるかわかっているの?自棄をおこさないで」
母親が立ち上がって、まるでヒステリーのように統久と息子の名を叫んで、椅子に座る彼を抱きしめるが、彼は心底困ったような表情を浮かべるだけで、意思を翻そうとはしなかった。
「母さん。聞いてください。別に、自棄になっているわけではないのです。俺は、俺自身をコントロールできるようになりたい。俺には絶対にそれができる。そのためには、この症状について、もっと専門的なことを知らなくちゃいけない」
統久は別に自暴自棄になっているわけでもなく、建設的にこれからのことを考えた結果であることを母親に伝えて、背中をそっと撫でて慰める。
性犯罪抑止のために設けられたという、問題のあるオメガ用の施設は、施設内でのオメガの扱いが酷いと有名だった。そして、収容されたオメガは性処理奴隷のような扱いも受けているというもっぱらの噂があった。
父親は、大丈夫だというように母親を統久から引き離して、同じように宥めるように背中を擦る。
そして本意を探るように、自分の息子を見返した。統久が一度言い出したら人の言うことなどは聞きやしない性格なのは、父親はよく知っていた。
「私も施設については良い噂を聞かないよ。あそこのは局の者も立ち入り検査をおこなっているが、まったく尻尾をださない。そんな黒い噂があるところだ。オマエはそれでも行くというのか」
頑固な息子の性格を知っていたとしても、それでも確認してしまうのは、人の親たる性だろう。
他人には弱みをみせない息子の性格だけに、本音をいえないだけなのか、本当にそう考えているのかを知りたかったのかもしれない。
統久は父親の顔をしっかりと見据えて、父親の言葉にまるで面白いものを見つけたかのように眸の奥に光を宿す。
「家に居て、何か取り返しのつかないことになるよりは、ずっとマシですよ。……それに立ち入り検査で摘発できないような場所ならば、余計に、俺が潜入捜査の真似事でもしましょうか」
少しだけいつものような悪戯っぽさを孕んで答える言葉には、まったく偽りはなかった。
医師の確認するような言葉に、彼は憔悴しきった表情で何も言わずに、ただ頷いて肯定する。
背後で聞いていた母親が泣き崩れる声に、ちらと振り返り、彼は少しだけ眉を動かしたが表情を変えることはなく、黙ったままそれ以上には弁解すらしなかった。
彼は大人びた表情をしていて、パッと見た印象では学生という歳には見えない。
精悍な男らしい面立ちは端正であるが、愛嬌のある少し下がった目元は女性受けしそうな愛嬌がある。堅めな黒髪は後れ毛が肩に掛かる程度で、すっきりと清潔そうに整えられている。
とてもではないが、一目では性犯罪を犯す人物には思えない。ただ一点、彼がオメガであるということを除けば、そんな要素は他にはまったく見当たらないのである。
医師は、端末に映し出されたカルテににオメガであること故の本件の異常行動と今回の見解を記すと、溜息を吐き出した。
彼が関わっている団体や学校から提出された素行調査票では、一様に勉学やスポーツ、また対外的な活動において完璧ともいえる優秀な人間であることが記されている。
目の前の彼を見ても、それが全て真実であるといえた。
それがこの件ですべて台無しになるなど、大きな損失以外の何物でもなかったのだ。
「……弁解などは、何もないのかい」
「弁解する理由はないです。自分の欲を満たすことしか考えていませんでした」
しっかりとした口調で答えると、医師をまっすぐに見据えて、
「先生、俺にもひとつ聞かせてください。俺には、抑制剤が効かないっていうのは、本当ですか」
ずっと黙っていた彼は、悲観しているような表情でもなく、ただ事実を確認するように彼は医師を問いただした。
彼はヒートを起こしてから、すぐに処方していた抑制剤をきちんと服用した。そして念のため実家に戻って鍵をかけた部屋に閉じこもった。そこまでしたのに、先日、アルファである十五歳の実の弟に無理矢理性交渉に及ばせたというのである。
オメガという性が発覚するまでは、このヒートという症状はただのセックス依存症だと考えられてきた。第三の性と認められると同時に、その発情を抑制させるクスリが開発された。それを摂取することで、オメガであっても十分普通の生活は送ることができるようになった。
その抑制剤が効かないということは、発情期を一般人と一緒に送る術がないということである。
彼に抑制剤が効かないことは、つい先ほど判明したばかりである。抑制剤が効かないのであれば、今回の件についても再犯の可能性が高くなる。
「百人に一人いるかどうかの症例だ。君がしたことは大きな問題だ。意思が伴わない結果というのは君には残酷な結果だけれど」
