167 / 184
二章
165.最悪の事態
しおりを挟むハリオとの面談は明日の午後。僕の部屋に来てもらうことになっている。僕は今日は花屋の仕事だ。
フェリーチェ様も同席しようか? と言ってくれたんだけど、フェリーチェ様が入ったらきっとハリオをボコボコにすると思う。まずは僕だけで話を聞くことにした。
ラルフ様が言うように聞き分けが悪くて僕だけでは解決しない時には、フェリーチェ様にも協力を仰ぐかもしれない。そうならないといいんだけど……
「今日のお迎えもグラートなんだね。リーブとの新婚生活はどう?」
最近はグラートが迎えにくることが多い。距離感を間違えないようにと、僕は少し緊張しながら帰らなければならない。実は嫉妬深いリーブがどこで見ているか分からないからだ。
「幸せですよ! 朝起きて最初に見る顔がリーブ様の顔で、一日が終わる最後に見るのもリーブ様の顔です。執事服を脱いだリーブ様を見られるのは夫の特権です」
グラートはリーブの姿を思い出しているのか、顔が緩みきっている。そういえばリーブが執事服を着ていないところなんて見たことない。いつも皺一つない執事服を着ている。乗馬の時だって御者の時だって、いつだってそうだ。
「そう、それならよかった」
リーブとグラートは拗れているわけではなかったし、二人からは好きが溢れてるからね。
幸せそうでよかったよ。
仕事を終えて帰宅した僕の目の前には、ラルフ様から没収したポポママとピエール二号、シルが櫓お泊まり会で貸してくれたピエールもある。明日はこれを持って臨むかどうか迷う。ラルフ様からはハリオを殴る許可は下りているけど、僕が殴ったってハリオにダメージなんて与えられないと思う。避けられるか、反撃されたら危険じゃない?
そんなどうでもいいことを考えていたら、ドンドンドンとドアが強くノックされた。
何? 緊急事態? それなら「緊急なので」って言いながらノックをしてすぐに部屋に入ってくると思う。そうでないとすると、リーブや使用人ではないということだ。
僕がピエールを握ったままドアを開けると、ハリオが真っ青な顔で部屋の前に立っていた。右手にはグチャっとした紙を握っている。
「ルカくんが……ルカくんが……」
ちょっと、ハリオ呼吸おかしくない? ハァハァと荒い呼吸は全部吐いているみたいで、息を吸っていないように見える。
「なに? 落ち着いて、まずはゆっくり呼吸して。はい、吸って~、吐いて~」
三回ほど深呼吸を繰り返すと、ハリオは握りしめてグチャグチャになった紙を僕に差し出した。
僕はその紙をそっと開いた。
『僕はハリオに愛されたかった。もう無理だ。ごめん、サヨナラ。
ルカ』
最悪の事態が起きてしまった。
僕は甘くみていた。フェリーチェ様が警告してくれていたのに、ルカくんが何度も「もう無理かも」と言っていたのに、自分が幸せな時は誰かの悩みを軽くみてしまうのかもしれない。
だからまだ大丈夫だなんて勝手に思って、ハリオの休みを待って三日後なんて……
「ハリオ、なんでルカくんに触れなかったの! ルカくんがどんな気持ちか考えたことある!?」
僕は頭に血がのぼって、ハリオを責めるように強い口調で言ってしまった。僕にハリオを責める権利なんてあるんだろうか? だって僕もルカくんを救えなかった……
ルカくんがどこに行ったのか、正直分からない。一緒にいたのに僕はルカくんのことをあまり知らない。お金あるのかな?
リーブに急いで聞きに行くと、キッチンの手伝いということで少ないけど給金を渡していたそうだ。ラルフ様の指示で。
それなら少なくとも宿には泊まれているはず。
「ハリオ、ルカくんが行きそうな場所に心当たりは?」
「隣街の店の跡地くらいしか……」
そこに行ってどうなるのか。跡地ってことはもう店は無いんだよね?
