僕の過保護な旦那様

cyan

文字の大きさ
上 下
170 / 263
二章

168.旅立ち

しおりを挟む
 
 
「はぁ~、あいつだな。あいつは本当に隠し事ができない」
 僕がフェリーチェ様にこっそりルカくんに会いにお屋敷に行ってもいいか尋ねると、フェリーチェ様はため息をついて、少し考えていた。
 副団長のせいじゃないと思う……気づいたのはグラートで、そのグラートの様子にラルフ様が気づいたんだ。他の人なら気づけなかったと思う。あれ? でもリーブは知ってたんだよね? 他には誰が知ってるんだろう?

「私はあんなにルカくんを追い込んだハリオをまだ許してない。マティアス様がうちに来るのはいいけど、ハリオに悟られないようにしてほしいんだ」
 そっか、そうだよね。僕はハリオの思いを聞いてしまったから、必死に探しているハリオのことを応援したい気持ちもあるんだけど、ルカくんの味方にもなりたい。

 僕は数日後、リヴェラーニ邸にリーブに送られて行ったんだけど、リーブの和かな笑顔が少し引きつっているように見えた。
「グラートじゃないよ。ラルフ様に聞いたんだ。ハリオには話してないしルカくんが望まないなら話す気はないです」
 だからグラートのこと追い出したりしないでね。僕のことも。こんなことで二人の関係にヒビが入ってほしくない。

 久しぶりに会うルカくんは、ハリオと違って思ったより元気だった。ハリオみたいに窶れてはいないし、健康そうで何よりだ。
「元気でよかった」
「心配かけたみたいですみません」
「そんなこと気にしなくていいよ」
 きっとフェリーチェ様からハリオの様子は聞いてるんだろう。だから僕からは何も言わない。

 リヴェラーニ邸もうちと同じで使用人が少ない。庭師はまだ見つかっていなくて、シェフとメイドが三人いるだけだ。だからルカくんがキッチンを手伝ってくれて助かってるそうだ。
 引き抜きじゃないよね?

 いつもハリオのことでモヤモヤしていたから、ルカくんは今は離れて穏やかに過ごしていると聞いた。戻るかどうかはまだ決めていないらしい。

 バタンッ

「フェリーチェ、あいつが来た」
 ノックもなしに突然ドアが開いてびっくりしていると、焦った様子の副団長だった。
「お前の脇が甘いんだろ。私とこいつで止めるからルカくんはこのままここにいて」
「ご迷惑おかけします」
 ハリオにバレたってことか……
 どこからバレたんだろう? 分からないけど僕はこのまま大人しくしておこう。

「ちょっと様子見てみる?」
「そうですね」
 二人で部屋に取り残された僕とルカくんは、窓から門の方を見てみたけど、屋敷に繋がる並木で見えなかった。だけど声と音は聞こえる。

「ルカくん! ごめん! はなせ!」
 ハリオの叫ぶ声が聞こえる。リヴェラーニ夫夫とハリオと僕を送ってくれたリーブだけではないのか、なんだかガヤガヤと複数の声が聞こえる。木が邪魔で全然見えない。
 その日はリヴェラーニ夫夫が追い返したのか、ハリオは諦めて帰っていった。
 僕もそろそろ帰ろうかな。

「ルカくん、居場所は分かってしまったけど、会いたくないなら無理に会わなくてもいいと思うよ」
「はい。まだ会いたくないです」
「うん、分かった。じゃあ僕はそろそろ帰るよ。また遊びに来てもいい?」
「はい。また来てください」
 僕はフェリーチェ様が戻ってくるのを待って帰ることにした。

「え? ラルフ様なんでここにいるんですか?」
 フェリーチェ様と共に戻ってきたのは、副団長だけでなくラルフ様も一緒だった。
「ハリオが暴れていたからな。それとマティアスを迎えにきた」
 ラルフ様は副団長を見て、フンッと不敵に笑った。副団長がいつもうちにフェリーチェ様を迎えにくるから対抗して僕を迎えにきたんですね? なんでラルフ様は副団長に対抗意識を燃やしているんだろう? そこだけはいつも謎だ。

 さっきのことを詳しく聞いたら、ロッドとバルドとグラートが、門のところで暴れていたハリオを引きずっていったそうだ。もしかして反省室という名の牢に閉じ込められているんだろうか?

「会いたくないということでいいか?」
 ラルフ様がルカくんに視線を向けて尋ねると、ルカくんは「今は会いたくありません」と言い切った。
「分かった。伝えておく」
 そう言うと、ラルフ様はなぜか僕を抱き上げて部屋を出ていった。僕は今日は歩けますよ?
 最後に副団長に視線を向けていたから、自慢したかったのかな?

 リーブが御者を務める馬車で家まで帰ると、ハリオはうちの地下室に入れられているとのことだった。
 そういえば騎士団の反省室はグラートが簡単に抜け出せるような構造なんでしたっけ?