オメガ性が加害者というより被害者側の方が多く、危険性は少ないといわれているが、稀に通常の男性と変わらない者もいる。
第三の性と呼ばれるオメガは、劣等種と呼ばれるだけあり、見た目もたおやかな者が多いが彼にはその要素は容姿には見えなかった。
性犯罪を犯したもの、また危険性のあるものは専用の更生施設に入れられるのが常である。
彼は、見た目からすれば平均の男性よりも体格が優れているので、今回のこととで危険であると判断される。
社会に危害が及ばない存在と認められなければ、施設から外に出すわけにはいかなくなる。
一人の前途ある若者の未来を闇に葬ることになる診断結果に、医師は迷っているようだった。
医師は迷いながらも、定められた処置法を口にする。
「抑制剤が効かない以上、君は更生施設に入らなければならない。今回は事に及んだ相手が弟さんということと、薬をきちんと服用していたことも合わせて情状酌量となり、罪としては君に何も課せられることはないけれども……野放しにはできない。君にはわかるよね」
番の相手さえ見つけられればその症状は治まるし、ヒートの期間も相手と交渉することで短くすることはできる。更生施設の管理側でもアルファと積極的に協力し合っているようで、パートナーを見つけさせて社会復帰させているのだが、それでも自由と未来を拘束されることには違いないのだ。
「構いませんよ。俺も家では安心できない。いっそ、動けないように拘束くらいしてくれた方が気が楽です」
自分のことだというのに客観的ともいえる様子で、サバサバとなんでもないことのように彼は答えて、自分の手足を見つめる。
「君が気が強いのもわかるが、我慢せずに言いたいことを言えばいい。更生施設だなんて、本当は怖いだろう。君の家であれば、厳重な監視はされるだろうけど自宅療養っていう選択肢もとれるよ」
彼の実家にはそれだけの財産があるのは認知していたので、提案して意思を聞き返したが、あっさりと首を横に振られて、医師は不思議に思いながら答えを問うように彼を見返した。
「……もう、嫌なんだ。俺は、あんな思いは死んでもしたくない。家にいるほうが、怖い」
十八歳になるまで発情期がなかったというのも異例なほど遅いが、初めてきたヒートで弟と禁忌の交わりをしてしまったことが、彼にとってはショックが大きかったようで頑くなに拒む。
「統久、ちゃんと自宅を改装して、あなたが家でちゃんと暮らせるようにするから。あんな施設で何をされるかわかっているの?自棄をおこさないで」
母親が立ち上がって、まるでヒステリーのように統久と息子の名を叫んで、椅子に座る彼を抱きしめるが、彼は心底困ったような表情を浮かべるだけで、意思を翻そうとはしなかった。
「母さん。聞いてください。別に、自棄になっているわけではないのです。俺は、俺自身をコントロールできるようになりたい。俺には絶対にそれができる。そのためには、この症状について、もっと専門的なことを知らなくちゃいけない」
統久は別に自暴自棄になっているわけでもなく、建設的にこれからのことを考えた結果であることを母親に伝えて、背中をそっと撫でて慰める。
性犯罪抑止のために設けられたという、問題のあるオメガ用の施設は、施設内でのオメガの扱いが酷いと有名だった。そして、収容されたオメガは性処理奴隷のような扱いも受けているというもっぱらの噂があった。
父親は、大丈夫だというように母親を統久から引き離して、同じように宥めるように背中を擦る。
そして本意を探るように、自分の息子を見返した。統久が一度言い出したら人の言うことなどは聞きやしない性格なのは、父親はよく知っていた。
「私も施設については良い噂を聞かないよ。あそこのは局の者も立ち入り検査をおこなっているが、まったく尻尾をださない。そんな黒い噂があるところだ。オマエはそれでも行くというのか」
頑固な息子の性格を知っていたとしても、それでも確認してしまうのは、人の親たる性だろう。
他人には弱みをみせない息子の性格だけに、本音をいえないだけなのか、本当にそう考えているのかを知りたかったのかもしれない。
統久は父親の顔をしっかりと見据えて、父親の言葉にまるで面白いものを見つけたかのように眸の奥に光を宿す。
「家に居て、何か取り返しのつかないことになるよりは、ずっとマシですよ。……それに立ち入り検査で摘発できないような場所ならば、余計に、俺が潜入捜査の真似事でもしましょうか」
少しだけいつものような悪戯っぽさを孕んで答える言葉には、まったく偽りはなかった。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる