僕の過保護な旦那様

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二章

165.最悪の事態

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 ハリオとの面談は明日の午後。僕の部屋に来てもらうことになっている。僕は今日は花屋の仕事だ。
 フェリーチェ様も同席しようか? と言ってくれたんだけど、フェリーチェ様が入ったらきっとハリオをボコボコにすると思う。まずは僕だけで話を聞くことにした。
 ラルフ様が言うように聞き分けが悪くて僕だけでは解決しない時には、フェリーチェ様にも協力を仰ぐかもしれない。そうならないといいんだけど……

「今日のお迎えもグラートなんだね。リーブとの新婚生活はどう?」
 最近はグラートが迎えにくることが多い。距離感を間違えないようにと、僕は少し緊張しながら帰らなければならない。実は嫉妬深いリーブがどこで見ているか分からないからだ。
「幸せですよ! 朝起きて最初に見る顔がリーブ様の顔で、一日が終わる最後に見るのもリーブ様の顔です。執事服を脱いだリーブ様を見られるのは夫の特権です」
 グラートはリーブの姿を思い出しているのか、顔が緩みきっている。そういえばリーブが執事服を着ていないところなんて見たことない。いつも皺一つない執事服を着ている。乗馬の時だって御者の時だって、いつだってそうだ。
「そう、それならよかった」
 リーブとグラートは拗れているわけではなかったし、二人からは好きが溢れてるからね。
 幸せそうでよかったよ。

 仕事を終えて帰宅した僕の目の前には、ラルフ様から没収したポポママとピエール二号、シルが櫓お泊まり会で貸してくれたピエールもある。明日はこれを持って臨むかどうか迷う。ラルフ様からはハリオを殴る許可は下りているけど、僕が殴ったってハリオにダメージなんて与えられないと思う。避けられるか、反撃されたら危険じゃない?
 そんなどうでもいいことを考えていたら、ドンドンドンとドアが強くノックされた。
 何? 緊急事態? それなら「緊急なので」って言いながらノックをしてすぐに部屋に入ってくると思う。そうでないとすると、リーブや使用人ではないということだ。

 僕がピエールを握ったままドアを開けると、ハリオが真っ青な顔で部屋の前に立っていた。右手にはグチャっとした紙を握っている。
「ルカくんが……ルカくんが……」
 ちょっと、ハリオ呼吸おかしくない? ハァハァと荒い呼吸は全部吐いているみたいで、息を吸っていないように見える。

「なに? 落ち着いて、まずはゆっくり呼吸して。はい、吸って~、吐いて~」
 三回ほど深呼吸を繰り返すと、ハリオは握りしめてグチャグチャになった紙を僕に差し出した。
 僕はその紙をそっと開いた。

『僕はハリオに愛されたかった。もう無理だ。ごめん、サヨナラ。
 ルカ』

 最悪の事態が起きてしまった。
 僕は甘くみていた。フェリーチェ様が警告してくれていたのに、ルカくんが何度も「もう無理かも」と言っていたのに、自分が幸せな時は誰かの悩みを軽くみてしまうのかもしれない。
 だからまだ大丈夫だなんて勝手に思って、ハリオの休みを待って三日後なんて……

「ハリオ、なんでルカくんに触れなかったの! ルカくんがどんな気持ちか考えたことある!?」
 僕は頭に血がのぼって、ハリオを責めるように強い口調で言ってしまった。僕にハリオを責める権利なんてあるんだろうか? だって僕もルカくんを救えなかった……

 ルカくんがどこに行ったのか、正直分からない。一緒にいたのに僕はルカくんのことをあまり知らない。お金あるのかな?
 リーブに急いで聞きに行くと、キッチンの手伝いということで少ないけど給金を渡していたそうだ。ラルフ様の指示で。
 それなら少なくとも宿には泊まれているはず。

「ハリオ、ルカくんが行きそうな場所に心当たりは?」
「隣街の店の跡地くらいしか……」
 そこに行ってどうなるのか。跡地ってことはもう店は無いんだよね?
 そんなところに行くだろうか? 王都を離れて遠くの地に行くのだとしたら、旅立つ前にチラッと立ち寄る可能性はあるけど、長期滞在はない。

 でも低いけど会える可能性があるなら行ってみるしかない。
「いってきなよ。それともハリオはこのままルカくんを手放すつもり? 守るんじゃなかったの?」
「すぐ行く!」
 ハリオはすごい勢いで走り出した。途中でラルフ様が帰ってきたみたいで、ぶつかりそうになったのか「すみません! 急いでいるので失礼します!」なんて叫び声が聞こえた。

 部屋から出ると、ラルフ様が首を傾げながらハリオの後ろ姿を眺めていた。
「ラルフ様、おかえりなさい」
「ハリオはどうしたんだ?」
 僕はルカくんが残した手紙をラルフ様に見せた。
「なるほど。逃げられてからしか追いかけられないとは情けない。追いかけたところであいつはちゃんとできるのか?」
 そう言われると僕も分からない。今までが今までだからハリオがこれからはちゃんとルカくんを受け止めていけると断言はできない。
 それにまだ僕はハリオになんでこんなことになったのか理由を聞いていない。

「僕たちはアドバイスしたり相談に乗ることはできますが、行動に移すのは本人ですからね……」
「それでハリオはどこに行ったんだ? 宛はあるのか?」
 僕は隣街のルカくんの店の跡地にハリオが向かったことを話した。ルカくんがそこにいるという確証はない。
「見つけられずに帰ってくるだろうな」
 ラルフ様もやっぱりそう思うんだ? そうだよね。奇跡みたいに店の跡地で巡り会えるなんてことはないと思う。そんな奇跡は創作された物語の中にしか存在しない。
 それでもハリオは少ない可能性に縋り付くしかなかった。

 僕は分からなくなった。二人にとって幸せな選択とは何かが。
 一緒にいることでお互いが辛いのなら、このまま離れることもありなのかもしれない。
 僕としては二人には二人で幸せになってもらいたいけど、それは当事者じゃないから言えることなのかもしれない。実際にルカくんはずっと辛そうだった。

 ルカくん、ハリオから離れた今は穏やかな気持ちでいるの?
 フェリーチェ様にもなんて説明しよう……警告してくれていたのに僕はルカくんを助けられなかった。
 フェリーチェ様の諜報技術でルカくんを見つけ出すことはできるんだろうか?
 ハリオはそれを望むだろうけど、ルカくんはどうだろう?
 僕が考えるどの選択も間違っているのではないかと思えて、僕は何もできなくなった。

「ラルフ様、どうなってしまうんでしょう?」
「それは二人が決めることだ。俺たちは静かに見守るしかない」
「うん……」
 僕はずっと握りしめたままだったピエールを見た。つぶらな瞳にちょっと癒される。このためにシルが僕に貸してくれたわけじゃないけど、僕はシルの優しさに感謝した。
 シルもピエールもありがとう。

 
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