「ハリオ、ルカくんからの伝言だ『今は会いたくありません』だそうだ。彼の意思を無視してはいけない」
 ラルフ様が扉の外からそう言うと、出してくれだの会いたいだのずっと騒いでいたハリオが静かになった。
 会いたくないと言われてしまったら、もう大人しくしているしかないよね。

「暴れたり、他の者に迷惑をかけたりしないのなら出してやってもいい」
 ラルフ様はそう声をかけたけど、「会いたくない」と言われたのがショックだったのか、ハリオからの返事はなかった。

 その後一週間ほど大人しくしていたから、ハリオは地下室から出ることになった。僕はその後もハリオは大人しくしてるから反省してるのかなって思ってたんだけど違ったらしい。今年ももうすぐ終わりだと思って雪が降りそうな空を眺めていると、ラルフ様が隣に立った。
「ハリオは迷宮都市ラビリントへ赴任することになった。期間はとりあえず半年だ。その時の状況で延びるかもしれない」
「え? 一人でですか?」
「俺の部下はハリオだけだ。他にも交代要員で何人か一緒に行く。ハリオの監視としてクロッシーが行くようだが、あいつにハリオを止めることなどできんだろう」

 クロッシー隊長って舐められてる? 前にラルフ様が暴れているのを止められなかったし、実力はあまりないのかな? 戦略を練るのが上手いとか、人をまとめるのが上手いとか、そういうことなのかもしれない。
 それでハリオがなんでそんなことになったのかと思ったら、リヴェラーニ邸に押入りはしなかったものの、門の外で何時間も待ったり、手紙を渡してほしいと毎日訪れていたそうだ。ちなみにその手紙はルカくんに渡ることなくその場でリヴェラーニ夫夫に燃やされていたらしい。ハリオが哀れだ……

 ルカくんの安全は確保されているわけだし探す必要もない。会いたくないとは言われているけど「今は」だ。まだルカくんの中にはハリオを好きだと思う気持ちがあって、許してあげたい気持ちも少しはあるんだろう。それならハリオも一人になって考えるいい機会かもしれない。

 哀愁を帯びた背中は見ているのが辛くなるくらいだったけど、僕たちは旅立つハリオを見送った。
「げんきだして」
「ありがとう、シル」
 シルがポポ一族の赤い花が描かれたチンアナゴをハリオに渡した。シルはいつでもみんなの癒しで、ずっと厳しい顔をしていたハリオも、シルの前では眉尻が少し下がった。

「ハリオに次会うのは夏前ですね」
「そうだな」
「あ、でもラルフ様みたいにお休みの時に一時帰宅するかもしれませんね」
「それはできない。ハリオの勤務は連休なしの勤務になっている」
 そうなんだ、じゃあ本当に次に帰ってくるのは来年の夏になるんだ……

「あれ? でもクロッシー隊長ではハリオを止められないんですよね? 勝手に帰ってくるってことも考えられるのでは?」
「大丈夫だ。あいつも一緒だからな」
「あいつ? エドワード王子ですか? それともイーヴォ隊長ですか? まさか副団長じゃないですよね?」
「どれも違う。アリーだ」
 アリー、どこかで聞いたことがあるような……誰だっけ?
 あ! 思い出した。アリアドネ様、クロッシー夫人だ。なるほど、クロッシー隊長は夫人を伴っての赴任なのか……
 そこってラルフ様だけでなく副団長も関わってそうですね。面倒な人たちをまとめて雪で閉ざされる季節に迷宮都市へ送ってしまう。なかなかの策士だ。
 これで王都には平和が訪れたと思っていいのかな?

 ハリオ、ルカくんを受け止められるだけの男になって帰ってくるのを待ってるよ。

 
しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

さようなら、わたくしの騎士様

夜桜
恋愛
騎士様からの突然の『さようなら』(婚約破棄)に辺境伯令嬢クリスは微笑んだ。 その時を待っていたのだ。 クリスは知っていた。 騎士ローウェルは裏切ると。 だから逆に『さようなら』を言い渡した。倍返しで。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

異世界転生した俺の婚約相手が、王太子殿下(♂)なんて嘘だろう?! 〜全力で婚約破棄を目指した結果。

みこと。
BL
気づいたら、知らないイケメンから心配されていた──。 事故から目覚めた俺は、なんと侯爵家の次男に異世界転生していた。 婚約者がいると聞き喜んだら、相手は王太子殿下だという。 いくら同性婚ありの国とはいえ、なんでどうしてそうなってんの? このままじゃ俺が嫁入りすることに? 速やかな婚約解消を目指し、可愛い女の子を求めたのに、ご令嬢から貰ったクッキーは仕込みありで、とんでも案件を引き起こす! てんやわんやな未来や、いかに!? 明るく仕上げた短編です。気軽に楽しんで貰えたら嬉しいです♪ ※同タイトルの簡易版を「小説家になろう」様でも掲載しています。

処理中です...