竜攘虎搏 Side Dragon

怜悧(サトシ)

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満願成就

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 俺の母親は、県会議員の娘でドイツに留学していた時に知り合った父に恋に落ちた。
 父はドイツの病院で医師として働いていて、父には既に婚約者がいた。
 だけど母は、どうしても父が欲しくて交際をせまり俺を宿すと、親の権力をかさにしてドイツの病院の医院長にも圧力をかけて父と結婚した。
 だけど、そんなんじゃ本当の愛情など得られはしない。
 父はずっと婚約者を思っていたし、母親との間にできた俺になど愛情はなかった。
 父が母親とは、俺が小学校を卒業するまでと約束していたのも、婚約者の方に子供がいることも、幼心に俺は分かっていた。

 ドイツから戻り、俺が小学校を卒業したあと、約束どおり父と母は離婚した。
 母は甘やかされて育ったお嬢様なので、まだ、看護師をしていれば、必ず父が戻ってくると信じている。
 母親からは一応の愛情はあったけど、父の代わりの代償的なものだった。だから、俺は好きだと言われたり頼られたり、人から受ける好意には弱い。
 愛されたがりだと、自分でも思う。
 だから俺だけを見てくれるなんて言われたときには、ホントに弱くなってしまう。
 お人好しとが言われても、仲間を守りたくなるのも、助けに行きたくなるのも、全部そうだ。
 人からの愛情がほしい。
 信じてなんかいないくせに、人一倍欲しがっている。
 虎王のこともなんで許すのか、なんで受け入れるのか?
 彼がたまに見せてくれた優しい態度が乾いていた心に、なんだか水がしみこむように感じたからだ。
 そんなこと言っても、多分、虎王にはわからないし、俺しか知りえないこと。

 どうして、彼だったかなんて、俺にもわからない。
 口では決して好きだとか言わなかった分、態度で感じ取れたからかもしれない。
 

 虎王のバイクにタンデムして背中に抱きつくのは心地よい。
 スピード感はやっぱりバイクだよね。
 最近、虎王のバイクのタンデムが多い。
 俺もバイクの免許とりいきたかったが軍資金はないので仕方がない。
 これから初めて虎王の家に行くことになったのだが、家族に挨拶をどうしようか悩んでいたら一人暮しらしい。
 今まで、俺の家にくるパターンしかなかったので知らなかったのだが、結構な贅沢者である。

「ヤベェ、囲まれた」
 バイクで東高の制服着てっと、よくチームの奴らに囲みくらうとは聞いている。
 見回すと、並走して十台くらいついてくる。
 俺らの初デートを邪魔するなんて、馬に蹴られてしんじまえ。
 馬というか、むしろ俺が蹴ってやるけどね。
「そこの路地で片付けようぜ」
 俺は虎王の肩を叩き、路地を指差し左折を促す。
 面倒だが大事なデートの時間を邪魔されたくはないな。
 虎王は指示通り、路地へ入り込み奥にバイクを停める。
 俺はメットを外すとタンデムを降りて座席の上に置く。
「なんか用?」
 バイクの奴らにゆっくりと間合いをとりながら近寄る。
「高そうないいバイクに乗ってる奴がいるからさ、カンパしてもらおうかと思ってね」
 先頭を走っていた男が、俺を値踏みするような目で見てくる。
 やっぱり、虎王のバイク高いモノなんだな。
 見た目もかっけえから、結構高価な気はしていた。
「カンパ?カンパ、乾パン……乾パンはもってねえけど、かにパンならあげよっか?」
 ズボンのポケットに入っていたかにパンを、差し出すと間髪おかずに拳が降ってくる。
 パシッと受け止めて、ギュッと握り返してバイクからお兄さんを勢いよく引きずり下ろす。
「かにパンキライ?」
「テメェ、スコーピオンだと知って喧嘩売ってんのか?」
 スコーピオン?あんまりチーム名とかは、知らないけどな。
「知らないよ。スコーピオンさん。さそりパンは売ってないから、このかにパンで我慢してよ」
 折角出したのでなんとなく勿体無いから、かにパンを齧る。
「なに遊んでンだよ、士龍。時間もったねえよ」
 後ろから来た虎王は問答無用で、バイクの奴らを引きずり回すように殴り始めている。
「東高の富田?」
 相手は虎王に怯んで、後ろの方のは逃げ出している。
「そうそう、コッチの抜けてんのは、眞壁士龍だからね、怒らせないうちに逃げた方がいいぜ」
 虎王はわざわざ俺の紹介もしてくれて、逃げ腰の奴らを捕まえて壁際へ追い込んでいる。
 俺は、先頭のヤツの拳に力を込めて握力だけでバキバキと骨を砕いた。
「ま、まさか、ッ、ま、かべ、ヒギィァァァ!!!」
「かにパンにはカルシウムたっぷりだから、オススメだぞ」
 食いかけのかにパンを、悲鳴をあげている口に押し込んで、バイクへと戻る。
「おい、食いかけ食わせてんな!間接チューになんだろッ」
 なんだかぷりぷりして戻ってきた虎王が可愛いなと思いながら、タンデムに跨る。
「オマエには直接チューいっぱいすっから、かにパンごときのちっちぇーコト気にするな」
 背後から虎王の耳元に囁くと、カッと肌が赤く染まる。
「くっそ、覚えてろよ!ヒイヒイ言わしてやっからな」
 照れ隠しに吐いた言葉が、なんだか可愛くてたまらないな。
「期待しとくぜ」
 ヘルメットを被り虎王の腰に腕を巻きつけた。
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