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第一話 拳銃遣いと龍少女

正義の代償Part.1

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 必要なのは銃と弾薬である。

 出来るだけ人目を避ける為に、数人に別れて買い物をするらしく、順番待ちとなった牧場主達は酒場へと足を向けているが、彼等と一緒に一杯引っ掛ける気にもなれず、 あくまでも護衛として同伴していたレイヴンは、銃砲店へと入っていくボビーやジョン達を見送るだけで、結局ただ通りで煙草を吹かしていた。

 ジョンに引っ付かれてあれこれ聞かれるかと予想していただけにレイヴンは、落ち着けている。アイリスも一応隣にいるが、彼女はシェルビーと仲良くなろうとコミュニケーションを図ることに夢中で、さっきまでの真剣味は通りのどこかに落としてしまったらしかった。

 ――一つの復讐の為にどれだけの犠牲を払うのか。いや、果たして犠牲で片付く話なのだろうか。ボビーやその家族、さらに他の牧場、及べばアイリスにまで被害が広まったとして、それはきっと必要な犠牲などではなく、彼女の言うところの生け贄だ。
 背伸びする為の踏み台。みすみす死ぬつもりはないが、生き残れないであろう事もまた承知している。矛盾を含んだ復讐劇、その報われないかもしれない行動への、魔女へ立ち向かう口実としての供物。

 そう思えば、なるほど卑劣じゃないか。

 しかし、レイヴンの身勝手な意思がボビー達に生存の道を示したこともまた事実だった。彼等は抵抗の意思はあれど、行動にまでは起こせていなかったから、魔女に蹂躙されるのは時間の問題に過ぎなかったのだ。ある意味では、略奪者に対して平和的解決などと寝ぼけた考えを改める良い機会になっただろう。

 視点によって物事の考え方や捉え方は大きく変わってくるもので、正当性を求めつつも、自身に懐疑的視点を向けている所為か、レイヴンの頭の中は馬車の車輪よりよく回っていた。

 ……それも、邪魔が入るまでの短い間だけだったが。

「あんた! あんただよ、そこのお兄さん!」

 勝ち気な女性の呼ぶ声。若干やつれてこそいるが見覚えのある顔に、レイヴンは大いに驚いた。さながら死人と再会した気分である、名前はアイリスが思い出してくれた。

「ヘザーさんじゃないですか? どうしたんで――うわぁ!」
「まさか本当にまた会えるとは思ってなかったよ!」

 彼女は駆け寄るや摺り切れた手でレイヴンの手を握ると、似合わない涙声で神様に感謝を述べ、そして、気丈に取り繕ってから顔を上げた。

 アイリスは戸惑っているがレイヴンは落ち着いて耳を傾ける、彼女が慌てふためいている理由についてはおおよその見当が付く。だからこそ聞きたくないのだが、一度押退けられたのに気にした素振りもなく勝手に話を進めるのがアイリスである。

「深呼吸して落ち着きましょ、レイヴンも驚いています……たぶん」
「困って俺に振るんじゃねえよ」
「どうされたんです? てっきり西へと向かっていると思っていたのですが」

 ヘザーの身に何が起きたのかをアイリスは知らない。襲われたキャラバンが彼女の家族のものだとは、レイヴンもわざわざ伝えてはいなかったので、心配して尋ねたアイリスは迂闊だったが悪くはない。

「次の町へ向かってる途中で盗賊に襲われたのさ、魔女の下僕とかいう盗賊共に。あたしはなんとか逃げられたけど、父は……」

 ヘザーは涙を見せるまいと歯を食いしばる、噛み締める後悔はさぞ苦いだろうが、嘘をついたところで現実は変化しない。

「――死んだ。一緒にいた連中も皆殺しだ」
「レイヴン! いくらなんでも、そんな言い方ありますか⁉」
「慰めがほしいなら他所に行ってる、――だろ?」

 挑戦的な顔つきで、かつ心が折れた様子もない。むしろヘザーはある種の、馴染み深い感情で充ち満ちている様子だった。その気持ちはよく分かる。

「あんたに助けてもらいたいのさ、聞いてくれるかい」
「お前こそ覚えてるよな、人を使うなら必要な物があるぜ」

 見るからに一文無し、だとしても対価は払わせる。
 傷付いた女性に対する態度としては非情に過ぎると、アイリスが憤るのも自然な事だが、ヘザーは静かに首肯するだけ。

 それにしても人間が集まっている中で、龍が一番人道を心得ているというのは、皮肉が利いているじゃないか。

「払える物は全部なくした。だから、あたし自身を差し出すよ。あんたに抱かれようが売られようが、好きにしてくれて構わない、依頼を受けてくれるなら何だってしてやるさね」
「ふん、途端に気前が良くなったな」
「馬鹿を言わないでください。――ヘザーさんも、安易に身売りなんてしちゃいけません」
「気持ちはありがたいけどね、口を挟まないでくれるかい。――頼むよ、お兄さん。あんたしかいないんだ、魔女を殺せる人間は」