そんなところに行くだろうか? 王都を離れて遠くの地に行くのだとしたら、旅立つ前にチラッと立ち寄る可能性はあるけど、長期滞在はない。
でも低いけど会える可能性があるなら行ってみるしかない。
「いってきなよ。それともハリオはこのままルカくんを手放すつもり? 守るんじゃなかったの?」
「すぐ行く!」
ハリオはすごい勢いで走り出した。途中でラルフ様が帰ってきたみたいで、ぶつかりそうになったのか「すみません! 急いでいるので失礼します!」なんて叫び声が聞こえた。
部屋から出ると、ラルフ様が首を傾げながらハリオの後ろ姿を眺めていた。
「ラルフ様、おかえりなさい」
「ハリオはどうしたんだ?」
僕はルカくんが残した手紙をラルフ様に見せた。
「なるほど。逃げられてからしか追いかけられないとは情けない。追いかけたところであいつはちゃんとできるのか?」
そう言われると僕も分からない。今までが今までだからハリオがこれからはちゃんとルカくんを受け止めていけると断言はできない。
それにまだ僕はハリオになんでこんなことになったのか理由を聞いていない。
「僕たちはアドバイスしたり相談に乗ることはできますが、行動に移すのは本人ですからね……」
「それでハリオはどこに行ったんだ? 宛はあるのか?」
僕は隣街のルカくんの店の跡地にハリオが向かったことを話した。ルカくんがそこにいるという確証はない。
「見つけられずに帰ってくるだろうな」
ラルフ様もやっぱりそう思うんだ? そうだよね。奇跡みたいに店の跡地で巡り会えるなんてことはないと思う。そんな奇跡は創作された物語の中にしか存在しない。
それでもハリオは少ない可能性に縋り付くしかなかった。
僕は分からなくなった。二人にとって幸せな選択とは何かが。
一緒にいることでお互いが辛いのなら、このまま離れることもありなのかもしれない。
僕としては二人には二人で幸せになってもらいたいけど、それは当事者じゃないから言えることなのかもしれない。実際にルカくんはずっと辛そうだった。
ルカくん、ハリオから離れた今は穏やかな気持ちでいるの?
フェリーチェ様にもなんて説明しよう……警告してくれていたのに僕はルカくんを助けられなかった。
フェリーチェ様の諜報技術でルカくんを見つけ出すことはできるんだろうか?
ハリオはそれを望むだろうけど、ルカくんはどうだろう?
僕が考えるどの選択も間違っているのではないかと思えて、僕は何もできなくなった。
「ラルフ様、どうなってしまうんでしょう?」
「それは二人が決めることだ。俺たちは静かに見守るしかない」
「うん……」
僕はずっと握りしめたままだったピエールを見た。つぶらな瞳にちょっと癒される。このためにシルが僕に貸してくれたわけじゃないけど、僕はシルの優しさに感謝した。
シルもピエールもありがとう。
297
お気に入りに追加
1,268
あなたにおすすめの小説
婚約者に嫌われているようなので離れてみたら、なぜか抗議されました
花々
恋愛
メリアム侯爵家の令嬢クラリッサは、婚約者である公爵家のライアンから蔑まれている。
クラリッサは「お前の目は醜い」というライアンの言葉を鵜呑みにし、いつも前髪で顔を隠しながら過ごしていた。
そんなある日、クラリッサは王家主催のパーティーに参加する。
いつも通りクラリッサをほったらかしてほかの参加者と談笑しているライアンから離れて廊下に出たところ、見知らぬ青年がうずくまっているのを見つける。クラリッサが心配して介抱すると、青年からいたく感謝される。
数日後、クラリッサの元になぜか王家からの使者がやってきて……。
✴︎感想誠にありがとうございます❗️
✴︎(承認不要の方)ご指摘ありがとうございます。第一王子のミスでした💦
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる