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第一話 拳銃遣いと龍少女
エピローグ アフターザット
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日射しに焼かれて風任せ
日がな一日馬の背ゆられ
行方知らずのガンマン旅路
世界が茜に染まるのは
大地が啼いているからなのか
乾いた土に乾いた風、鼓膜をくすぐる音といえば枯れ草の顰め声ばかり。一日移動し通しだったが、誰とも会わなかったのは幸いだった。話すようなこともないし、話したい気分でもないからだ。下手な旅人に出会うくらいならば、いっそ野盗にでも襲われた方がマシとさえ思える、世間話するよりも悪党に鉛玉ブチ込む方が気分がスッキリすることだろうが、こういう望んだ時に限って不幸ってのは訪れないものだ。
ただ漫然と歩き続けたレイヴンが一日の終わりとして選んだのは、見晴らしの良い崖の縁。遠くで荒野の赤と草原の緑がせめぎ合う境界線を、夕陽の朱が塗りつぶしているのが良く見える、幻想的な景色を臨める場所だった。明日の朝になれば、また別の顔をした景色に驚かされるだろう、広大な西部にあってはどんな場所でも寝起きすれば景色が変わる。
野営の準備をしてから、レイヴンは横たえた大荷物に目を向ける。此処ならば、きっと彼女も気にいるはずだ。身を隠せるような洞穴の代わりに美しい景色と空が近い、龍が眠るにはうってつけの場所と言える。
――ぱちり、
と薪が音を立てる、レイヴンは魔銃を手にして炎を見つめていた。炎が揺らめき具合を変える度に、かつての仲間がそこによぎる。
吞み、喰い、騒ぎ、馬鹿をやった思い出の数々、そして表情や小さな癖まで脳裏に浮かびあがり、最後にちらりと焔が見せたのは、金髪の美しい女性の笑顔、この手で撃った女性の笑顔だった。
銃把が短く悲鳴を上げる、レイヴンの右手は力一杯魔銃を握りしめていた。
――魔女か、それとも悪党か。本当に憎むべき相手は誰なのか。
堂々巡りの夕暮れだ、それに考える時間は山ほどある。果たして正しい選択だったのか、考えたところで取り返しなどつかないが、考えない日はない。そして悩む時にはいつだって銃が絡んでくるのだ、しかし、彼が緊張感を纏っているのはまた別の理由である。悪夢のリトライに備えるように抜かりなく、撃鉄は既に起こしてあった。
その時、動くはずのない荷物が、もぞりと動いたのである。
最初は小さく身動いだだけだったが、徐々に身体を捻らせて繭の出口を探す幼虫のように蠢くと、やがて黄金の髪が風にたなびいたのだった。
撃つのか、どうするか。レイヴンは静かに次の動向を観察していた。場合によっては悪夢再びで、彼はアイリスの瞳を直視して言葉を待つ。そして――
「う~ん……」
ゆっくり身体を起こしたアイリスは黄金の瞳を瞬かせ、しょぼくれた焦点をしばらく夕空に漂わせてから、ようやくたき火越しの人影に気が付いたようだった。
「そこにいるのは……レイ、ヴン……ですか?」
「目が醒めたか、それともまだ悪夢の中か」
胸元がはだけアイリスの白い胸元が露わになるが、彼女は気に留めた様子もなくぼんやりとレイヴンを見つめて、力なく微笑んだ。
「よく憶えていないんです。霞がかった記憶を酷い夢だったと思いたいですが、どうやらあなたの言葉から察するに現実だったみたいですね。なぜ銃を抜いているんです?」
「これか……。気にするな、気分は?」
見慣れた瞳の柔らかさにレイヴンは撃鉄を戻した。
「そうですね。最悪の下があるとすれば、今はそんな気分です。……レイヴン、教えてください。わたしは一体何をしたんです?」
「大したことはしてない、気にするな」
「レイヴン、子供扱いしないでくださいと言いましたよね。記憶が無くても自分のしたことに責任を持ちたいんです。様々な感情が入り交じって、まるでこの世の終わりを歩いているようでした。その挙げ句、あなたを傷つけた。それだけはハッキリと憶えているんです、恐ろしい事に……」
告げる彼女の眼差しは力強く、真実だけを望んでいた。だからこそレイヴンは彼女に包み隠さず事実を語る。
「レイチェルに呪いをかけられた。操られ、魔力が暴走して、耐えようとしたが暴れ散らして、そしてあいつが憎んだように俺を殺そうとした」
「ああ、レイヴン! わたし、なんて――」
「待てアイリス、謝るな。お前の本心じゃないのは分かってる、俺だって恨んじゃいない。もしも本当にお前の心が魔女に喰われていたなら、俺なんか生きちゃいない、なんせ魔法を至近距離で喰らっても動じない龍が相手だからな」
「…………んぅ」
複雑だろう、アイリスはまさしく渋い表情だが、誤魔化したところで何が変わるわけでなし、レイヴンは僅かに口元を吊り上げてやった。
「気にするなって言ったろ、図体に比べて気が小さい」
「はい……。ねえレイヴン、隣に行ってもいいです?」
すんなり切り替えるのは難しいだろうが、流石に鬱陶しいくらいに気に病む彼女を、黙ってレイヴンは見つめてやる。自分がどうしたいかくらい、自分で決めれば良い。
すると彼女は「よいしょ」と四つん這いでレイヴンに近づく、たき火に照らされる肢体の陰影が艶めかしく蠢いていた。そのくせ純真無垢の笑顔は照らされる前から輝いていて、身を寄せた彼女は眩しくて堪らない。
「えへへ、不思議な感じです」
「気持ちの悪い笑い方だな。どうした」
「近いほど落ち着くんですよ。向かい合って語るよりも、こうして隣で触れ合ってあなたの体温を感じていると、不安という不安が和らいでいくんです。深淵へと転げ落ちる時であろうとも、あなたがいてくれれば怖れもない。友達もいましたよ? でも、心から安堵できる相手はレイヴンしかいないと感じるんです、人は無数に溢れているのにあなた以上の人はいないと思うのです。星々は重なり合うことはありえない、でも光は交わりあう。不思議でしょう?」
「……詩的だな」
アイリスは手をそっと伸ばしてレイヴンの腕を抱きしめると、身体を預け目を瞑り、深い呼吸で心も預けた。
「そうだレイヴン、一つ気になることがあるんです」
「助かったんだ。細かい事はいいじゃねえかよ」
レイヴンが見遣るのはアイリスの胸元、そこに残るのは痛々しい銃創である。傷は既に塞がっているが、彼女は肌を隠そうともしないから、嫌でも目に付いてしまう。
「その通りですけれど、ボビーや皆さんにお別れを言えなかったのが残念です。たくさんお世話になったのに、一言も言わず別れてしまいました」
「あれこれ詮索されない為にはどうするのが一番か知ってるか?」
アイリスは首を傾げた。
「さぁ、思い浮かびません」
「簡単だ、死んだことにすれば良い。わざわざ墓を暴いてまで質問したがる奴はいない、よしんば暴いたとしても死人は喋れないしな」
「理屈は分かりますけど、どうしてそんなことを?」
「お前が暴れ散らしたからだ。龍が人に化けてるなんて噂が広まったら旅がしにくくなる、ただでさえアイリスは人目を集めるんだ、自分がどれだけ目立つか分かってないだろ」
「あぁ……」と溜息。レイヴンの言葉は警鐘であったが、当人はにんまりと笑みを堪えられずにいた。
「それはつまりですよレイヴン、わたしに魅力を感じていると理解していいんです?」
「…………聞きたかった事ってのはこのことなのか?」
つっけんどんにレイヴンが質問で返すと、アイリスは顔を離してじっくりと彼を見つめた。知りたいのは他のことらしい。
「えへへ、そうでした。危うく満足してしまうところでした」
「それで質問は?」
「レイヴンはどうやって魔女の呪いを解いてくれたんです? 魔法が使えないあなたでは、手段がなかったはずなのに」
的を射た質問である。
レイヴンは人間で男性、魔法を扱う魔女とは対極にある存在だから、どうやって魔女の呪いを――しかも龍が抗えないほど強力な呪いを解いたのかはアイリスでなくても気になるところだろう。不可解な点は数あれど、答えられるのはこれまたレイヴンしかいないのが、また不思議な点である。
魔法に対して普通の銃ではどうしてようもないのは明らかで、その答えはやはり彼の腰に提がっている魔銃に秘められていた。
「俺は、アイリスに狙いを付けてた。眉間ここだ」
たかだか数時間前の記憶だ。まだあの場にいる感覚を憶えているレイヴンの指が、こつりとアイリスの額を弾く。
「魔銃を持って、狙いを定めた。せめて苦しまないようにな。その時だった、黒い影がお前の身体を包んでいるのが見えた……、禍々しいタールの塊みたく纏わり付いてるのが……」
「いいんですレイヴン。どうぞ、続けてください」
「その影は俺を睨んでいた、俺もその影を睨んだ。焔のような眼光がお前の胸元で揺らいでいて、お前を撃っても終わらないと直感が告げた、終わらせるには影を仕留めるしかないと。だから、瞳が宿ってた場所を撃った、つまり、お前の胸を――」
指された場所をさすり、アイリスはようやく銃創に気が付いたようだったが、恨み言の一つも溢さず彼女は微笑むだけ。
「そして見事、呪いを解いてくれたんですね。あなたには助けてもらってばかりです」
「お互い様だな、レイチェルと戦ってる時にお前が来なかったらと思うとゾッとする。……正直、何が起きたのか俺にもよくわからねえんだ。けど、銃爪を引く瞬間に迷いは無かった、助かると信じてたのかもな」
「賭に出た……表現あってます? でも、わたしには、その理由がわかりますよレイヴン」
そう言ったアイリスはどことなく恥ずかしげで、嬉しそうでもあった。さっきから気になってはいたが、彼女は呪われ撃たれたというのに喜びを隠そうともしていない。
「レイヴン、魔具とは持ち主の願いを形にしたり、叶えたりする力があるんです、良くも悪くも。盗賊達から酷い扱いを受けてきたレイチェルには他者をひれ伏させる圧倒的力を、そしてあなたには仇を討つ為に必要な力を与えました。形も同様です、彼女には身を飾る宝珠として、あなたには銃の形を取って現れました」
「まぁ、そうだな。最初に魔具を手にした時に求めたのは、確かに銃だった」
「慣れ親しんでいたというのもあるかもしれません。つまりですね、強く欲する感情など、持ち主が願い求める物に魔具は反応する、と言うわけです。ここまでは大丈夫です?」
口を結んでレイヴンは頷くだけだったが、寧ろアイリスは湧き出る感情をありのまま表現していた。その証拠に彼女の口元には眩しいくらいの笑みが浮かんでいる。
「で、ですね、レイヴン? 最初に尋ねた、わたしの気になることに話を戻しますとぉ――、あなたは一体、何を願って魔銃の銃爪を引いたのでしょうか?」
アイリスはニッコニコだった。
何もかも承知の上でなお言葉にして聞き出したい。が、しかし、答えなくても分かってますよとひしゃげる笑みが、なんというか非常に鬱陶しく、レイヴンはハットを目深に被ってたき火の方へと目を逃がす。
「ふふ、レイヴンは恥ずかしがり屋さんです」
いつしか夕陽は地平線に消え、欠けた月が空に昇っていた。
不意に風が吹いて、たき火が横に流れる。
眺めていたレイヴンの視界を覆ったのは黄金の遮幕、払った彼の眼前には龍人の姿となったアイリスの横顔があった。
白き鱗と流麗な翼は滑らかで
自由奔放にたなびく金髪から伸びるは見事な二本角
白黒眼に浮かぶ瞳は月夜の如き輝きで一人の男を見つめていた。
そしてその龍少女は拳銃遣いにこう囁く
「ハウディ、レイヴン」
「……ハウディ、アイリス」
一つのたき火が創り出すのは影一つ
長い旅路の始まりを告げる物語は、こうして幕を下ろしたのだった。
日がな一日馬の背ゆられ
行方知らずのガンマン旅路
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乾いた土に乾いた風、鼓膜をくすぐる音といえば枯れ草の顰め声ばかり。一日移動し通しだったが、誰とも会わなかったのは幸いだった。話すようなこともないし、話したい気分でもないからだ。下手な旅人に出会うくらいならば、いっそ野盗にでも襲われた方がマシとさえ思える、世間話するよりも悪党に鉛玉ブチ込む方が気分がスッキリすることだろうが、こういう望んだ時に限って不幸ってのは訪れないものだ。
ただ漫然と歩き続けたレイヴンが一日の終わりとして選んだのは、見晴らしの良い崖の縁。遠くで荒野の赤と草原の緑がせめぎ合う境界線を、夕陽の朱が塗りつぶしているのが良く見える、幻想的な景色を臨める場所だった。明日の朝になれば、また別の顔をした景色に驚かされるだろう、広大な西部にあってはどんな場所でも寝起きすれば景色が変わる。
野営の準備をしてから、レイヴンは横たえた大荷物に目を向ける。此処ならば、きっと彼女も気にいるはずだ。身を隠せるような洞穴の代わりに美しい景色と空が近い、龍が眠るにはうってつけの場所と言える。
――ぱちり、
と薪が音を立てる、レイヴンは魔銃を手にして炎を見つめていた。炎が揺らめき具合を変える度に、かつての仲間がそこによぎる。
吞み、喰い、騒ぎ、馬鹿をやった思い出の数々、そして表情や小さな癖まで脳裏に浮かびあがり、最後にちらりと焔が見せたのは、金髪の美しい女性の笑顔、この手で撃った女性の笑顔だった。
銃把が短く悲鳴を上げる、レイヴンの右手は力一杯魔銃を握りしめていた。
――魔女か、それとも悪党か。本当に憎むべき相手は誰なのか。
堂々巡りの夕暮れだ、それに考える時間は山ほどある。果たして正しい選択だったのか、考えたところで取り返しなどつかないが、考えない日はない。そして悩む時にはいつだって銃が絡んでくるのだ、しかし、彼が緊張感を纏っているのはまた別の理由である。悪夢のリトライに備えるように抜かりなく、撃鉄は既に起こしてあった。
その時、動くはずのない荷物が、もぞりと動いたのである。
最初は小さく身動いだだけだったが、徐々に身体を捻らせて繭の出口を探す幼虫のように蠢くと、やがて黄金の髪が風にたなびいたのだった。
撃つのか、どうするか。レイヴンは静かに次の動向を観察していた。場合によっては悪夢再びで、彼はアイリスの瞳を直視して言葉を待つ。そして――
「う~ん……」
ゆっくり身体を起こしたアイリスは黄金の瞳を瞬かせ、しょぼくれた焦点をしばらく夕空に漂わせてから、ようやくたき火越しの人影に気が付いたようだった。
「そこにいるのは……レイ、ヴン……ですか?」
「目が醒めたか、それともまだ悪夢の中か」
胸元がはだけアイリスの白い胸元が露わになるが、彼女は気に留めた様子もなくぼんやりとレイヴンを見つめて、力なく微笑んだ。
「よく憶えていないんです。霞がかった記憶を酷い夢だったと思いたいですが、どうやらあなたの言葉から察するに現実だったみたいですね。なぜ銃を抜いているんです?」
「これか……。気にするな、気分は?」
見慣れた瞳の柔らかさにレイヴンは撃鉄を戻した。
「そうですね。最悪の下があるとすれば、今はそんな気分です。……レイヴン、教えてください。わたしは一体何をしたんです?」
「大したことはしてない、気にするな」
「レイヴン、子供扱いしないでくださいと言いましたよね。記憶が無くても自分のしたことに責任を持ちたいんです。様々な感情が入り交じって、まるでこの世の終わりを歩いているようでした。その挙げ句、あなたを傷つけた。それだけはハッキリと憶えているんです、恐ろしい事に……」
告げる彼女の眼差しは力強く、真実だけを望んでいた。だからこそレイヴンは彼女に包み隠さず事実を語る。
「レイチェルに呪いをかけられた。操られ、魔力が暴走して、耐えようとしたが暴れ散らして、そしてあいつが憎んだように俺を殺そうとした」
「ああ、レイヴン! わたし、なんて――」
「待てアイリス、謝るな。お前の本心じゃないのは分かってる、俺だって恨んじゃいない。もしも本当にお前の心が魔女に喰われていたなら、俺なんか生きちゃいない、なんせ魔法を至近距離で喰らっても動じない龍が相手だからな」
「…………んぅ」
複雑だろう、アイリスはまさしく渋い表情だが、誤魔化したところで何が変わるわけでなし、レイヴンは僅かに口元を吊り上げてやった。
「気にするなって言ったろ、図体に比べて気が小さい」
「はい……。ねえレイヴン、隣に行ってもいいです?」
すんなり切り替えるのは難しいだろうが、流石に鬱陶しいくらいに気に病む彼女を、黙ってレイヴンは見つめてやる。自分がどうしたいかくらい、自分で決めれば良い。
すると彼女は「よいしょ」と四つん這いでレイヴンに近づく、たき火に照らされる肢体の陰影が艶めかしく蠢いていた。そのくせ純真無垢の笑顔は照らされる前から輝いていて、身を寄せた彼女は眩しくて堪らない。
「えへへ、不思議な感じです」
「気持ちの悪い笑い方だな。どうした」
「近いほど落ち着くんですよ。向かい合って語るよりも、こうして隣で触れ合ってあなたの体温を感じていると、不安という不安が和らいでいくんです。深淵へと転げ落ちる時であろうとも、あなたがいてくれれば怖れもない。友達もいましたよ? でも、心から安堵できる相手はレイヴンしかいないと感じるんです、人は無数に溢れているのにあなた以上の人はいないと思うのです。星々は重なり合うことはありえない、でも光は交わりあう。不思議でしょう?」
「……詩的だな」
アイリスは手をそっと伸ばしてレイヴンの腕を抱きしめると、身体を預け目を瞑り、深い呼吸で心も預けた。
「そうだレイヴン、一つ気になることがあるんです」
「助かったんだ。細かい事はいいじゃねえかよ」
レイヴンが見遣るのはアイリスの胸元、そこに残るのは痛々しい銃創である。傷は既に塞がっているが、彼女は肌を隠そうともしないから、嫌でも目に付いてしまう。
「その通りですけれど、ボビーや皆さんにお別れを言えなかったのが残念です。たくさんお世話になったのに、一言も言わず別れてしまいました」
「あれこれ詮索されない為にはどうするのが一番か知ってるか?」
アイリスは首を傾げた。
「さぁ、思い浮かびません」
「簡単だ、死んだことにすれば良い。わざわざ墓を暴いてまで質問したがる奴はいない、よしんば暴いたとしても死人は喋れないしな」
「理屈は分かりますけど、どうしてそんなことを?」
「お前が暴れ散らしたからだ。龍が人に化けてるなんて噂が広まったら旅がしにくくなる、ただでさえアイリスは人目を集めるんだ、自分がどれだけ目立つか分かってないだろ」
「あぁ……」と溜息。レイヴンの言葉は警鐘であったが、当人はにんまりと笑みを堪えられずにいた。
「それはつまりですよレイヴン、わたしに魅力を感じていると理解していいんです?」
「…………聞きたかった事ってのはこのことなのか?」
つっけんどんにレイヴンが質問で返すと、アイリスは顔を離してじっくりと彼を見つめた。知りたいのは他のことらしい。
「えへへ、そうでした。危うく満足してしまうところでした」
「それで質問は?」
「レイヴンはどうやって魔女の呪いを解いてくれたんです? 魔法が使えないあなたでは、手段がなかったはずなのに」
的を射た質問である。
レイヴンは人間で男性、魔法を扱う魔女とは対極にある存在だから、どうやって魔女の呪いを――しかも龍が抗えないほど強力な呪いを解いたのかはアイリスでなくても気になるところだろう。不可解な点は数あれど、答えられるのはこれまたレイヴンしかいないのが、また不思議な点である。
魔法に対して普通の銃ではどうしてようもないのは明らかで、その答えはやはり彼の腰に提がっている魔銃に秘められていた。
「俺は、アイリスに狙いを付けてた。眉間ここだ」
たかだか数時間前の記憶だ。まだあの場にいる感覚を憶えているレイヴンの指が、こつりとアイリスの額を弾く。
「魔銃を持って、狙いを定めた。せめて苦しまないようにな。その時だった、黒い影がお前の身体を包んでいるのが見えた……、禍々しいタールの塊みたく纏わり付いてるのが……」
「いいんですレイヴン。どうぞ、続けてください」
「その影は俺を睨んでいた、俺もその影を睨んだ。焔のような眼光がお前の胸元で揺らいでいて、お前を撃っても終わらないと直感が告げた、終わらせるには影を仕留めるしかないと。だから、瞳が宿ってた場所を撃った、つまり、お前の胸を――」
指された場所をさすり、アイリスはようやく銃創に気が付いたようだったが、恨み言の一つも溢さず彼女は微笑むだけ。
「そして見事、呪いを解いてくれたんですね。あなたには助けてもらってばかりです」
「お互い様だな、レイチェルと戦ってる時にお前が来なかったらと思うとゾッとする。……正直、何が起きたのか俺にもよくわからねえんだ。けど、銃爪を引く瞬間に迷いは無かった、助かると信じてたのかもな」
「賭に出た……表現あってます? でも、わたしには、その理由がわかりますよレイヴン」
そう言ったアイリスはどことなく恥ずかしげで、嬉しそうでもあった。さっきから気になってはいたが、彼女は呪われ撃たれたというのに喜びを隠そうともしていない。
「レイヴン、魔具とは持ち主の願いを形にしたり、叶えたりする力があるんです、良くも悪くも。盗賊達から酷い扱いを受けてきたレイチェルには他者をひれ伏させる圧倒的力を、そしてあなたには仇を討つ為に必要な力を与えました。形も同様です、彼女には身を飾る宝珠として、あなたには銃の形を取って現れました」
「まぁ、そうだな。最初に魔具を手にした時に求めたのは、確かに銃だった」
「慣れ親しんでいたというのもあるかもしれません。つまりですね、強く欲する感情など、持ち主が願い求める物に魔具は反応する、と言うわけです。ここまでは大丈夫です?」
口を結んでレイヴンは頷くだけだったが、寧ろアイリスは湧き出る感情をありのまま表現していた。その証拠に彼女の口元には眩しいくらいの笑みが浮かんでいる。
「で、ですね、レイヴン? 最初に尋ねた、わたしの気になることに話を戻しますとぉ――、あなたは一体、何を願って魔銃の銃爪を引いたのでしょうか?」
アイリスはニッコニコだった。
何もかも承知の上でなお言葉にして聞き出したい。が、しかし、答えなくても分かってますよとひしゃげる笑みが、なんというか非常に鬱陶しく、レイヴンはハットを目深に被ってたき火の方へと目を逃がす。
「ふふ、レイヴンは恥ずかしがり屋さんです」
いつしか夕陽は地平線に消え、欠けた月が空に昇っていた。
不意に風が吹いて、たき火が横に流れる。
眺めていたレイヴンの視界を覆ったのは黄金の遮幕、払った彼の眼前には龍人の姿となったアイリスの横顔があった。
白き鱗と流麗な翼は滑らかで
自由奔放にたなびく金髪から伸びるは見事な二本角
白黒眼に浮かぶ瞳は月夜の如き輝きで一人の男を見つめていた。
そしてその龍少女は拳銃遣いにこう囁く
「ハウディ、レイヴン」
「……ハウディ、アイリス」
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