 求めるのは魔女から滴る赤い蜜、それ以外の何物も慰めにはなり得ない。だがヘザーはもう一つ希望を持っているらしく、掬い上げる為に自身を秤に乗せる価値があると彼女は言う。

「……妹が、攫われちまったんだ。魔女を殺すだけじゃない、あの子を助けてほしい。もうあたしには妹しか残されてないんだよ」

 悲痛な決意は拳となって体現される、叶うことならその手で仇を討ちたいだろうが、悲しいかな無力であり、ヘザーの身体は小さく震えていた。流石のアイリスも新鮮な怨嗟を目の当たりにしては、能天気な台詞を口にすることが出来ずにいるようで、声をかけようにもどうしたら良いのか分からないらしく、母音を垂れ流すだけだった。

 ――物のついでだ、助けてやってもいい。

 だが、どうにも釈然としないのがレイヴンだ。銃を取って魔女を追いかけている所為だろうか、それほどの恨みを持ちながら、戦おうとせず、他者に頼るのはいかがなものかと考えてしまう。

「ねえ、お兄さん。引き受けちゃくれないか」
「……気に入らねぇな」
「報酬が足りないってのは、後から稼いでみせるさ。だから――」
「金の話じゃねえ、判ってねえな」
「え……?」

 復讐とは自らの手で果たすべきものだ、相手の命を奪うとなれば尚更に。性別や無力などいい訳にもならないのが感情の濁流、そしてその流れに身を任せ、損得勘定や後の全てを切り捨てる、冷静さとは真逆なのが復讐だ。「殺してくれ」ではなく「手を貸してくれ」ならば、すんなり承諾しただろう。

「身体売る気概があるんなら、自分で仇討ちすればいい。他力本願で果たした復讐に何の意味があるよ」
「できればやってるさ! あたしに、あんたみたいな力があればね!」
「力のあるなしは無関係だ。ようは、あんたはテメェの命が大事なんだよ、大層に謳ってる家族の仇や、妹の命なんかよりよっぽどな。じゃなきゃ丸腰で出歩いてたりしねえだろ」
「……けど、あたしじゃ妹を助けらんないんだよ、ちくしょう!」
「だから? 俺には関係ない。逃げ出したって言ってたな? 家族見捨てた後ろめたさを、復讐にすり替えてるだけじゃねえか、何故そのケツを俺が拭かなくちゃならない」
「レイヴン……」
「アイリス、今は引っ込んで――」

 ぱんッ! 

 派手な打音が通りに響き、言い争いの声も相まって人々の視線を集めていた。だが、張られた頬を気にも留めず、レイヴンは右手を振るったアイリスを睨み下ろす。

 彼女は彼女で、驚いて自分の手を見下ろしていた。

「……なにしやがる」
「あ……、い、いくらなんでもレイヴン、言い過ぎです。――ヘザーさん、わたしは仇討ちには正直賛同できかねます、けれどですね、妹さんを助け出したいと願う気持ちは理解できるのです。その願いを、レイヴン、嘲笑うなど酷いとは思わないんですか」
「いいやまったく」

 ぶつかる視線

 さながら決闘の緊張感

 先に抜いたのはアイリスだった

「……嘘でしたか」
「どうかな。気に入らねえならどこへなり消えればいい」

 すると今度はかましい子供じみた声が飛んでくる。サウスポイント保安官助手が一人、カーターが目の色変えて怒鳴り散らしながらやって来るじゃないか、口論の一つで逮捕しかねない勢いに、レイヴンは諸手を挙げる。

 面倒ごとっていうのは矢継ぎ早にやってくるもので、山積している問題に割り込んで、頂上に積込まれれば渋面になるのは仕方なく、更に内容が重いとなれば余計に関わりたくないと思うのは自然だろう。
 突っぱねるつもりだった。「おい、お前!」と言う第一声からして相手にするに値しない、無法者相手と見下した態度なら、腹だって立つ。だが無視を決め込むには難しい内容で呼び出されれば、渋面ながらも頷くしかなかった。

 行動には結果が付きまとい、結果には成果が伴う。
 しかし、成果には常に代償が付きものであり、無償の皿に載せられた食い物には注意が必要である。

 正義が成されたが、その代償はあまりに大きかった。
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